電車内3
どちらが正しいのか。確認する術などない。今はまだ、目に映る全てを、現実として受け入れ、考え、行動していくしかないのだ。異世界だろうとそうでなかろうと、それがわかったところで今の状況が改善されるわけでもない。このことでいつまでもウダウダと考えていてもしかたがないだろう。
「カチリ」とわざとらしく頭の中で擬音を響かせ思考を切り替える。その辺の割り切りに関しては昔から得意だった。とりあえず、どうすべきなのか。今はそれが重要なはずだ。
「わかった、信じるよ、アリカの話。俺たちは異世界に飛ばされてしまった。 そういうことなんだ」
「そうー、そういうことなのよ。だってそうとしか思えないもん、あんなものを見ちゃうと、ねー」
異形の動物の方に目線を遣り、アリカが呆れ顔で言った。
「あれってさ、いつからいるの?ずっとあそこに?襲ってきたりしないのかな?」
怪物はずっと俺たちの方を見ている。二足で立ちやや体を前傾にくねらせ、同じ場所から動こうとせず、こちらに顔を向けている。
「あたしが起きたときからあんなだよ。ま、かれこれ一時間ってところかな。あたしも最初は襲ってくるんじゃないかって身構えてたんだけどね、警戒してるのかなんなのか知らないけど、あいつぜんっぜん動かないのよ」
アリカは眉間に皺を寄せ、吐き捨てるようにそう言ってから俺の腕を軽く叩いた。何故叩かれたのか。戸惑ったが、彼女のこれまでの行動から大よそ見当はつく。おそらく衝動的なものだろう。彼女は思考と行動が直結しているタイプの人間のようだ。よく言えばフランク、悪く言えばガサツ。軽くとはいえ、叩かれた腕は結構痛んだ。
「襲ってこないのには安心したけどね、でも、なんか不気味じゃん。いつ気が変わってこっちに来るかわかんないしさ。ちょっとでも電車から降りたら一目散に向かって来るんじゃないかって思ったら、外に様子も見にいけないし・・・・ほんとうっとうしいやつ。動くのか動かないのか、はっきりしろっての」
アリカは憎々しげにまくしたてる。言葉は乱暴だが、その端々から彼女の不安を感じ取れた。当然だろう。こんな訳の分からない状況にあって、平然としていられる人間など、おそらくいない。湧き上がる不安を隠そうと、鷹揚な態度に徹しようとしているのかもしれない。そう考えると、なんだか急にアリカに対して親近感を持った。
「うーん、まあ、とりあえずすぐに襲ってくるような心配はないのかな」
「わかんないけどね、あいつの気分次第じゃない?」
やつがどういう性質の生き物なのか。肉食なのかどうなのか。俺たちを捕食の対象として狙っているのか、興味本位で近づいてきただけなのか。わからないが、一時間近くあのままということは、そうとうに警戒してくれていることは間違いない。俺たちにとって、やつは異形だが、やつにとっても俺たちは異形のはず。とくにこの「電車」などは特に。確証はないが、とりあえず性急な危険はないように思える。
あいつに関してどうするかは、後に考えよう。やり過ごせれば一番だが。今は他にもいくつかアリカに聞いておきたいことがあった。
「なあ、ほかの乗客はどうなっちゃたのかな?電車には俺たち以外にも何人か乗ってたはずだろ?」
「さあ、どうなっちゃたのかしらね。わかんない。とりあえずこの車両だけみたいだよ。ここに来ちゃったのは。見て、前と後ろ」
電車の連結部分に目を凝らす。よく見ると前後に長く連なっていたはずの車両は見当たらない。壊れて半分開かれた連結部の扉の先には、暗い樹林が広がっている。俺たちのいるこの一車両だけが、地面に対して斜めにつんのめるようにしてあった。
「じゃあ、ここには俺たちだけが・・・・」
「そういうこと、三人だけみたいよ。ワープしたのは」
なるほど、三人が・・・・三人・・・・・三人?何を言っているんだ?アリカと俺。どう見てもここには二人しかいない。そこそこ頭の良い女性だと思っていたのに、まさか・・・。
「あの、三人って、俺と、アリカと・・・まさかだけどあの怪物とかも計算に入れてたりしないよね」
あり得ない、とは思ったが一応確認を入れてみる。出会ったものはみんな友達といったような、世の中そういう常人とは違うメルヘンな感性を持った人種も存在しているのだ。
「あんた・・もしかして、あたしの事アホだと思ってる?そんなわけないでしょバカ。あたしとユースケと、もう一人いるのよ。あんな怪物を頭数に入れるわけないでしょ。あー、なんか頭にきたからも一回言わせて。バーカ」
「いや、ごめん。ほんとごめん」
どうも怒らせてしまった。少し早計に過ぎた。しかし、美人というのは怒っても様になったりするのが、どうにも不公平だ。罵声を浴びてもあまり嫌な気持ちがしない。むしろ何かこう外発的に、嬉しみすらもたらされるような・・・・。
さておき、俺たち以外のもう一人のことだ。てっきり俺とアリカしかこの電車内にはいないものだと思っていたが、その人物はどこにいるのだろうか。ざっと車内を見渡した限りでは見つけることが出来なかった。




