4. 出自不明の迷い人
とりあえず、エリルに男の着る物を用意してもらった。
いつまでも歩く公然わいせつ罪にしておくわけにもいかないだろう。
「──つまり、この男は御崎を転生させた後、この転生の間に突然現れ、リンネ様の背後で匂いを堪能し襲いかかった変態ということですね」
今までのあらましを説明すると、エリルは納得顔で男に持ってきた布を渡した。
「偏向報道やめろぉ! 服はありがとうございます!」
男は非難と感謝を同時にこなし、いそいそと服を受け取る。
「確かに偏向報道は良くないわ。エリル、正しくは全裸の変態よ」
「それは事実なだけにより悪くなって……ん? あれ、この服……」
ふと、何かに気付いたのか、男は受け取った服を広げてみる。
それは服の中でもデザインのシンプルなものだった。
装飾はなく、襟や袖もない長方形の真っ白な布地からは清潔さを感じさせる。
「ははは、仕立てる前の布を持ってきたのかな? おっちょこちょいだなぁー」
「それはベッドシーツになります」
「せめて服用の布であれよ」
文句を言いつつ男はベッドシーツを左肩に掛け、右脇腹から右腕の下を潜らせて、くるくると余った布を器用に身体に巻き付けていく。
あっという間に白い布が体を包み、ゆったりとしたドレープが腰から足元へ向かって流れ落ち、ベッドシーツを着こなしていた。
「ま、こんなもんだろ」
未だにモザイク処理されているので分かりづらいが、肌色の塊から白い塊に変わっている。
「それならもうモザイクは必要ないでしょう。『繋がりなさい』」
直後、男は再び光に包まれ、モザイクは消えてなくなると、不思議そうに自身の身体を見回した。
「さて、リンネ様。彼の処遇はどうしましょう? 私的にはリンネ様に粗末なモノを見せつけた変態として即刻処分した方がいいと思うのですが」
笑顔でさらりと物騒なことを言う従者である。
この男は随分とエリルから嫌われているようだ。
「まぁ、待ちなさい。原則、迷い人は元の世界に戻すのだから勝手に処分したら後々面倒が起こるかもしれないでしょう?」
「大丈夫ですよ。まだ外には知られてないので内々で処理してしまえば誰にもバレません。
それに世界にとって影響力のある人物なら管理している神が騒ぐかもしれませんが、話を聞いた限りそんな大層な人物ではないでしょう。
ここに来る以前の記憶もなく、素性のしれない不穏分子は処分するのが一番です」
一見、エリルの言い分は正当性のあるものに聞こえる。
リンネ達のような神が凡庸な人間一人に対して悩む必要などないのだが、今回の問題はそこではないのである。
「そうね。エリルの言う通り、迷い人一人くらい処分しても構わないのだけれど、そうじゃなかった場合、少し面倒なことになるわ」
迷い人以外の可能性。
それを問われたエリルは思案顔で眉根を寄せる。
「彼が“渡り人“だった場合、ですか?」
渡り人とはこの世界に意図的にやってきた存在を指す。
それが自力でやってきたのか、神に導かれてやってきたのかなどの違いはあれど、許可のない者が故意にこの世界に来た場合、侵入者として処理されることになる。
「しかし、自分で言っといて何ですが、その可能性は低いと思われます。渡り人ならばそれ特有の雰囲気がありますし、ここに来た時の記憶はないのでしょう?」
「まぁ、そうね。記憶は自己申告だから、まだ確定ではないけれど」
ここに来るまでの記憶がないとは言っているが、それが本当かどうかを判断することがリンネにはできない。
「他の可能性となると……まさか、誰かが彼を送り込んだということですか?」
エリルの提示した可能性にリンネは頷く。
ここに来た本人に自覚がなく、経緯も記憶にない、となると可能性は第三者の介入だ。
転生の間に送り込んだ方法、送られてきたのが彼だった理由、何故全裸だったのか。
気になる点は多々あるが、問題は何かしらの意図があるのは間違いないだろう。
「ここで彼を消しても私達にとっては裏にいる誰かに繋がる手掛かりが消えるだけ。むしろ、原因を解明しなければ第二、第三の変態が現れる可能性があるわ」
「リンネ様、いくら変態でも他人に指を指すのは行儀が悪いですよ」
「……あのー、二人で話し合ってるとこ悪いんだけど、結局俺の処遇はどうなるんでしょうか?」
今まで黙っていた男がリンネ達の会話に割り込む。
自身の処遇について本人抜きで論じられてるのだから気になるのは当然だろう。
「それを決める為に、これからあなたの素性を調べるのよ」
「つまり、俺が信用できるかどうかってことか……だったら、人との信頼関係を築く為に最初にこれはしないとな!」
男は両手を広げ、大きく息を吸い込んだ。何か重大な宣言でもするかのような仰々しい仕草だ。
「宿なし、職なし、記憶なし。服もなければ恥もなし! 自分の名前も思い出せないが、ついでに嘘や隠し事も一切ない! 無い無い尽くしの流れ者だが、とりあえず俺のことはアンクって呼んでくれ!」
よろしくな、とニカッと笑う男──アンクは自己紹介をした。
そういえば、天使というのを訂正する為、女神だとは言ったが名前を名乗ってはいなかった気がする。
ファーストコンタクトで背後から全裸で声を掛けてくる変質者と親睦を深めよう、などという気になるわけもないので、名前を名乗るという発想に至らなかった。
「確かに隠すべきモノも隠してなかったわね」
「物理的な意味で全て露わでしたからね」
「それに関しては不可抗力だ! ……そんな事より、二人は名乗ってくれないのか?」
アンクは口を尖らせ、こちらの返答を促す。
リンネとエリルはお互いに名前で呼び合っていた。
それを聞いていたはずのアンクは二人の名前を知っているはずだが、こういう形式的なものは大事だとリンネも理解している。
「そうね。私は転生の女神のリンネ。彼女は従天使のエリルよ」
リンネがそう名乗ると、アンクは改めて手を差し出した。
「改めて、よろしく頼む。リンネ、エリル」
差し出された手にリンネは視線を向けるが、敢えて応えることはしなかった。
それを察して、アンクも手を引っ込める。
不用意な接触は分析を終えるまでは控えるべきだろう。
本人の意図しないところで何か仕込まれている可能性もある。
「ところで、名前も思い出せないって言ってたけど、アンクと名乗ったのは何故?」
「あぁ、それはこれが目に付いたからかな」
そう言ってアンクは裾を持ち上げ、自身の左足首に巻かれている銀色のアンクレットを見せる。
「……アンクレットからアンクってこと?
安直なネーミングセンスである。
「これには途中で気付いたんだ。素っ裸だった俺が唯一身に付けてた物だから、なんとなく気になってね」
リンネが見る限り、ただのアンクレットにしか見えなかった。
もし、特殊な力が宿っている物ならそれに気付けたはずだ。
「まぁいいわ。とりあえず、自己紹介も済んだし行きましょう」
リンネは椅子から立ち上がると、背後に広がる白い空間へと歩き出した。エリルもそれに続く。
「行くってどこに行くんだ? 扉も何もないけど」
アンクは不思議そうな顔をしながらリンネ達の後に付いてくる。
確かに、この部屋の構造を知らなければただの白い空間だ。
リンネは立ち止まり、振り返る。
「言ったでしょう? あなたの素性を調べによ」
後ろに控えていたエリルがリンネの前に出て、壁を押すように力を入れれば、不可視の扉が開く音が響いた。




