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第5話 さらなる高みに行く為に


 洞窟を抜け荒野に戻ると満月が出ていた。涼やかな風が頬を撫でる。

 色々と話す前に、この見るのも痛々しい兄妹の傷を治療するのが先だった。出来るかはわからないが……。


 両手をかざし、意識を集中させる。本来であれば攻撃として使用される魔力だが、医療専門の部隊があるのは把握している。

 過去に試したことはあるが、そもそも怪我をした事がほとんどなかった為成功した例はない。

 それでも魔力を人体の修復に当てるのは理にかなってると信じ、妹と兄の順に魔力を注入していくと……。


「すごい……痛み、なくなっちゃった……」

「……なんだよこれ。気持ち悪いくらいに治っていく……」


 本人達も驚いているが俺自身が一番驚いている。この程度の怪我なら治せるようだ。

 この力、今後は戦闘中にも役立つかもしれない。


「お前本当に……いや、ありがとうな、えっと……」

「ああ、ミナト・クロフォード。5歳だ」

「え?クロフォードって……」

「まあ、一応王子だ。別に特別扱いする必要はないけどな」


 王子だと告げると二人は放心状態。まあそうなるだろう。

 

「オレはニア、8歳。こっちが妹の……」

「……カナデ。6歳」  


 両者共に茶髪に蒼色の瞳。いかにも異世界人といった風貌だが、子供ながらに容姿端麗な顔立ち。

 兄……ニアは多少心を開いてくれたようだが、カナデは傷が治るなり兄の後ろに隠れてしまった。


「二人共、これからアテはあるか?」


 ダメ元で聞いてみる。しかし、返ってきたのは意外な回答だった。


「オレたち、元々母さんと一緒に爺ちゃんの家に行く途中だったんだ。でも、あいつに捕まっちゃって……母さんも……殺されて……」


 どうやら相当複雑なご家庭だったらしい。実の息子が父親を“あいつ“呼ばわりしている時点でな。だが一つわかったことがある。


「その爺さんは信頼出来る人か?」

「うん、優しい人だった。前からずっとオレ達のことも可愛がってくれて……だから、母さんも預けようとしたんだ思う」

「そっか。遠いのか?」

「ううん。歩いて行って2時間くらい」


 意外と近くて驚く。徒歩ならそれなりに距離がはあるものの、最悪な事態だけは避けられそうである。

 目的地はその爺さんの家。どうやってそこに辿り着くかだ。


「本当に助かったよ。後はオレ達で何とかするから。行こう、カナデ」

「……うん」


 そう言って歩き出そうとするニア。

 というか、妹がめっちゃ見てくるし……傷が癒えたとはいえ、やはり相当の恐怖を味わったのだろう。

 その足元はおぼつかなく、ふらついている。


「やるしかないか……」

「え?」

「連れて行くよ、手貸せ」


 何を言ってんだこいつとばかりの視線のニアをよそに、俺は二人の手を無理やり取る。

 カナデの手に触れた瞬間、恐れのような感情が伝わってきた気がした。


「ちょっ……お前!?何を……」


 抵抗する間もなく二人の体が浮かび上がる。

 驚いた顔をする兄妹を見て少し愉快になった。魔力を足裏に集中させると3人分の体重を支えても余裕なのは俺の魔力量が多いせいだろうか。


「嘘……飛んでる……」

「わぁ……」

「目閉じてろ。舌噛むなよ」

「ちょっ……待っ……きゃあああぁぁぁっ!?」


 情けない悲鳴を上げるニア。だが俺も初めて人の視線がある中で空を飛ぶので少し緊張する。

 まぁ、こんな機会滅多にないから楽しむとしよう。


 所々で道案内をされながら、高度を上げると街の灯りが小さく見える。その美しい光景にカナデが歓声を上げる一方でニアは必死に目を瞑っていた。 


「あれだな。速度落とすぞ」


 夜の冷たい風が頬を撫でる。この調子なら問題なく到着できそうだ。

 地上に降り立つとニアはしばらく立ち上がれず膝をついていたが……。


「すごい……すごかった……」

 

 興奮気味に呟くカナデ。どうやら相当気に入ったらしい。


「はぁ……はぁ……あ、ありがとな。ここまで来たら後はオレ達で大丈夫だから」

「ああ、気をつけろよ」


 未だに荒い呼吸を繰り返すニアを横目に帰ろうとする。だが……。


「待って……」


 カナデが突然俺の裾を引っ張る。予想外の行動に少し驚く。


「あの……おにいちゃんも……」


 潤んだ瞳で見上げてくる。その表情は何か訴えているようだ。

 そして、その小さな手が俺の手をしっかりと掴んで離さない。


「どうした?」

「あ……こらカナデ!」


 ニアは慌てて止めようとするが遅かった。

 カナデが思いっきり俺の手を握り締めた瞬間……。


「っ!?」


 脳内に鮮明な映像が流れ込んできた。

 妹を守るために必死に戦う小さな兄の姿。その瞳から溢れる涙。

 そして何より……深い深い絶望。


「……」


 言葉を失う。先程に見た暴力よりもさらに残酷な光景……この小さな女の子は今までどれだけ辛い思いをしてきたんだろう。


「……お前」

「……」


 答えない代わりに首を横に振る。

 それは肯定を意味していた。彼女の中には確かに“何か“が残っている。消えることのない深い傷跡として。


「あ……えっと……カナデ?」


 戸惑うニアを見て我に返る。

 まさかニアには見えてないのか?だとしたら、彼女は一体……とりあえず今は聞かない方が良さそうだ。


「歩けない距離じゃないんだ。また何かあれば、今度はそっちから来ればいい」


 ポケットに入れてあった地図を渡す。詳細には書かれていないが概要だけでも分かるはずだ。


「うん!ありがとう!お兄ちゃん!」


 満面の笑みを浮かべるカナデ。この世界じゃ君の方が年上なんだけどな。


「え?王族が住んでるとこ……?てか距離的には1日かかるんだけど……」

「そこは頑張れ。じゃあな」

「あっ、おい!」


 そして再び夜空へ飛び立つ。見下ろすと灯りのついた家を見つけたのか急いで向かう二人の姿が見える。


「……次がなければいいんだがな」


 小さく呟いて再び夜空へと羽ばたく。

 俺が向かう先は、先程二人が捕まっていたあの洞窟だ。


「虫の息だが、生きてはいる……か」


 そこには変わり果てたあの男が蹲っていた。四肢は切断され血塗れだが、まだ息はあるようだ。

 俺は静かに近づいた。男の目が憎悪と殺意で満ちている。

 もはや喋れもしない程の出血の中、まだ抵抗しようとする根性は大したものだ。前世の俺よりよっぽど勇ましい。


 欲を言えば、詳しい事情を聞き出せれば良かったが……俺が知りたいのは別のことだ。


「悪いな、あんたにはちょっと協力してもらう」

「っ!?」


 男の体内に大量の魔力を流し込む。

 かなりの量だが、不思議と男は苦しみながらも死ぬ気配がない。

 それでいい。魔力を解き明かす実験台としては申し分ない。今後、俺がさらに高みに行く為の研究材料だ。


「うおおおぉぉ!?」


 苦悶の叫び声を上げる男。意識があるのが辛いだろうが、知ったことではない。実験動物としては最適な条件だ。魔力の変化過程を調べる絶好の機会だ。


 この男の末路に同情する者はいない。因果応報という言葉があるが、まさにそれだ。


「はぁ……はぁ……お、お前ぇぇ……こんなことをしてタダで済むと思うなよぉ……」


 男の声が響く。痛みと恐怖に震えながらも、彼はまだ抵抗の意思を見せていた。

 その視線には怒りと憎しみが滲んでいる。まるで獲物を狙う猛獣のような目だ。


「正義の味方でも気取ってんのか!?俺がてめぇに何をした?あぁ!?」


 息も絶え絶えに悪態をつく男。血を流しながらもその執念深さには驚かされる。

 だが俺はそんな言葉に耳を傾けるつもりはない。自分の目的の為に行動するだけだ。


「安心しろ。どちらかと言うと、正義なんて言葉は嫌いな方だ」


 冷たく言い放つ。男の怒りは頂点に達したようで、再び暴れ始める。

 だが、その動きには覇気がなく、ただ無様に足掻いているだけだった。


「このクソガキがぁぁ!!殺してやる!!殺してやるぅぅ!!」


 狂気に染まった叫び声。だが、それも長くは続かなかった。

 次第に声が弱まり、ついには呻き声に変わる。体力も魔力も尽き果てたのだろう。


 体内の魔力循環が乱れ、血液中に魔力が溜まっていく様子は興味深い。やはり魔力と血液は密接な関係があるようだ。


「ぐあぁぁっ!?や……やめろ……この悪魔め……」


 男が絶叫する。俺にとってはどうでもいい悲鳴だ。今はこの実験の結果を見届けることが優先される。

 体内魔力の濃度が一定を超えた途端、男の肉体に明らかな変化が現れ始めた。


 皮膚が青白く変色し、血管が浮き出る。目は充血し焦点が合わなくなる。呼吸は荒く脈拍も不規則になっている。


「……反応はこんなものか」


 冷静に分析する。男の体は既に限界を超えつつある。このままでは死ぬだろう。

 だがそれが狙いだ。人体実験というのは失敗と成功の積み重ね。データさえ取れれば結果はどうでもいい。


「あ……ああ……身体……バラバラに……」


 男の身体が痙攣し始める。筋肉の収縮と弛緩を繰り返し、骨格が悲鳴を上げる。

 内臓も次第に機能しなくなり始めているようだ。肺胞が膨張し呼吸困難を起こしている。


「おい、もう少しデータを取らせろ」


 魔力をさらに注入する。男の口から泡が吹き出る。

 眼球は飛び出さんばかりに突出し、もはや人間の面影はほとんどない。


「ぁ……ぁぁ……」


 かすれた声で何かを伝えようとするが聞き取れない。もはや虫の息だ。 

 次の瞬間、男の全身が紫色に包まれた。


「……っ」


 血管が破裂し、血飛沫が飛び散る。骨が砕け散り、肉が蒸発する。

 凄まじい爆音と共に、男の身体は爆散した。


「流石に限界だったか……」


 残されたのは僅かな肉片と血痕のみ。だがこれは予想通りの結果だ。

 むしろ、想定よりも長く持った方だろう。


 俺は小さく息をつく。人体に過剰な魔力を注ぎ込むと暴走して自壊する。

 この法則は魔力研究の基本となる。だからこそ、国の騎士団の連中は魔力のみに頼らず剣術や体術も磨く。

 戦闘経験の浅い奴ほど魔力に頼りがちになる。魔力だけを高めたところで強くなれるわけではないという教訓だ。


「……そんな常識は覆すけどな」


 俺にはこの恵まれた肉体と魔力量がある。技術や体術、そんなものは対人戦でしか得られないものだ。

 俺が欲しいのは他者の追及を一切許さない圧倒的な強さ。その為には禁忌だろうが犯す。


 誰もが成し遂げられない偉業こそが、真の強者の証明なのだから。

 

 血まみれの地面を見つめる。今やその痕跡はどこにも残っていない。ただ、風に乗って微かな異臭が漂うのみだ。


「さてと、帰るか」


 爆発音は夜風に掻き消された。証拠隠滅も完璧だだ。 

 洞窟を後にし、夜空を見上げる。


 明日もまた過酷な訓練が待っている。


 全てはあのヤンデレ妹の呪縛を解き、本当の自由を手に入れる為に……。


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