第37話 紅い魔力を持つ少女
月明かりの下、俺は全神経を集中させカナデの微細な魔力反応を探知する。
彼女は魔力量は多い方ではないが、それ程距離が離れてなければ感知できる。
「──こっちか!」
南西方向に弱いながらも確かに感じる魔力の残滓。
空中を疾駆する俺の足元には街の灯りが流星のように流れていく。
やがて、郊外へと続く森の入口付近で地面に降り立った。
「ここか……?」
周囲には人影もなく静寂が支配している。
しかし、微かに漂う血の匂い。そして、カナデの魔力痕跡。
間違いない、ここにカナデを攫った犯人がいる。
「……忠告するぞ。大人しく出て来い。そうすれば、命の保証はしてやる」
周囲に響き渡るように宣言する。反応はない。
「……なら、強制排除だな」
手のひらに魔力を凝縮し始めると──。
「待って」
木々の陰から小さな影が現れた。
月明かりに照らされたその姿を見て、思わず目を疑った。
「子供……?」
そこに立っていたのは幼さが残る少女だった。
白髪のショートヘアに特徴的な尖った耳。慎重などは150cmもあるか怪しい。
一見すると迷子かと思える無防備な服装をしているが……問題はその瞳だった。
血のように紅く染まった瞳。そして微かに漂う“異質な魔力”。
明らかに、人間のそれとは異なる波長。
「お前がカナデを連れ去った張本人か?」
「……」
少女は黙ったままこちらを見つめている。
威嚇しているわけでもなく、ただ虚無的な瞳。
「答えろ。じゃないと」
「──彼女は返せない」
ようやく発した声は想像以上に冷静で低かった。
まるで、子供のふりをした大人のような錯覚さえ覚えた。
「カナデは……彼女は吸血鬼の未来に必要だから」
「……は?」
“吸血鬼”というキーワードに眉を顰める。
何を言っているのか理解が追い付かない。
「彼女の血統は特別。我々の種族にとって……最後の希望」
話が急過ぎて思考が追い付かない。カナデが吸血鬼?最後の希望?
何かの比喩表現なのか、それとも本気で言っているのか判断がつかないが。
「悪いな、俺には関係ない。カナデは返してもらう」
「それはできない」
瞬間、少女の紅い瞳が妖しく輝いた。
通常の魔力とは明らかに異なる、紅く禍々しいオーラが彼女を包み込む。
「っ!?」
次の瞬間、少女の姿が消えた。否、移動速度が速すぎるのか。目では捉えられない速さで俺の背後に回り込んでいた。
「……だが」
振り向きざまに魔力障壁を展開する。
紅い魔力で生成された刃で斬りかかってきた少女を弾き飛ばす。
「ぐっ……!?」
衝撃で地面に叩きつけられる少女。
口元から僅かに血を流しているが、ダメージ自体は浅そうだ。
「噂通り……」
少女は苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がる。
その瞳には怯えの色はなく、むしろ興奮に近い高揚感が見て取れた。
「素直にカナデの居場所を言えばこれ以上手は出さないが?」
「キミが強いのは知ってる。でも──」
再び少女の身体が紅い魔力に包まれる。
地面に散った血液が蠢き始めると、それが彼女の周囲を舞い踊り始めた。
「……大した魔力操術だな」
これ程目に見えて可視化されているにも関わらず、相変わらず魔力反応は異常に希薄。
通常の魔力と全く別の法則に従っているとしか思えない。
「吸血鬼の誇りと種の存続の為に、絶対に負けられない」
少女は低く唸るように呟くと、凄まじい勢いで血液が凝集していく。
それは巨大な槍のような形状へと変貌し、一直線に俺へと襲いかかってきた。
「──後悔するなよ?」
俺も迎撃体制に入った瞬間──。
「ダメっ!!」
予想外の声に動きが止まる。
それは、紛れもなくカナデのものだった。
「ミナト!その子には何もしないで!」
茂みの奥から現れたカナデが俺と少女の間に割り込む。
予想外の事態に俺も少女も互いの魔力放出を停止させた。
「カナデ?何で……」
「事情があるの!この子はわたしを傷つけたりしてない。寧ろ……望みを叶えてくれる」
「望み……?」
困惑する俺を尻目にカナデは少女に近づく。
そして膝をつき、優しく語りかけた。
「ごめんね。わたしの為に危ない目に遭わせちゃって」
「……」
少女は俯いたまま答えない。だが、よく見るとその肩は震えていた。
カナデはそっと手を伸ばし、少女の頭を撫でる。
「大丈夫。怒ってないから」
その光景に俺は言葉を失った。一体何がどうなってる?
とりあえず、カナデには外傷らしい外傷もなければ拘束されていた痕跡もない。
「説明しろよ。なんでこの吸血鬼?はカナデを連れ去った?どうして庇う?」
問い詰める俺に、カナデが観念したように溜息をついた。
「この子……吸血鬼っていうか……その血族の生き残りなんだって。わたしが持つ特殊な魔力が必要らしくて……」
「特殊な魔力?」
初耳だ。そもそも平民のカナデが何か特別な能力を持っているなど聞いたことが……。
(……カナデに、特殊な魔力?)
瞬間、脳内に彼女と初めて出会った日の出来事が蘇る。
幼いカナデが俺に触れた瞬間、何か特別な魔力と共にその記憶を確かに垣間見た。
当時は俺自身、自らを鍛えるのに夢中であまり意識しなかったが……。
「あのね、わたしのお母さん……実は吸血鬼の血を引いていたみたい。だから、存続にわたしが必要って……」
待て待て待て。なんだその唐突なびっくり設定は。
吸血鬼の存続?カナデが希少な血脈?色々情報量が多くて整理できない。
「……なあ、お前」
「──なに?」
少女に話しかける。その特徴的な紅い瞳は真っ直ぐ俺を見据えていた。
「名前は?」
「……セラ」
「セラ……か」
名前は普通だな。
月明かりに照らされたその容姿は、幼いながらもどこか神秘的だった。
何よりも、彼女が内に秘めた異質な魔力は明らかに人間のそれではない。
こんな状態でないなら、再戦を挑みたいところだが……。
「何であんな強引に連れて行った?普通に説得しろよ」
「……前からしてた。でもあのくそじじい、中々会わせてくれなくて」
爺さんのことか。確かにこの手の話には警戒するだろう。
というか、くそじじい呼ばわりか。中々肝が据わっている。
「危険はあるのか?カナデに」
「……ない。彼女を害する気は一切ない。ただ、種族の滅亡を回避する為に協力してもらいたいだけ」
その言葉を信じるべきかどうか。正直、問うまでもないが。
カナデを見る。困惑しつつも何かを決意したような表情をしている。
このまま話を聞いても埒が明かなそうなので最低限の確認だけ済ませることにした。
「要は、カナデに何の危害も加えないと?」
「……約束する」
「なら今度はちゃんと話し合え。爺さんは頑固だが、正当な理由と根拠があるなら無碍にはしない」
「わかった……ごめんなさい」
素直に謝罪するセラ。意外と話せばわかるタイプなのかもしれない。
「カナデはどうしたいんだ?」
「わたしは……この子を放っておけない。困ってるみたいだし……わたしなんかが役に立てるなら……」
「ふむ……」
カナデの決意はそれなりに固いようだ。
その魔力で吸血鬼の一族を救うという奇妙な使命。俺にはよくわからない世界だが、カナデが望むなら止める理由はないだろう。
「そうか。じゃあ俺は帰る。後は二人で勝手にやれ」
「えっ!?ミナト、一緒に行かないの!?」
「何で俺が行く必要があるんだよ。心配なら俺の魔力を分けた護符を渡しといてやろうか?それをぶつければ並大抵の敵なら吹っ飛ぶぞ」
「そんな雑なの!?」
呆然とするカナデ。正直興味が湧かない。吸血鬼の未来?そんなもの知ったことか。
確かにカナデは大切だが、自分で決めたことなら尊重すべきだろう。
「まぁ、本当に困ったら連絡して来い。可能な限りは対処──」
「……ミ・ナ・ト」
背後から妙な圧迫感を感じ振り返ると、カナデが満面の笑みを浮かべていた。
だが、その目は全く笑っていない。
「ちょっと冷たすぎないかなー?さっきまでの優しさはどこいったの?それに前、わたしを見守ってるって言ったよねー?」
「いや、あれはそういう意味じゃ……」
「言ったよね?」
待て待て待て。圧が凄い。笑顔のままなのに威圧感が半端ない。
この目は本気だ。冗談抜きで本気で怒っている。
「セラ、一旦帰ろっか」
「え?」
「ニアとおじいちゃんを説得する。ミナトには絶対同行してもらわなきゃ。ね?」
呆気に取られているセラと俺をよそに、カナデは強引に話をまとめて歩き出してしまった。
俺とセラは思わず互いに顔を見合わせる。
「何でこうなった?」
「……キミが悪い。"見守ってる"なんて曖昧な言い方をした罰」
俺のせいかよ。確かに言ったような気もするが……まさかこういう形で跳ね返ってくるとは。
「……カナデの兄、弱かった。だからキミしか頼れる人間がいない」
「お前、それ本人に言うなよ。今度は不意打ちなしで戦えとか挑まれるぞ」
「……問題ない。カナデの兄なら正攻法でも53%の確率で勝てる」
それほとんど五分五分なんだが……というか、53%?
ニアには悪いが、あの異質な魔力と驚異的なスピードを併せ持つセラと戦えるビジョンが浮かばないが……。
「……仕方ないからあのくそじじい説得する。手伝って」
「説得するならくそじじいはやめとけ。余計に話通じなくなるぞ」
「……難しい」
「はぁ……いいからいくぞ」
なんで俺がこんな子守りみたいなことを……と思いつつも、俺は自称吸血鬼の少女と共にニアや爺さんの元に戻ることとなった。




