第16話 王女との対面
時刻は23時を回っていた。俺は今、学院内を散歩している。
いや、どちらかというと探索といった方が正しいだろうか。
「目新しい書物でもあればと思ったんだが……」
魔力学院図書室。そこにこそ未知の知識が眠っているはずだと少しは期待していたが、どれもこれもがクロフォード家の書庫に保管されている文献の焼き直しに過ぎなかった。
あの時、アリス……前世の妹が見せた魔力の解析になるヒントの一つでも欲しかったが結果は徒労に終わった。
やはり、自力で魔力の真理に辿り着くしか方法はないのだろうか?
カナデには悪いが、早々に退学して鍛錬に打ち込むのも選択肢として考慮に入れる必要がありそうだ。
まあ、流石に入学初日で投げ出すつもりはないが。
「……今頃、お前は何をしている?」
アリス・ノワール、前世で俺に理不尽を与えた妹はこの世界で生きている。
あいつは必ず再び俺の前に現れるだろう。それは一週間か、一ヶ月後、あるいは数年後か。
もっと力を蓄えなければならない。あの理不尽を、今度は俺自身が理不尽で塗り替えるために。
「誰!?そこにいるのは!」
鋭い声が闇夜を切り裂いた。魔力による感知能力が働いたのか?俺の位置が正確に把握されている。
振り返るとそこには……あの白銀髪の少女が立っていた。
「こんな時間に……あなたは?」
「あ、いや。俺は……」
「待って」
警戒心を露わにする彼女に名乗ろうとするも、制止されてしまった。
「あなた、もしかして……アルフェン様の弟かしら?」
思わぬところで兄の名前が出てきた。
なるほど、どうやら誤魔化すのは無理らしい。まあ今更どうしようもないが。
「兄をご存知で?」
「ええ。あたしはフレイア・エアハート。これでも魔力学院の首席を務めている者よ。あなたのお兄さんには一年生の時にお世話になったわ」
要するにアルフェンの後輩ということか。ならば多少は話しやすいかもしれない。
「ミナト・クロフォードです。今日からこの学院に通うことになりました」
「あなたが噂の弟さん……うん、宜しくね、ミナト第二王子殿下」
互いに握手を交わす。整った顔立ちと凛々しい佇まい。背丈は平均的だが風格は人並み外れている。
魔力量も中々のものだ。
少なくとも魔力学院の首席という肩書きに疑いはなく、アルフェンには劣るものの同年代の中で抜きん出ていることは間違いない。
「それで?なぜこんな夜更けに図書館を訪れていたのかしら?」
「ええ、まあ……魔力に関して調べてまして」
「硬いわね。いいわよ、普通にタメ口で話して。あなた、身分とか気にしないタイプでしょう?」
初対面で中々核心をつく。一応は年上かつ王女相手に馴れ馴れしい態度は憚られるが、本人がそう言うなら遠慮なく行かせてもらうことにする。
「わかった、そうするよ。フレイア先輩」
「うん、それでいいわ。事情もちゃんと聞いてるから。あたし方から誰かに吹聴するつもりはないから安心して」
ミリウスからの情報通り、フレイアは俺の立場を承知していたようだ。ならば問題はない。
「ミナトくん、勉強熱心なのはいいけど、校則違反は校則違反よ。寮の門限は22時30分と決まってるの」
鋭い目つきで咎めてくる。確かに規則を破った点については申し開きようがない。
「今回はあたしで良かったけど、気をつけなさい。特に貴方の場合王家とお父様のやり取りが絡んでいる可能性もあるから余計な火種を作らないことね」
見事なまでの正論である。反論の余地なしとかこのことか。
まあ、入学初日ということもあり多少は疲れもある。そろそろ戻るかと腰を上げたところだった。
「……あなたの魔力、興味深いわね」
「ん?」
「これでも魔力を視る訓練を積んでいるつもりなの。あなた、あたしの魔力感知を欺いていたでしょう?」
現状、俺は魔力量を最大限に抑制している。ミリウスの忠告通りに行動しただけだが、そのことが却ってフレイアの警戒を招いたらしい。
「ふぅん……」
彼女はじっと俺を値踏みするように観察する。視線が妙に刺々しいが何事だろうか?
暫く考え込んだ後フレイアは意を決したように言った。
「悪いけど──少し試させてもらうわ」
瞬間、彼女は魔力斬を生成し手に持つ。
何の躊躇もなく、信じられない速度でこの刃を俺に放ってきた。
だが──。
「な!?」
無論、俺の周囲には予め展開させてある魔力障壁が存在しており、彼女の魔力斬は虚しく弾かれる
「一国の王女とは思えない行動だな」
「くっ……!」
苦悶の表情を浮かべつつシールドへの攻撃を止めないフレイア。
魔力操作は精度が高いが、単純な出力が不足している印象だ。俺のシールドを突破するには至らない。
俺は右手の中指に魔力を込める。そのまま彼女の魔力斬に近づけ……。
「っ!?」
指先に集中させた魔力を放出した。途端に魔力斬が粉砕される。
彼女は信じられないものを見るような顔でこちらを凝視している。まぁ当然の反応だろう。
「う、嘘……あたしの斬撃を指一本で!?」
「こう見えても王国じゃ魔力ゴリラとして名を馳せているからな」
「……信じられない」
親父との決闘もまんざら無駄ではなかったらしい。
魔力障壁を解除し、改めてフレイアと向き合う。
「アルフェン様の話通り……いや、それ以上ね。アドルフ様を打ち破ったって噂もあながち嘘じゃないかも」
驚愕から立ち直ったフレイアは、敬意の籠った視線を送ってくる。
「光栄だ。ただ、そろそろいいだろ。次からは門限は守るようにするから帰らせてくれ」
「……待って」
フレイアは真剣な表情で俺に向き直る。
「あなた、あたしと手を組まない?」
唐突な提案に戸惑う。どういう意図だ?
俺の疑問を読み取ったかのように彼女は説明を続けた。
「あなたのような人材を探していたところなの。その規格外の力、“組織”のために役立ててみない?」
「組織?」
急に怪しげなワードが出てきた。学生の身分で組織とは穏やかじゃない。
「知っての通り、魔力学院は魔力の研究と発展を第一の目的としているわ。ただその裏側で、いざという時に魔力を用いた戦闘が可能な人材の育成も行なっているのよ。あたしはその教官役」
「俺をスカウトする理由は?」
「丁度今、エアハート王国じゃ面倒なことが起きててね。まだ表沙汰にはしてないけど、敵国の侵略が深刻化しているわ。このまま放置すれば、いずれ学院にも被害が及びかねない。そうなる前に戦える人員を確保しておきたいの」
要約すれば武力の提供が欲しいと。
別段構わないのだが、少々胡散臭さもある。彼女がどれほどの立場を持っているのかも不明だし、その“組織”とやらの実態も分かっていない。
「その話、アルフェンや親父には?」
「まだね。もちろん、機会を見ては報告はするつもりだけど、お父様は自国のみで解決したいと考えている節がある。クロフォード家の援助を受けることは簡単だけど、それが仇になって他の貴族を刺激しかねないから」
「なるほどな」
つまり表沙汰にするにはリスクがありすぎるということか。
国際問題に発展させるより秘密裏に片付けるのがベターということだ。
一見すれば合理的な判断力がある女だが、同盟国であるクロフォードに直接依頼せず俺に持ちかけるあたり、彼女の腹の内も怪しい。
「あなた、何でエアハートに来たのかしら?単純な学術的興味……とは思えないけど」
「兄貴が通ってたからな。魔力の知識を深めたくて来た」
「ふぅん……魔力の研究ねぇ」
フレイアが怪訝な表情でこちらを見つめている。
どうやら信じていないらしい。まあ当たり前だろう。
「まぁいいわ。もし協力してくれるなら、資料館への自由な立ち入りや研究所へのアクセスも可能にしてあげる。それ以外に希望があれば可能な範囲で叶えるつもりよ」
「何故そこまで?」
「さっきも言ったけど、今はとにかく力が必要なの。特にあなたのような実力者ならば尚更ね」
フレイアが一歩前に出る。
距離が縮まり、彼女の香りが鼻腔をくすぐる。
流石は一国の王子と言うべきか、所作や振る舞いにも気品を感じさせる。
しかし同時に、油断ならない雰囲気も持ち合わせていた。
「即答を迫るつもりはないわ。ただ、その気になったらいつでもそれで知らせて頂戴」
フレイアは懐から一枚の紙切れを取り出し俺に手渡してきた。
まるでメモ帳から切り抜いたような粗末なものだが、よく見ると何か特殊な紋様が刻まれている。
「これは?」
「緊急連絡用の魔力符よ。魔力を込めればあたしの方に反応が伝わる仕組みになっているわ」
なるほど、便利なアイテムだ。
これを使えばいつでもコンタクトが可能ということか。
「いい返事を期待してるわ。新しい学校生活も楽しんでね」
背を向け立ち去っていくフレイア。長い銀髪が闇夜に映えて美しく揺れていた。
「……初日からトラブル続きか」
渡された連絡符を眺める。何やら厄介な案件に関わってしまいそうな予感がするが……同時にこの状況を利用できそうでもある。
上手く利用し情報を引き出すのも一興かもしれない……などと思いながら入学初日の夜は明けて行った。
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今後の執筆の糧にしていきます!




