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第36話 小さな嫉妬

 翌日。俺はニア、カナデと共に二人の祖父の家を目指していた。

 王城を出て北区にある住宅地を抜けると、やがて景色が郊外へと変わっていく。この辺りは貴族街から離れた平民の住む地域。 

 クロフォード王国では貧富の差も最小限に抑えられているので治安はそこまで悪くない。


「ふあぁ〜……あー、眠……」

「なんだミナト、寝不足か?」

「ああ、魔力鍛錬をいつもより。これから帝国相手にやり合うかもしれんって時に備えてな」

「ただでさえ魔力ゴリラなのにまだ足りねえのかよ。オレ達騎士団の立場がねえだろ」


 ニアの呆れた声を聞きながら欠伸を噛み殺す。

 実際は昨日のフレイアとのやり取りが頭を巡り、なかなか寝付けなかったせいもある。


 彼女の告白が言葉が耳から離れず、朝になっても思考を占拠していた。


「じー……」

「ふあぁ〜……」

「じーー!」

「……はぁ」


 いい加減鬱陶しい。溜息混じりに横を見るとカナデがこちらを睨んでいる。

 明らかに何かを言いたげな表情だ。


「なんだよ」

「ミナト、変」


 端的に断言される。こういう時の勘が異常に鋭いのが彼女だ。


「昨日、フレイア先輩がミナトの部屋に行ったでしょ?」

「ああ。カナデだって知ってたろ?」

「うん。そこまではいいの。でもね……」

「どうした?」

「……何を話したの?」


 カナデの目つきが鋭くなる。

 俺の変化を見逃さまいとしているのが分かる。


「何って言われてもな……単純に礼を言われたこと、魔力の使い方についていくつか助言しただけだが」

「それだけ?」

「……ああ」

「ふ〜ん?」


 我ながら上手く嘘をつけていると思うが、カナデは納得していない様子。

 というか顔があり得ない程近い。不満げな表情のまま詰め寄ってくる。


「おい、近いぞ。後、鼻息が荒い」

「女の子にそういう事言わない!絶対なんかあったよね?今朝なんて先輩、わたしにミナトのことばっかり聞いてきたんだよ?」

「……へぇ、そうなのか?」

「あっ、今目が泳いだ。やっぱなんか隠してる!」


 しまった。反射的に動揺が顔に出たらしい。

 つかフレイアめ、朝からカナデに何を話してたんだ?

 ……いや、心当たりしかない。カナデは明らかに俺とフレイアの間に何かあったと睨んでいる。


「フレイア様って言ったらエアハートの姫様だろ?父親があんなことになって随分ショックを受けてたみたいだが……何?もしかしてミナトが慰めたのか?」

「大袈裟な。ただ話を聞いただけだ」

「へぇ、面白そうじゃん。オレにも聞かせてくれよ」


 ニアまで会話に割り込んでくる。

 勘弁してくれ、こっちはまだ自分の中で消化しきれてないんだぞ。


「ニアは引っ込んでて?これはわたしとミナトの問題だから」

「いや、俺とフレイアの問題だろ……」

「……というかさ、ミナト、いつの間にか先輩のこと呼び捨てにしてるよね?前は“教官様”とか呼んでたのになー?」


 痛い所を突かれる。

 自分でも気付かなかったが、確かに無意識に呼び方が変わってしまってた。

 というか、そんな小さな変化まで気づくカナデの観察眼は何なんだ。ストーカーの才能あるだろ絶対。


「一緒に魔獣退治をした仲だぞ?いつまでも教官様なんて他人行儀な呼び方はおかしいだろ」

「そうだけどー……怪しいなぁ」


 カナデが腕を組みながらジト目を向けてくる。

 これ以上問い詰められたらボロが出そうだ。


「その辺にしといてやれよ。ほら、見えてきたぞ」


 前方に見慣れた建物が見えてきて安堵する。

 木造の平屋建て。周囲の庭は広く整備されていて花壇には色とりどりの花が植えられている。間違いなくここが目的地だ。


 玄関のドアが勢いよく開くと同時に低い声が響いた。


「おぉ、お前達。よく来たな!」

「おじいちゃん!」

「爺さん!久しぶりだな!」


 ニアとカナデが駆け寄る先には身長二メートルを超える巨漢が立っていた。

 顔立ちは厳つく白髪交じりの髭を蓄えており、一見すると山賊の親分か何かに見えなくもない。


 だがその顔には笑みが浮かび、筋骨隆々とした体からは温かい雰囲気が滲み出ている。


「ミナト様も、よくぞお越し下さいました」

「爺さん、久しぶりだな。老けたか?」

「はは、儂も歳ですからなぁ。最近は剣を振り回すのも億劫になってきまして……」


 豪快に笑うこの男がニアとカナデの育ての親であり祖父でもある。

 かつては軍人上がりの傭兵隊長だったらしく、引退後は退役軍人の支援と若者の鍛錬に人生を捧げている変わり者。俺にとっても数少ない心を許せる人物の一人である。


「立ち話もなんですから上がっていってくれ。さぁさぁ」


 促されるまま屋敷に入る。室内は意外なほど清潔に保たれており香ばしい匂いが漂ってきた。


「夕食はまだだろ?簡単なものしか作れてないが、食べていくといい」

「やった!丁度お肉が食べたかったんだ!」

「……てかすごい量だな。こいつのことだから全部食うぞ。絶対に太る」

「あ?ニア、わたしのことなんだと思ってるのかなー?」


 和やかな食卓。こういう空間はいつぶりだろうか。爺さんは忙しなく動き回り、俺たちはそれぞれ席につく。

 ニアの言うことも満更デタラメでもないのでカナデに食われる前に取り皿に盛る。


「エアハートのことは聞いた。カナデ、ミナト様。二人は大活躍だったらしいな」

「ハプニングに巻き込まれたもんだがな。まさかSランク越えのドラゴンや一国の国王相手に殴り合いをする羽目になるとは」

「はは、何とも豪快な話だ」


 爺さんは豪快に笑うと酒瓶を取り出す。

 序盤から飲むつもりらしい。


「もちろんカナデもだ。Bランクの魔獣を単独で撃破し、住民の避難にも尽力したとな」

「うーん……嬉しいんだけど、やっぱりミナトと比べたら沈んじゃうよね。追いつくどころか、どんどん離されてる気がする」

「そりゃお前、比較対象がおかしいだろ。こいつは桁違いの魔力量だし、そもそも戦い方が独特すぎる」

「そうだけどー。そうなんですけどー」


 ニアがフォローするが、カナデの表情は晴れない。

 目標にされるのは悪い気はしないが、カナデにはカナデの道を進んで欲しい……と、何度も本人には言ってるが聞かないからな。ここまで来たら好きなようにやらせるしかない。


「ミナトやカナデは良いよなぁ、オレなんて訓練ばっかで実戦にはちっとも出してくれねーんだぜ?副隊長ってのは名ばかりの雑用係だ」

「何を不謹慎な、命のやり取りを望むか?」

「いや、そういうんじゃねーけどさぁ……魔力学院、オレも入れば良かったわ。お前らの活躍聞くと羨ましくて仕方ねー」

「あんなハプニングは金輪際ゴメンだけどな」


 ニアや爺さんと軽口を叩き合いながら夕食を楽しむ。

 久々に穏やかな時間が流れていた。




 その後も俺達は何気ない会話と夕食を楽しみながら過ごした。

 飲み水も尽き、立ち上がろうとしたところで肩に感触を覚える。

 振り向くと、カナデが俺に頭を預けるようにして眠っていた。


「……おいおい」

「ははっ、流石に疲れてたか」


 ニアが肩をすくめる。エアハートでの激闘の疲れが今になって押し寄せたのだろうか?


「おーい、カナデー?風邪ひくぞー?」


 軽く揺するが全く起きる気配はない。

 やがて、ニアが立ち上がり、軽々とカナデを抱え上げた。


「しょうがねぇな。爺さん、寝室借りるぜ」

「ああ。一番奥の部屋だ。ワシも酒が回ってきたから先に休ませてもらうとするか」


 時間はまだ早いが、今日は全員が疲れているようだ。爺さんも席を立ち、部屋の明かりを落とし始める。

 俺も自分の客室に向かおうとした矢先だった。


「ミナト様、良いか?」


 爺さんが俺を呼び止める。

 その目はどこか懐かしむような、それでいて申し訳なさそうな色を帯びていた。


「少し付き合ってくれないか。酒も残っている」

「いや、飲めないし……」

「一杯だけだ」


 強面の爺さんに無理やり座らされる。抵抗しても無駄なので素直に従うことにした。

 グラスに注がれる琥珀色の液体。俺には酒の味などわからないが、爺さんが口に含む様は絵になる。


「もう10年になりますな。あやつ……息子の虐待からカナデとニアを救ってくれたのは他ならぬ貴殿だ」

「嫌な思い出を掘り返すなよ。あの時はたまたま近くにいたから助けただけだ。気まぐれだ」

「そうかもしれんが……」


 爺さんの目が遠くなる。十年前の事件のことを今でも鮮明に覚えているようだ。


「あの時の二人は生きる希望を失いかけていた。特にカナデは……」

「知ってる。あいつのトラウマは相当根深いからな」


 俺はグラスの液体を見つめながら呟く。

 あの日、地下洞窟で実の父親に残酷という言葉すら生温い拷問を受けていた幼いカナデとニア。


 ニアは元々の負けん気が強い性格から復帰は早かったが、カナデは当時、半年近くろくに食事が喉を通らず夜も眠れない程だった。


 クロフォード王国に来てからも何度もトラウマに苦しめられていた彼女の手を夜中に握ってやったことは一度や二度ではない。

 正直、当時はどう救えばいいのか分からなかったくらいだ。


「貴殿には感謝してもしきれん。本来であればワシがあの二人を守るべきだった。なのに……」

「あの状況じゃ無理だったろ。それに、俺はあんたの息子を実験台にしたんだぞ?」


 10年前のあの日、ニアとカナデに非道な虐待を行っていた男──他ならぬ、目の前の爺さんこそが奴の実父だった。


「恨んで貰って結構だ」

「恨む?馬鹿な事を。あの男は当然の報いを受けたに過ぎませぬ。息子とはいえ救いようのないクズだった」


 爺さんの声に迷いはない。本心からの言葉だろう。


「ミナト様、貴殿はあの二人……特にカナデに取っては特別な存在なのです。命の恩人であり支えであり……いや、もしかしたらそれ以上の……」


 急にポエム調になり始めた爺さんに頭を抱える。

 このジジイ、酔ってるな?


「貴殿にならカナデを──」


 その時だった。寝室のある方から何かが崩れ落ちるような音が響いた。続けて悲鳴のような叫び声。


「この声、ニアか……!」

「寝室の方だ!」


 俺達は弾かれるように立ち上がる。

 侵入者?しかし、特別強い魔力は感じなかった。

 

 部屋に駆けつけると寝室のドアが蹴破られており、中ではニアが蹲っていた。


「おい、どうした!」

「……ミナト。カナデが」


 ニアが血を吐くように言葉を紡ぐ。

 視線の先には空になったベッドと床に散らばった衣服。部屋の窓ガラスは粉々に砕け散っている。


「カナデが連れて行かれた……」

「な……!」


 室内には争った形跡はあるものの、血痕などは見当たらない。

 少なくとも、刃物による攻撃ではなかったようだ。

 

「犯人の特徴は?誰にやられた」

「わかんねえ……いきなり閃光が走って……目眩ましされてる隙に……ただ、まだガキだった気がする」

「ガキ……?」


 意外な証言に戸惑う。刺客にしても盗賊にしてもガキという点が引っ掛かる。

 それに魔力を全く感じなかった。不意打ちとはいえ、ニアをこうも容易く制圧する奴の魔力がゼロというのは考えにくい。


「いや、とにかく時間が惜しいな。爺さんはニアを見てやってくれ」


 そう言って俺は即座に魔力展開の構えを取る。

 足裏から噴き出す魔力の風圧で身体が宙に浮き上がる。


「待てミナト!オレも……!」

「足手まといだ。ここで待機しとけ」


 強引だが今は一刻を争う。窓から飛び出し、夜空に舞い上がった。


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