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第7話 嵐の前の静けさ



 一週間後、闘技場の控室で俺は準備をしていた。服装はいつもの練習着。観客席から見れば、華やかな舞台に似つかわしくない地味な出立ちだろう。


「緊張してる?」


 隣でストレッチするカナデが声をかけてきた。彼女も今回はサポートとして同行している。


「まあな。あんな大勢の前で試合するなんて初めてだ」

「ミナト王子様は普段からソロですからなー。でも大丈夫、わたしがついてるから」

「人をコミュ障みたいに言うな」


 軽口を叩き合いながらも会場の喧騒が耳に入ってくる。観客の熱気は徐々に高まっているようだ。


「失礼します。ミナト……様……ってカナデも一緒か」


 ノックと共に部屋に入ってきたのはニアだ。カナデの実兄にして、あの時に助けた兄妹の片割れ。

 やや長めの茶髪に蒼い瞳、カナデに負けない端正な顔立ちの青年。今はクロフォード王国直属の騎士団に所属している。


「あっ、ニアだ。やっほー」

「ミナトの付き添いってお前かよ。サボりか?」

「む。連休が取れたから帰って来ただけですー。それにアルフェン様にミナトのサポート役を任されたんだから」

「あの人も適当だな……まあ、こいつの相手なら誰が務めても大体同じなんだけど」


 ニアは苦笑しながらこちらを見た。

 こいつとも十年近くの付き合いになるが、この茶目っ気たっぷりの性格は変わっていない。


「まさかお前がこんな大勢の前で試合する気になるとは思わなかったぜ。普段は訓練にもろくに来ないくせによ」

「半分強制みたいなもんだがな。こういうのはアルフェンのが適任だろうに」

「ふふっ……なんなら今から変装でもしてわたしが代理になっちゃう?」

「よし、任せた」

「お前ら本気じゃねーよな!?」


 カナデとアホなやり取りをしながらニアを振り回す。

 ガキの頃から性格が180度変わったカナデとは対照的に、良くも悪くもニアは昔から変わらない。


「半分冗談だ。で、何の用だ?確かニアは対戦相手のサポート役だろ」

「半分ってのが引っかかるが……まあいいや。対戦相手の子が挨拶したいって言うもんでな。一応お前の許可を取りに来たんだけど」

「挨拶?」

「なんか緊張してるみたいでさ。会いたいって言われても困るんだけどな、オレも」


 ニアは照れ臭そうに頭を掻く。対戦前にわざわざ?随分と律儀な奴だ。


「その子、結構なお嬢さまらしくてな。クロフォード王国に興味津々なんだよ。このまま行けば同盟関係になる可能性もあるってことらしいし、会って損はないんじゃないか?」

「別にそんなことをする必要ないと思うが」

「いや、もし負けたら怖くて顔合わせられないとか何とか」

「随分と気が小さいな」

「そう言わずに頼むよ。オレの立場じゃ断りにくいんだよ」


 ニアが両手を合わせて頭を下げる。

 普段は気が強いくせに俺以外の貴族に対しては腰が低い。

 まあ王国内での階級制度を考慮すれば、このような態度を取るのは仕方がないことだろう。


「わかったよ。控室でいいんだろ?」

「おぉ、助かる!失礼のないようにな!」

「一言多い。カナデは先に会場に行っててくれ。時間もそんなないし、俺はその姫様と一緒に向かうわ」

「おっけー。試合、応援してるからね」


 カナデは小さく手を振ってから部屋を後にした。それに続き、俺もニアと対戦相手の控室へ向かう。


「アリス・ルノワール……15歳だったか」


 今回の対戦相手の名前だ。聞いた情報によると帝国の名門貴族で魔力、剣術、技術共に長けているらしい。

 15歳と言う年齢で他国に呼び出されるほど注目を浴びる人物。まさに才色兼備な令嬢といったところか。


「ここだ。オレは待機してるからな。あとは頼んだぞ!」


 ニアが扉を指差す。それを無言で確認すると俺はゆっくりと扉をノックをした。


「どうぞ」


 部屋に入る。中央に設置されたテーブルを挟むように椅子が置いてあり、そこに一人の少女が座っていた。


 同年代ながら小柄な体格と童顔は実年齢よりも2、3歳程下に見える。

 とはいえ顔立ちは非常に整っており、透き通るようなアッシュブロンドの長髪はサラサラと揺れ、エメラルドグリーンに光る瞳は吸い込まれそうなほど神秘的だった。


「あなたがクロフォード王国の第二王子様ですね。初めまして、アリス・ルノワールと申します」


 少女は丁寧にお辞儀をして挨拶をしてきた。上品な所作からは育ちの良さが窺える。


「ミナト・クロフォードです。本日はよろしくお願いします」


 こちらも礼儀正しい挨拶を返す。

 一応は王子な訳で、公式な場での態度は弁える必要がある。


「こちらこそよろしくお願いします。今回はお互いに災難でしたね。私も急遽呼び出された身ですから」


 困ったように眉を寄せながら話すアリス嬢。その表情もどこか計算されたような完璧さがある気がする。妙な感じだ。


(というか、緊張してる感じじゃないんだが……)


 ニアに嵌められたような気がしたが……まあいい。時間も限られているし早々に切り上げるとするか。


「アリス様は剣術だけでなく魔力にも精通されているとか。楽しみにしています」


 ん?この場合だと様付けで正解だよな?やばい、なんか自信なくなってきた。

 こういう外交は普段はアルフェン任せだったから勝手がわからない。


「ミナト様、どうかアリスとお呼び下さい。それから、敬語は不要ですよ」


 アリスは柔らかな微笑みを浮かべた。


「私は一貴族に過ぎません。王族であるミナト様に丁寧な言葉遣いをして頂くような立場ではありませんから」


 その口調はあまりにも自然体で、媚びる様子もない。

 純粋に好意を示しているように見える。


「……助かる。こういうのは苦手でな」

「ふふっ、王子様とは思えない発言ですね」


 アリスは楽しそうに笑いながらも丁寧な物腰を崩さない。相当場慣れしているようだ。


「先程も申し上げましたが、急遽決まったことでもありますのでお手柔らかにお願いしますね」

「……その割には、随分とやる気満々みたいだが」

「何故そう思うのです?」

「体内の魔力が昂ってる。今にも飛び出しそうなくらいにな」


 俺がそう指摘すると、アリスの視線が僅かに鋭くなった。


「なるほど。お見通しですか」

「これでも魔力に関しては自惚れる程度には鍛えてきたからな」

「ふむ、やはり魔力に並々ならぬ拘りをお持ちのようで」


 アリスは目を細めつつ口元に手を添える。その仕草は愛らしいのだが、どこか得体のしれないものを感じさせた。


「私、他人の魔力を感知することに関しては自信があるんです。少し調べさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


 そう言うと彼女は手を伸ばしてきた。

 唐突な申し出だが、あいにくと敵に塩を送るような真似はしたくない。俺は無言で拒否の意を示す。


「残念です」

「悪いな、これから試合する相手に余計な情報を与えるわけにはいかないんだ」

「失礼、軽率な発言でしたね」


 意外にもアリスは素直に引いてくれた。

 しかし、表情からは何を企んでいるのか全く読めない。


「そろそろ時間です。続きは試合の後にしましょうか」


 時計に目をやったアリスが立ち上がる。その身のこなしは優雅そのものであり、これでも武術に長けているというのだから侮れない。


 アリスと共に控え室を出ると、待機していたニアが駆け寄ってきた。


「……おいミナト。ちゃんと分かってるな? 」

「何が?」

「何が?じゃねーよ!相手は仮にも貴族令嬢なんだ。あんまり派手にやるなよな」

「派手にって言われてもなぁ……」


 目の前でゆっくりと歩くアリスの後姿。

 アッシュブロンドの髪が揺れ動く度に甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 小柄ながら均整の取れた体型といい、顔立ちといい、文句のつけどころのない美少女だ。


 しかし、その奥にある波動は驚く程に濃厚。明らかに同年代ではあり得ないレベルの魔力量を持っている。


「お相手さんはやる気満々みたいだが?」

「そりゃあそうだろうけどよ……試合内容次第じゃ関係に影響が出るかもしれねーんだぞ」

「……アルフェンの奴、面倒事を全部押し付けてきたな」

「お前も一応は王子なんだから、少しは責任感を持てっての」


 ニアが呆れ顔でため息をつく。

 クロフォード王国は代々、力や武闘を重視する国家だ。故に俺のような魔力馬鹿であっても咎められない訳だが……今回は少々厄介な状況のようだ。


「……マジで頼むぞ。責任はオレが被るんだからな」

「そっちが本音かよ」

「当たり前だろ!下手したら首飛ぶんだぞ!?」


 小声で懇願してくるニアの表情は真剣そのものだった。こいつも苦労してるんだな。

 仮にも王子に身分を盾に無茶振りを要求するなど、傍から見たら処罰ものの行為だが……まぁ俺の場合は例外でいいだろう。


 やがて会場の入口に辿り着くと、ニアは不安げな表情を見せながらも扉を開けた。

 眩い照明が目を刺激する。熱狂する観客たちの声援が鼓膜を揺らした。どうやら既に試合開始前から盛り上がっているようだ。


「ではお二人とも、幸運を祈ります」


 ニアが一礼して下がる。

 改めてアリスに視線を向けると、彼女はこちらを見つめ微かに笑みを浮かべていた。


「ミナト様、宜しくお願いします」


 アリスが微笑みかけながら告げる。

 その一言に込められた意味は理解できなかったが、少なくとも興味を惹かれているということだけは確かだろう。


「両者、指定の位置へ!」


 審判役の男性の合図と共に俺達は距離を取り向かい合う。

 アリスは特に自然体で佇んでいる。やはり相当に余裕があるように見える。


「これより、クロフォード王国代表であるミナト・クロフォードとベクター帝国代表アリス・ルノワールによる親善試合を行う!両者共に礼!」


 お決まりの文句に合わせて互いに頭を下げる。周囲の歓声が更に大きくなった。


「始め!!」


 ついに、開幕の合図が放たれた。


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