343 遠い音
ラッキーだ。
ウィロウさんとの朝メシが思ったより盛り上がり、終わったのは昼前。
暇だし王都でもぶらつくかと考えていたが、早起きして腹いっぱい食ったせいか眠くなってきた。
フジにちょっと寝てくると伝えて部屋にこもる。
三十分ほど寝てから、すっきりした気分でベランダに出ると……遠くに赤茶色の長髪をポニーテールにした美人が一人で歩いているのが見えた。
使用人とも騎士とも思えない、カジュアルだが気の抜けていない恰好で、どことなく高貴な雰囲気も感じる。
特に、王宮内を一人で歩いているというのが不思議だ。
興味をそそられた俺は、あんこに頼んでポニーテールの女を尾行できそうな木陰に転移召喚してもらった。
結果はビンゴであった。
なるほど、道場は王宮の敷地内に隠されていたのか。そりゃあ一般人には見つからないわけだ。
道場名は『山心館』と書かれており、床に畳が敷き詰められている。かなり広い。200畳くらいはありそうだ。
ポニーテールの女は道着に着替え終わると、一人黙々と型稽古を始めた。
いいね。光るものを感じる。
きっと幼い頃から続けてきたのだろう、そういった年季の入った基礎に見える。
ちょっと工夫するだけでメキメキ伸びそうだ。
しばらく見ている間に「俺だったらこうする」というアイデアがぽんぽん出てきた。是非伝えたい。だが、セカンド・ファーステストがここにいては駄目だろう。どうしたもんか。
で、色々と考えた結果、キュベロに返し忘れていたキツネのお面がインベントリにあることを思い出した。
……そして、今に至ると。
イヴリン・ヴァリアント――まさか第二王女だったとは。
というか第二王女なのに供がいないのはある意味凄いな。彼女自身が他人と関わるのを避けているような感じにも見えたが、それにしてもだ。
アウロラさんから男尊女卑的文化があると聞いていたが、それだけに止まらない何かがありそうだ。
ウィロウさん曰く、王国の恥部だったか。
彼女はイヴリンさんのことを文武両道で大変に優秀と評していたが、同時に苛烈に過ぎるとも言っていた。
今回、少し関わってみて、確かに拘りの強い性格には見えたが……苛烈かと言われると微妙なところだ。
つまるところ、イヴリンさんが身内にだけ過剰なほど苛烈に振舞わなければならないなんらかの理由が、今の王家にはあるということだろう。
まあ、イヴリンさんは自分が庶子であるがゆえに冷遇されてきたと言っていたし、父王から与えられたものは合気術を学ぶ許しのたった一つだけだと怒っていたし、もう答えは出たようなものだな。
彼女は王家の何もかもが信用ならないんだろう。だから一人を貫いているし、身を守るため苛烈にもなる。
誰にも頼ろうとしないんじゃない、生まれてこの方、頼れる者なんか一人もいなかったんだろう。
そして意固地になっている。これまで自分一人の力でのし上がってきたのだという自負が、この先もそうさせる。
最終的には自分の力を証明したいのだろう。持って生まれたものに甘えた者たちへ、努力こそが正義であると鉄槌を下すことができるのならば、さぞかし気持ち良いに違いない。
自分を冷遇してきた父王やその正室の娘たちを打倒することによって復讐を果たし、才能や血筋などの生まれ持ったものではなく努力こそが至上の正義であると証明する。それが彼女の目的か。
うーん、好き。
履き違えているところは多々あるが、好きなメンタリティだ。
そうして生きてきたからこその、あの合気術の基礎なのだろう。
身がみっっっっちり詰まった蟹のハサミのような基礎だった。
独り、一体どんな思いであの基礎を築いてきたのか。
心動かされるものがあるな。
「セカンド八冠、少々よろしいでしょうか?」
「あーい」
部屋に戻ってしばらくすると、フジから声がかかった。
「ごめん昼メシなら食っちゃった俺」
「左様でしたか、お気になさらず。あ、いえ、それとは別件になります」
昼メシの誘いかと思ったが、違うようだ。
「アウロラ殿下が、お会いになりたいそうです」
「第一王女さんか。なんの用かな?」
「セカンド八冠にとっては朗報だと、供のマチルダは言っておりましたが」
「へぇ」
朗報ねぇ。
「何処行けばいい?」
「ご案内します」
フジは「こちらへ」と俺を応接室みたいな部屋へ案内してくれた。
そこには、アウロラさんと近衛騎士のマチルダさんが立ったまま待っていた。
「どうも」
「セカンド殿、お休みのところを失礼した」
「全然いいっすよ。それで、なんの用?」
俺がラフに返すと、マチルダさんがむっとした顔をする。
わかった、これは、あれだろう。俺が無礼者だからだ。ライトにも散々言われたな。気になる人は気になるようだ。
「王宮に戻ってから話の一つもできていなかったが、実は今まで交渉をしていてな」
「交渉?」
「うむ。陛下とだ」
ほう、それはつまり。
「差し当たって、両道場の見学の許しを得てきた。喜んでもらえただろうか?」
「おお! それは嬉しいかも!」
マジで朗報だった。
「よかった。ああ、約束は忘れていないから安心してほしい」
「国王陛下への口添えだったっけ」
「うむ。私にできる限りのことをすると、改めて約束しよう」
「それは助かる」
より一層、謁見が楽しみになってきたな。
それじゃあ早速、道場見学へ――あ、そうだ。
「アウロラさん。俺も約束は忘れてないからな」
「……他に何か約束していただろうか?」
「どっちの道場がいいか、俺が見極めてやると言ったろ」
「そ、そうだったな」
冗談だと思っていたと、苦笑いするアウロラさんの顔にありありと書いてある。
「じゃあ、まず山心館へ行くか」
先に、イヴリンさんとフジの所属する山心館へ。未知の風心館は、後に取っておこう。
一人歩き出した俺に、フジが「ご案内します」とガイドに付いてくれる。
アウロラさんとマチルダさんは、そんな俺らの後を「やれやれ」とでも言いたげな顔で付いてきた。
さて、本日二度目の山心館。
道場が近付いてくるにつれ、「はぁっ!」だの「せいっ!」だのなんだか荒っぽい声と、ドターンバターンと畳に打ち付けられるような激しい音が聞こえてくる。
道場の中を覗くと、イヴリンさんと会った時とは違い二十人近くが稽古を行なっていた。
皆、投げと受けに分かれ、決まった型をこなしている。
……ように見えたが、どうも随分とアドリブが多い。
投げ側がまるで受け側を試すように、足運びを変えてみたり、投げる方向を変えてみたり、手を握ったままにしてみたり。
そして受け側も受け側で、投げ側のアドリブを待ってましたとばかりに嬉々として何度も向かっていく。
【合気術】は、受けの繰り出す攻撃に対し、投げの選択を誤ると、大抵の場合は一発でダウンしてしまうという特徴がある。
ゆえに、常に先手を取るのは受け側であり、択を押し付けて主導権を握るのも必然的に受け側となることが多い……と、思われがちだ。
全てのプロセスを紐解けば、そうとは限らないとわかる。
《桂馬合気術・受》使用による横面打ちの攻撃→《桂馬合気術・投》使用による呼吸投げ→《桂馬合気術・受》再使用による受け身
合気術は、基本的にこういった3つのステップで構成される。
受け側は、投げられた際、必ず受け身を取ることになる。オートで受け身を取れるわけではない。そこには必ずPSが要求される。
受け身を取れなければ当然ダウン、下手くそな受け身を取ってしまえばダメージが入る上、その後の立ち上がりが悪い影響で次のスキル準備に影響が出てしまう。
つまり、受け側はノーリスクで択を迫れるというわけではなく、投げ側に正しい択を取られた際の投げ方に対して、しっかりと対応できなければならない。
加えて、受け側は攻撃方法のアドリブの幅が狭いが、投げ側は投げる際のアドリブの幅が広い。
受け側が有利と思われがちな合気術だが、俺の見解では、投げ側が微有利である。
「初めまして、セカンド八冠。お会いできて光栄です」
稽古を眺めていると、道着に袴姿の小柄なおじさんがニコニコ笑顔で話しかけてきた。
「ああ、どうも。貴方は?」
「山心館館長のニシキと申します」
「館長でしたか。お邪魔してます」
「お気になさらず。どうぞ、心ゆくまでご覧いただきたい」
ニシキ館長は、微笑みながら綺麗な礼をすると、皆の稽古を見やる。
……変な間があいた。
なんだか気まずいので、話しかけてみる。
「皆、アドリブたっぷりで楽しげですね」
「ええ、まさにその通り。激流のような激しい自由技こそ、山心館の名物と言えましょう」
投げ側にあえてアドリブを多くさせて、受け側の対応を訓練する。そういう趣旨かな。
「アウロラさんからは、どっしり構えた道場だと聞いていたので、意外でした」
「いえいえ、どっしりというのは間違っておりません。こういった自由技は、確固たる基礎がなければできませんから。基礎がしっかりすればするほど、山は大きくなり流れる川は激流となります」
「それが山心館の極意と」
「極意というほどのものでもありませんが、常々意識しております」
悪くない道場だ。
基礎を確固たるものにしてから、アドリブ多めで対応の練習。全くもって理に適っている。
この道場、競技向きというかなんというか、合理的な訓練がメインという感じの印象だな。
「ありがとうございました」
ニシキ館長にお礼をして、道場を後にする。
さて、お次はお楽しみ、初見の道場だ。
「アウロラさん」
「む、どうかされたか?」
見学中、道場には入らずに待っていたアウロラさんへ、俺は伝える。
「山心館だけじゃなくて、風心館も見てから、どっちがいいか伝えるな」
「う、うむ。承知した」
アウロラさんは俺が道場を見極めるという話に未だ困惑しているようだ。
まあ、それもそうか。だって俺、まだ歩兵合気術しか覚えてないもんな。
彼女からすれば「何を言っとるんだこいつは」となってもおかしくない。
それでも約束は約束だ。しっかり見極めようと思う。
「――――」
シュル――スススス――パタン――。
――シュッ――ササッ――ポフン。
次の道場、風心館が近付いてくると、次第に“音”が聞こえてきた。
微かな息遣い。
足が畳に擦れる音。
道着と道着が擦れる音。
袴が畳に当たる音。
そのどれもが静かだった。
「アウロラさん」
「如何された」
「こっちだ」
「?」
「こっちだ、オススメは」
「!」
もう見ないでもわかる。
この、まるで息を殺しているかのような静寂の中にある、点々とした音。
合気術同士において互いに最善を尽くし合った型は、大体このような音がする。
「まだ見ぬうちから然様に確信している理由を聞いてもよいだろうか?」
確信ね。しているとも。
「合気術同士の立ち合いは、試合ではなく演武と言われる」
「うむ。存じている」
「無論、試合という形式もあるが……最善を尽くせば、演武になってしまうと言った方がいいか」
「演武になってしまう?」
天津星砕戦では当然、合気術同士で試合を行い勝敗を決するため、演武とは言えない。
もちろん、勝ち方も多様にある。
だが、往々にして演武になってしまう。
それは何故か。
俺は目を閉じ、音を聴いて……思い浮かべる。
「落ち着き払った、呼吸を感じさせない《飛車合気術・受》の胸突き――軽やかに下がりながら、半身から開いての《角行合気術・投》による回転投げ――全ての力の流れに逆らわず、一切の滞りのない前回り受け身――」
「!?」
「――間合い寸前で踏み込む《角行合気術・受》の正面打ち――振り下ろしに合わせて飛び込んだ《角行合気術・投》による呼吸投げ――上下の力の動きにもするりとなんら抵抗のない丁寧な受け身」
素晴らしい。
最善を尽くせば尽くすほど、隙を無くせば無くすほど、力を遮るものがなくなる。
まるでそよ風のように、間をひゅんと抜けていく。
力と力のぶつかり合いではなくなれば、それは何か。
もはや演武としか言いようもない。
「力の入り過ぎた攻撃は、投げられれば受け身が崩れる。大きく動き無駄な力を入れて投げれば、力はコントロールを失う。力の流れを無視した強引な受け身は、受け流し切れず体に返ってくる」
「即ち、最善を尽くせば……」
「落ち着いた攻撃、無駄のない投げ、流れに沿った受け身。つまるところ……」
静か。
それに尽きる。
お読みいただき、ありがとうございます。
★お知らせ★
書籍版1~9巻、コミックス1~13巻、好評発売中!!!
次回更新情報等は沢村治太郎のXにてどうぞ~。




