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電車内10

「ここから出るにしても・・・だ。さしあたって・・・あのイヌゴリラが問題だよねえ・・・」


 アリカが外の怪物の方を向いて言った。イヌゴリラ・・・その呼称でもう決定なのか。なんだかちょっと・・間抜けな呼び名である。しかし、特に対案も思いつかず、それで問題ないような気もしたので、今後あの怪物は「イヌゴリラ」と俺も呼ぶことにした。


「あの・・・えー・・イヌゴリラ、だっけ。何時間もずっとあのまま、姿勢も崩さずにこっちを凝視してる。いったいなにが目的なのかさっぱりわからんよなあ。襲ってくるでもなく、じっと見てるだけ」


 俺もイヌゴリラの方へ目を向けた。こちらを見ている。ただ、ずっと俺たちの方へと視線を定めていた。動く気配は微塵もない。


「何かを待ってるんじゃないかな。僕らが・・ほら・・この、彼にとっては見慣れない、ハコ、から出てくるのをさ。出てきたところをガブッといくつもりなんじゃ・・・・」


 おっさんは、恐る恐るイヌゴリラの方に一瞬、目をやり、すぐに視線をそらした。


「あたしらを獲物として見てるってこと?それにしちゃあ、ちょっとのんびりし過ぎじゃない?」


「久しぶりの獲物なんだよ、きっと。逃すまいと慎重になっているのかもよ・・・」


「もうー、おじさんっ。もうちょっと明るく考えようよー。ほら、あれだよ友達になりたがってるだけかもしれないよ?」


 例え奴にその気があったとしても、あんな気難しそうなやつとお近づきになるのは御免こうむりたい。

 さておき、わからない。やつの狙いがなんなのか。そもそも、どういう生態の生き物なのか、まったく把握できないのだ。予想の立てようもない。せいぜい、あの外見的特徴から、情報を得るしかない。


「とりあえず、足は速くなさそうだな」


 ゴリラがどの程度の速度で走ることが出来るのか。あまり、知る機会もなかったのでわからないが、あの肥大した筋肉では、それほど俊敏さも、持久力も持ち合わせていないように見える。


「襲ってきても、あたしたちの足で逃げ切れる・・・?」


「やってみなきゃわかんないけどさ・・・」


 イヌゴリラが俺たちを捕食するつもりで、尚且つ、すさまじい筋力、俊敏さ、持久力を兼ね備えた、文字通りの怪物であったならば、どのみち俺たちは助からない。やつが人並みの速度でしか走れないか、そもそも襲う気がないか。そのどちらかに賭けるしかない。


「ユースケ君。ちょっとこっちへ来てくれ!」


 いつの間にか、車両の先頭付近まで移動していたおっさんが、俺を呼ぶ。おっさんは何か棒状のものを両手に持っていた。近づいて、それが何かすぐにわかった。


「手すり・・だったものだね。壊れて、手に持つのにちょうどいい長さになってたよ。気休めだけど、こんなものでもないよりはましだろう?」


 おっさんから、それを受け取る。意外な重みに、受け取った腕が僅かに下がる。おそらく鉄製。長さは一メートル弱といったところか・・・。確かに、ないよりはいい。これから先、どんな事態があるか、想像もつかない。身を守るものはあったほうがいい。とりあえずあの肥大した筋肉を見るに、イヌゴリラには通用しそうにないが。こういうものは気持ちの問題である。少しでも、心に火を灯すのだ。


「けっこうやる気なんですね。正直言って、意外です」


 おっさんに遠慮なく、率直に言う。先ほどまでネガティブなことを叫んでいた人物の取る行動とは思えなかった。少々のしこりがまだ、俺の中には残っている。格好悪いが、皮肉のつもりでもあった。


「・・・・・決めたらやるよ。精一杯ね。それが僕の唯一の長所・・・・だと、自分では思ってるからさ。協力してやろうユースケ君。アリカちゃんをこれで守るんだ」


 おっさんはそう言って、軽く鉄の棒を振って見せた。なるほど大人ってやつか。意固地になっている自分が、青臭いだけなのだろう。しかし、その潔さがなんだか、癇に障る。はっきり言って嫌だった。もやもやとした感情が残る。こんなことではいけない。これから、長くやっていく仲間だろう?遺恨を残してはだめだ。


「わかりました・・やりましょう」


 棘を排し、なるべく平易な調子で発語するように努めた。それが、相手にどういう印象を与えるのかはわからないが。


「誰が誰を守るってー?聞こえてるよー?」


 後ろから、アリカの声がする。かなり距離が離れていたし、小声で話していたはずだが、会話の内容を聞かれていたらしい。なかなか驚異的な聴力の持ち主だ。地獄耳というやつか。


「あたしを守る必要なんてないのよ?なんたって秘密兵器があるんだから」




 

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