344 ルール
合気術は、互いの技が優れれば優れるほど静かになる。
素人は、より強く激しく投げ飛ばしてしまおうと考えがちだが、それは違う。
そうやって力めば力むほど、余分な力がぶつかるのだ。
投げとは、受け流すこと。
受けとは、受け流されること。
究極の合気術、その極意は、ぶつからないことにある。
「――いやぁ~! ようこそ、ようこそ! セカンド八冠、よくぞいらっしゃいました」
稽古が一通り終わったところで、受けと投げは互いに礼をして、それから道場正面にある『合気』の掛け軸に礼をした。それから、投げ側をしていた男は、くるりとこちらを振り返ると、満面の笑みでそう口にした。
身長は170センチほどとそこまで高くないが、ビシッと伸びた背筋のせいか身長以上に大きく感じる、道着に袴姿の50代くらいのおじさん。スキンヘッドでコワモテな、しかし目尻の皺は優しそうな、人懐っこい笑顔のおじさんだ。
「もしかして館長さん?」
「あ、そうです、そうです。私がシキシマです。風心館館長の!」
シキシマ館長は、ぺこりとお辞儀をした後、自分で自分を指さした。
「おまけに天津星砕でもあります~、って聞いてないか! 失敬失敬」
ナハハ! と笑う。
なんというか……とてもコミカルなおじさんである。
「シキシマさんがタイトルホルダーでしたか」
「いかにもです」
「ちょうど話してみたかった。いくつか聞いても?」
「こちらの台詞ですよ、それは。同じ、というのも烏滸がましいくらい、八つと一つでは差がありますが、タイトルを持つ者同士には違いないですから、かねてより話してみたいと思っていたのです」
シキシマさんも俺と話したがっていたみたいだ。どうやら両想いのようである。
……同じタイトルホルダーだから話してみたかった、か。
それってつまり、俺が八冠だろうが十五冠だろうが関係ないということだろう?
何故か。理由など一つだ。
天津星砕か、それ以外か――きっと彼には、世界がそう見えている。
「山心館は、まずガッチリ基礎を固め、それからアドリブをガンガン増やして対応力を磨くという稽古を主にやっていた。激しい自由技に重きを置いているらしい。風心館は、どういったことを意識して稽古しているんです?」
山心館は、どっしりとした基礎からなる激しい自由技が極意。
では、風心館は?
俺の質問に、シキシマさんは一度だけ深く頷くと、目尻の皺をそのままに口を開いた。
「“気”とは何か、ですな」
「……?」
ほう?
「山心館では、気とは“人”であると考えているようです」
「なるほど」
「人に合わせて動く。相手に合わせて投げる。投げに合わせて受けを取る。それら全て、人に合わせる術と言えましょう」
「人に合わせる術……」
気に合わせる術――合気術。
言葉遊びのようでいて、中々に説得力があった。
「なら、風心館では、気とはなんのことを言うんです?」
「この世の理ですな」
――ああ、正しくその通り。
思わず、ポンと腿を叩いてしまった。
「人といっても千差万別、いちいち合わせていては大変でしょう。ならば世の理に合わせてしまえばいい。ほんなら後は、世の理の通りに動くだけですなぁ」
「確かに、この世には理……ルールがある。木からリンゴが落ちるように、銀将剣術九段の再使用まで4秒かかるように。そんなルールに合わせて動くというのは、至極、道理に適っていると俺も感じるな」
「おお~! 八冠王のお墨付きをいただけるのは、嬉しいですね」
シキシマさん、とてもレベルの高いことを言っている。
ルールに合わせて動く。それは単にルールを守ろうなどということを言っているわけではない。
ルールとは、自分も相手も従わざるを得ない絶対の強制力。これを上手く使えないものかと、あの手この手で捏ねて捏ねて捏ねまくると、次第に掴めてくるのだ。「ルール上強い行動」というものが。
ルール上強い行動を繰り返し、相手に最善の対応を強いる。これがルールを味方に付けた戦い方である。
まさか、風心館がそこまでやっているとは。
つまりは、こういうことだろう。
山心館とは、「人対策を突き詰める」道場。
風心館とは、「強い行動を研究する」道場。
両道場の特徴が徐々に明らかとなってきたな。
「世の理に合わせる術を磨くことが、私の道場の主な稽古ですな」
「基本は、先ほどのような?」
「ええ。型稽古です」
風心館の歩んできた歴史の中でゴリッゴリに研磨されてきた「ルール上強い行動」を“型”として繰り返し繰り返し練習して身に付ける。なるほど実に合理的な稽古である。
だから、あれほど静かだったわけだ。
ゴリッゴリの最善の投げに、ゴリッゴリの最善の受けなんだから。静かになるに決まっている。
ひょっとすると、定跡研究もそれなりに進んでいるのかもなあ。
「セカンド八冠は、普段どのような稽古を?」
「俺ですか? んー」
なんと答えたものか。
「色々あり過ぎて長くなるから最近の剣術だけで言うと、桂馬剣術の複合を背面から出せるように練習、ノックバック中の相殺を左右どっちの手でも練習、捻り攻撃への相殺の練習も両回転、香車剣術でツッパリの練習、罰金フェイントの練習、きんつばフェイントの練習、出世魚コンボの練習、えー、後は」
「け、結構結構! すまない、よく理解できなかったが、凄絶な稽古をしているのだけはよぉくわかった」
シキシマさんは俺の羅列を申し訳なさそうに遮ると、ぽりぽりと頬を掻きながら下の歯を見せて笑った。
凄絶な稽古ねぇ? 俺にとっては日課みたいな感覚だが、習慣化していない人からすればそう見えるのかもな。
ま、それはさて置き。
「……あのー、歩兵合気術しか使えないんだが、一度どうでしょう?」
「!」
だんだん我慢できなくなってきた。味見しよう、味見。
「是非是非! ではセカンド八冠から投げを、右・左とやって、次は私が投げを」
「了解」
俺は靴を脱いで畳に上がると、道場の中央右寄りに歩み出て正座した。
シキシマさんは左側で同じように正座をしている。
「正面に礼!」
誰かの号令で、俺とシキシマさんは『合気』の掛け軸に礼をした。
そして、向かい合う。
「お互いに礼!」
「お願いします」
「お願いしまっす」
同時に礼をしてから、同時に立ち上がる。
シキシマさんは《歩兵合気術・受》を使用し、すり足で接近してきた。
俺は左半身になり、《歩兵合気術・投》を発動しながら、シキシマさんの体に軽く手を添える。
するりと力が通り抜け、シキシマさんは《歩兵合気術・受》の再発動でくるりと綺麗な前回り受け身を取って、その勢いのままにスッと立ち上がると、無駄のない足運びで姿勢を崩すことなくこちらを振り向き、シームレスに《歩兵合気術・受》を使用しながら再び接近してくる。
俺は次いで右半身になり、先ほどと同じようにしてシキシマさんを投げる。
シキシマさんは受け身を取る。起き上がる。振り向く。そして、今度はこっちが受けを取る番、と。
「…………」
崩そうと思えば崩せる。
だが、今、やってよいものかどうか。
シキシマさんは、何か対策を持っていそうでもある。
ここであえて俺の手の内を詳らかにするというのも、それはそれで面白い。
……いや、味消しか。飽くまでこれは味見だ。今じゃない。
ちょっとビビらせる程度にとどめておこう。
「!」
すり足で接近、《歩兵合気術・受》による体当たり、これを体勢を極限まで下げて前傾で行うことで無理やり“頭突き”のようにする。
シキシマさんは左半身から手を添えて《歩兵合気術・投》を発動。俺は食い気味に《歩兵合気術・受》の再発動で前回り受け身を取った後、右側に大きく一歩踏み出して、素早く左足を時計回りに半回転させた。するとどうだろう、シキシマさんの背後を取る形に――。
おっと、それは舐め過ぎだったようだ。シキシマさんは背後を取られることもなく、しっかりと俺の方を向いていた。いいね、ばっちり基本ができている。こんな小細工には引っかかりませんよと。
じゃあ、これはどうかな?
「!!」
俺は《歩兵合気術・受》を使用する際、直前で一度スキップのようにして少し足運びのフェイントを入れた。
シキシマさんは右半身で《歩兵合気術・投》を発動し、俺の頭突きに手を添えて投げ飛ばす。
《歩兵合気術・受》の再発動で前回り受け身を取り、先ほどと同じようにして右へ踏み出しから左足を半回転すると……。
「!?」
ね? また後ろ側に来ると予想して視線と体を動かしてしまうと、予想に反して正面側に立ち上がる俺を一瞬だが見逃してしまうわけだ。
シキシマさん、顔に出やすいなあ。「あ、うっかりした~」みたいな表情をしているけども。
……果たしてうっかりかな?
型を決めて研究するからには、この自問自答からは逃げられないぞ。
常に、これを自問自答しなければならないのだ。いくら辛くとも。
さあさあ、自分に問いかけてみよう。
「それ、本当に最善?」――と。
何千回でも、何万回でも。
俺とシキシマさんは元の位置に戻り、正座をする。
「お互いに礼!」
ありがとうございました。
「正面に礼!」
思った通り、素晴らしい技術だった。いや、掛け値なしに。
あんな嫌らしいフェイントと騙し討ちくらいしか、ケチを付ける隙がなかった。
歩兵合気術だけでこれなのだ。他は一体どこまで極めているのやら。
いずれ来る、シキシマさんとの天津星砕戦。
俄然、楽しみになってきた――。
* * *
セカンド・ファーステストがヴァリアント王国王都を訪れてから3日目。
王宮では朝から忙しなく準備が進められていた。
謁見の準備である。
国王セオドア・ヴァリアントへの謁見には、当事者でもある第一王女アウロラ・ヴァリアントと、王領伯ビビ・レグルス、加えて王都に居合わせた有力諸侯が数名、騎士団長フジ以下数名、マチルダ・ハルモニア含む近衛騎士数名が、参列する予定であった。
しかし昨日になって、新たに参列を希望する者が三人も現れた。
第二王女イヴリン・ヴァリアント、第三王女ウィロウ・ヴァリアント、第四王女エルシィ・ヴァリアントである。
国王セオドアとしては、この三人娘たちの願いをあえて聞き入れず拒否する理由はなかった。ゆえに参列を許した。
だが、疑問は残った。
三人はどうして急に参列をしたがったのだろうか、と。
セカンド・ファーステストとの繋がりを作るためとは考え難い。それはむしろ、謁見の場ではない方が作りやすいからだ。
であれば、セカンド・ファーステストを一方的に利用する方向。王位継承を巡る序列争いを有利に進めるために、セカンド・ファーステストを利用して謁見の場で何かをしようとしている可能性は多少考えられた。
しかし、王の御前で下手な真似をすれば、如何な王女といえど下がらされてしまう。
滅多なことは起きるまいと、セオドアは高を括っていた。
…………この時、せめて、ウィロウ・ヴァリアントだけでも参列を拒否しておくべきだったのだ。
後悔は先に立たない。
全ての準備が整い、謁見が始まり僅か10分で――国王セオドア・ヴァリアントは、詰みを悟った。
この厳かな謁見の場に、本来は国王が支配するはずの場に、どうしてか、完全に断れない状況が作り出されていた。
中心には、セカンド・ファーステストがいる。
彼は、その入念な下準備が施されたかのように思える周到な包囲網が明らかとなった後……あっけらかんと、こう口にした。
「俺、自分の道場持ちたいっす」
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次回更新情報等は沢村治太郎のXにてどうぞ~。




