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電車内2

 違う世界・・・・・何を馬鹿な、と一蹴したいところではあったが、そうも出来なかった。状況から考えて、あきらかに常識では測れない、何か超常的な現象のただ中にあるのは間違いない。もしやこれは夢か、という考えも一瞬過ったが、違う。意識ははっきりとしている。これが夢であるのならばそもそも現実とは何か、という哲学的思考に陥ってしまう。だとすれば、彼女の言は正しいのか。しかし、俄かには受け入れ難い。自分の身に起こっても尚、はっきりと信じることが出来ない。


「まさか・・・そんなことってあり得るのか?漫画じゃあるまいし・・」

「でも、あたしにはそうとしか考えられないなあ」


 本当にそうだろうか。何か別の可能性はないか。例えば、何かの国家的実験で集団催眠にかかって、幻覚症状を見ているとか。どこか人里離れた山奥に連れ去られて、金と暇を持て余した富豪たちの道楽に利用されているとか。

 我ながら無理がある。異世界にワープという発想と変わりない。十分漫画的なシチュエーションだ。


「これを見て」


 アリカは俺の隣に腰かけ、携帯電話を目の前に持ってきた。かなり密着している。彼女の柔く温かい感触が、じんわりと俺の腕に広がっていく。少し、緊張した。


「ね、見て、圏外。GPSでもこのケータイの位置情報を特定できない。もう異世界にいるって考えるしかないでしょ」


 彼女はさらに身を寄せ、俺の顔を覗きこんだ。自然、はだけた胸元が視界の端に映りこむ。俺はそちらに目線がいかないよう眼球に力を込めて、まっすぐに固定した。あんな蠱惑的なものを見てしまっては、目を奪われ、話を聞くどころではなくなってしまう。おっぱいの事しか考えられなくなるではないか。いかん、いかん。危ないところだ。


「それに極めつけはアレ。窓の外、も一回見て。よおーく、ね」


 窓・・。ちょうどまっすぐに定めた視線の先、対面の窓の方をアリカは指さした。徐々に慣れ、暗闇に適応した目は、次第にクリアな景色を映し出していた。窓枠のスクリーンを通して見える、乱雑に伸びた木々の間。明らかに異質なものがあった。理解の範疇を超えたもの。


「なんだよ・・・あれは」


 自然、そんな言葉が口をついた。直立したシルエットから最初は人間かと思った。しかし、すぐにその考えを否定した。でかい。明らかにでかい。遠近を考慮したとしても、優に3、4メートルはある。

 じんわりと詳細が見えてくる。異常なほどに膨らんだ筋肉を短い体毛が覆い尽くす。その体躯のみで言えばゴリラを想像させるが、一点、大きく異なっている部分があった。

 首から上、風船のように膨張した筋肉から、押し出されるように生えた頭部は、明らかにイヌ科のそれだった。頭頂部から上方向に張りつめた耳に、前に突き出した顎。開いた口元から覗く長い舌と鋭い牙。どこからどうみても犬だ。ゴリラの身体から、犬の顔。そのミスマッチに、思考が追い付かない。想像の域を逸脱している。


「あんな動物って地球上にいると思う?それともあたしたち、新種の生物でも発見しちゃったわけ?」


「いや・・・・」


 言葉をつなぐことが出来なかった。あのような生き物は地球上に存在しない。特別、生物学に聡いわけでもないが、はっきりと断言できる。あんな空想上のキメラのような気持ちの悪い生物が存在しているわけがない。だとしたら、俺の視界、今まさに映り込んでいるあれはなんだ?幻覚か、錯覚か。

 これはもう認めざるを得ない。彼女の突飛な推論は正しいのかもしれない。


(違う世界に来てしまった)


 もし、この想像を否定し、間違っているのだとしてしまうと、おのずともう一つの解にたどり着く。自覚なく俺が狂ってしまっているという、最悪の解答だ。


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