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第6話 10年後。再会の兆し


 クロフォード王国の次男として転生して、早いもので10年が経過した。

 その間も魔力の鍛錬は怠らず、独自の戦闘技術を築き上げていた。

 騎士団の模擬戦にも積極的に参加し、冒険者ギルドに登録。Sランク相当の実力を認められたことも一度や二度ではない。時には門番のおっさんをたぶらかして王国の禁忌区域に侵入したりもした。

 

 魔力のあるこの世界で他の追及を一切許さない強者になる。その目標は日々現実味を帯びてきていた。


「はぁっ!」


 朝靄が立ち込める訓練場に剣戟が響き渡る。木材同士がぶつかり合う乾いた音と共に汗が飛び散る。

 向かい合う少女の姿勢は整っていて無駄がない。まるで踊るように滑らかな動きで斬りかかる彼女の剣筋。


「ふ……!」


 突きを放つ。狙いは峰。しかし、その一撃は最小限の動きで避けられてしまう。

 すかさず返す刀で横薙ぎを見舞うも半歩退いた彼女に寸前でかわされる。


「甘い……よっ!」

「っ!」


 刹那、少女の剣が蛇のごとく伸びてきた。かろうじて受け止めるも衝撃で手が痺れる。軽装備とはいえ一撃に籠められた重みが凄まじい。

 そのまま押し込まれそうになるのを堪えて反撃に出る。鍔迫り合いから体を入れ替え相手の死角へ回り込んだが。


「勝負あり……だね」


 彼女の唇が微笑みを浮かべる。

振り向きざまに放たれた袈裟斬りを受け止める余裕もなく、喉元に木剣の先端が突きつけられてしまった。


「……見違えた。随分と腕を上げたな」


 素直に賞賛の言葉を送る。負けたのは久しぶりだ。正直驚いている。一年前まではこちらが圧倒していたのに。


「本気でそう思ってくれてるなら嬉しいけど、魔力を使わないってのが前提だもんね」


 少しだけ苦笑しながら少女……カナデは剣を下げた。

 あの日以来、10年の付き合いになるこの少女は今や立派な騎士志望の少年のような風貌……ではなく、間違いなく美少女と呼べる容姿をしている。


 長い茶髪をポニーテールにし、凛とした蒼い瞳と白い肌が印象的な彼女。

 かつては兄に寄り添っていた弱気な少女の面影はどこにもない。


「強さの方向性は人それぞれだしな。それにカナデは剣術だけじゃなくて治癒だって出来るんだ。十分立派だと思うぞ」

「お師匠からのお褒めの言葉、感謝いたします!尚、魔力を使えば私など触れることすらできないでしょうが、今後も精進するであります」


 わざとらしく敬礼して来るカナデ。これではどっちが勝者なのか分からない。


「ふふっ……来年からは一緒に学校に通えるし、今から楽しみだね。ニアにも報告したいもん」

「すっかりその気なところ悪いが、まだ行くかどうかは決めてないからな」

「えー?なんで?」

「なんでって言われてもな……メリットがないし」

「んー?可愛いカナデちゃんと一緒っていうメリットがあるんですけど」

「自分で言うな」


 揶揄うように頬を膨らませるカナデ。

 理由が理由とはいえ、10年前はあんなに大人しかった少女がここまで活発になるとは……人生何が起こるかわからないものだ。


「魔力学院ねぇ……」


 実際、この世界には魔力を学ぶ機関は複数存在する。その中でもクロフォード王国はその中でも歴史ある名門で力こそ全て。つまりは実力主義の世界だ。

 俺個人としては今更学院で習うこともなさそうだし、行く意味を見いだせていなかった。

 

 とはいえ、他国からの留学生も多く集まるため情報網としては優秀。貴重な文献や施設にアクセスしやすくなるメリットもあるので未だに「はい」とも「いいえ」とも言えないのが現状なのである。


「やあミナト。魔力なしの模擬戦とは珍しいね」


 穏やかな声と共に現れたのは、長い赤髪を清潔に整えた青年だ。


「こんにちは、アルフェン様」

「こんにちは。カナデ。いつもうちの弟と仲良くしてくれてありがとう」


 軽く会釈するカナデに微笑みかけるのはクロフォード王国の第一王子、アルフェン。

 その動作一つとっても品性が感じられる。俺とは正反対だ。


「何か用……ですか、兄さん」  


 俺が尋ねるとアルフェンは柔和な笑みを浮かべたまま近づいてきた。

 その隣には見慣れた顔のメイドが控えている。


「別に普段通りでいいよ、この場には僕達しかいないし。それに、ミナトは公式の場以外で敬語を使われることに慣れていないだろう?」

「……悪かったな、問題児で」


 不貞腐れたような返答にも関わらず兄は笑顔を崩さない。むしろ楽しげに目を細めているくらいだ。


「実はね、一週間後に他国との交流戦があるんだ。相手は15歳の子らしいんだけど」

「へぇ。それで?」

「君に出てもらいたいんだ。クロフォード王国の代表としてね」

「は?」


 思わず声が漏れる。冗談じゃない。何故俺がそんな面倒なことに首を突っ込まなきゃならないんだ。


「お断りだ。大体、そんなのがあるなんて聞いてないぞ」

「ああ、今さっき決まったことだからね。相手側の要望で急遽組まれたんだ」

「何で俺なんだよ。もっと適任がいるだろ」


 アルフェンは困ったように眉を寄せる。

 この兄は普段は穏やかで優しい性格をしているが、時に頑固な一面を見せる。

 大方外交的な理由でもあるのかもしれないが、俺は一切興味が無い。


「相手の希望なんだ。同じくらいの年齢で実力がある者と戦いたいと」

「その条件ならカナデだって戦力になる」

「はいはーい!わたし、出たいです!」

「駄目だ」


 即答したアルフェンにカナデが頬を膨らませる。

 そんな彼女を宥めるように笑みを向けながら兄は続けた。


「父上の命令でもあるんだ。それに……」


 そこで一旦言葉を切り、アルフェンはわざとらしく辺りを見回した後、声を潜めて続ける。


「ミリウスが言うには、相手はかなりの実力者らしいよ。君にとっても良い経験になるんじゃないかな?」

「ミナト様、どうか(わたくし)の顔に免じてお願い致します」


 それまで沈黙を守っていたメイド……ミリウスが口を開いた。

 銀色の長い髪をまとめた美しい女性。まさにメイドの鑑というべき佇まいと美貌を持つ彼女だが──。


「………」


 彼女の碧い瞳が俺を射抜くように見据えていた。      

 その眼差しには警戒心と観察眼が宿っている。まるでこちらの弱点を探ろうとしているかのように……。


「はぁ……わかった。当日には結界でも張っとけよな。観客を巻き込んだら面倒だから」

「助かるよ。詳細はまた後日知らせるから」


 そう言って去っていくアルフェンの背中を見送りながらミリウスの横顔を盗み見る。


 いつも通りの無表情。だがその奥底にあるものが見え隠れする。まるで品定めでもするような視線……。


「気になるんだ?」


 カナデが小首を傾げながら訊いてくる。どうやら顔に出ていたらしい。


「ミナト、王子様なのに色々好き勝手してるからね〜。その内本気で追い出されたりして」

「有り得なくはないかもな」

「あはは、冗談で言ったんだけど……」

「その時は俺の代わりにカナデが頑張ってくれ。平民が躍り出るってのも悪くないと思うぞ」

「ミナト王子様ー。それ以上は王族に対する侮辱罪で罰せられますよー?」


 芝居に付き合ってくれるカナデに内心感謝しながらも、今後のことを考える。


 交流戦の相手……一体どんな奴なんだか。






 鉄格子が並ぶ薄暗い回廊。灯りといえば天井から吊るされた松明のみ。

 その明かりも頼りなく、影が蠢くかの如く壁面を這い回る。 

 重厚な扉の前で数人の衛兵が立ち塞がっていたが、近づく足音に敬礼し道を開けた。


「報告致します、アリス様」


 扉を潜った先の部屋は意外なほど簡素だった。

 質素な家具がいくつか配置されているのみであり、壁には小さな窓が一つあるだけの空間。


 その中心に、一人の少女が佇んでいた。 


「クロフォード王国の代表者が決まりました。アリス様の指示通り、ミナト・クロフォードが相手となります」

「ふふっ……ご苦労様です。では、手筈通りにお願いしますね?」

「はっ!」 


 衛兵達が退出すると室内に静寂が訪れる。 

 アリスと呼ばれた少女は独り微笑みを浮かべたまま呟く。


「……見ぃつけた」


 その声色はどこか狂気を含んでおり、虚空を見つめる赤い双眸には不気味な光が宿っていた。


「待っててくださいね。すぐに迎えに行きますから──兄さん♪」

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