第15話 弱者の自己責任
校門から歩いて5分ほどの距離にあるのは煉瓦造りの巨大な建物だった。
魔力学院の敷地内にはこのような学生寮が複数存在しており、ここはそのうちの一棟らしい。
「じゃあ、ここでお別れだね。明日からは先輩としてバシバシ指導してあげるから期待しててよー」
「ああ、精々先輩としての威厳を見せてくれるのを楽しみにしてるよ」
相変わらず口の減らないカナデ。
年齢的には仕方ないことだが、彼女が先輩ということは不思議な感覚だ。
「私も失礼します。ミナト様、寮ではくれぐれも問題などは起こさないようにしてくださいね」
「お前には俺がそんなに問題児に見えるのか?」
「力ある者に問題がないとでも?」
んな理不尽な。とは思いつつも、ミリウスの言い分も分からなくはないので大人しくしておく。どうせ今日一日で疲れたしな。
ミリウスやカナデに別れの挨拶を交わし、彼女達は別の寮棟に向かうようだ。
俺もそのまま男子寮へ入ろうとした矢先──。
──やめて!もう痛いことしないでぇぇぇ!!
突然の悲鳴。反射的に顔を向けると数人の制服姿の男女が輪になっているのが見えた。
明らかに尋常ではない雰囲気。輪の中心には誰かが蹲っている影がある。
「何だ?あの騒ぎ」
「……っ!ミナト、あれ!」
カナデが指差す方向、そこには残虐としか言えない光景が広がっていた。
男女数人のグループが一人の女子生徒を袋叩きにしているのだ。
地面に這いつくばる少女の顔面を無慈悲にも蹴り上げる一人の少年。彼女は完全に意識を失っており抵抗することすらできないようだった。
「っ……」
あまりに一方的な暴力。助けを求めた少女が力なく倒れる姿に思わず拳を握る。
「ふむ、学校というものはいつの世も変わらないものですね。人間の浅ましさが垣間見える瞬間です」
「おい」
「ミナト様、ここは彼女の社会勉強ということで見過ごすことを提案します。我々の存在が知れれば更に厄介になりますよ」
他人事のように呟くミリウスに呆れる。だがこの場合、彼女の意見も一理あるかもしれない。
このまま俺達が介入するのは容易いが、下手に実力を披露すれば後々面倒なことになるのは目に見えている。
「ミリウスさん、冷たすぎ!あれ見てなんとも思わないの!?」
カナデが怒りを露わにする。過去に実の父親に虐待された経験を持つ彼女からしてみれば他人事ではないのだろう。
「人間とは自身より弱いものを虐げることで安心感を得るものでしょう。それが自然の摂理。ましてや、ここは様々な階級の人間が集う場所。そういうこともあるでしょう」
「……本気で言ってる?」
カナデの瞳に危険な光が宿る。
しかし、ミリウスは動じることなく淡々と言い放つ。
「同情はしますが……より重要なのは、困難に立ち向かう力を持つことです。何も出来ない子供ならともかく、相手は同学年の男子生徒。要するにあの年齢まで力を磨いて来なかった彼女の自己責任です」
あまりに冷徹な言葉に俺も閉口してしまう。
しかし、その時──カナデがミリウスの襟首を掴んでいた。
「ミリウスさん、わたし……本気で怒っていいかな?」
「力なき者の怒りなど無価値です。ミナト様の前であまり恥ずかしい真似はしないように」
「……もう一回言ってみて?」
「何度でも言います。今のあなたはただの平民。ミナト様に付き従うことでしか存在意義を見出せない憐れな存在です」
二人の間に火花が散る。
一触即発の空気が漂う中──カナデはミリウスの襟首から手を離した。
「……もういいよ。ミナト」
「ああ、流石にこの状況は見過ごせないしな」
俺は体内にある魔力に干渉し、あの女子生徒に魔力障壁を張ろうとした瞬間──。
「そこまでよ」
凛とした声が空間を切り裂いた。人垣の中から一人の少女が、女子生徒の前に姿を見せる。
恐らく上級生だろうか?長く艶やかな白銀の髪を揺らしながら彼女は毅然とした態度で場に立ち塞がった。
「これはどういうことかしら?魔力を伴った暴行行為は禁止されているはずよ」
冷静かつ威厳のある口調。魔力学院の規則を熟知している人物らしい。
「いや、その……」
「俺たちは、だだ……」
いじめっ子達は言葉を濁して目を泳がせる。明らかに動揺している様子だった。
一方で取り囲まれていた女子生徒は痛みに喘ぎながらも涙を浮かべている。
「貴方たちの行為は明白な違反よ。この件は報告させてもらうわ」
「ま、待ってくれ!こっちにも事情があって……」
反論しようとする男子生徒を遮るように彼女は眼を細める。
その瞳には一切の迷いがなく、威圧的でもあった。
「事情?それはあなたたちの言い訳に過ぎないでしょう?相手の痛みを考えず己の嗜虐心を満たす行為が正当化されると思う?」
白銀髪の少女の言葉は正論そのものだった。いじめっ子達は口籠もり結局何も言えなくなってしまう。
「学院の規則には魔力による暴行行為への罰則規定があるわ。今回は初犯ということで減刑の余地はあるけれど次はないわよ。もしまた同じような行為を行うなら重い処分が下されることは覚悟しなさい」
冷徹な口調にいじめっ子達は完全に萎縮していた。
誰もが俯き何も言い返せなかったが、その中の一人が突如として怒声を上げた。
「……ふざけんな!平民を教育するのは俺たちの特権だろ!何でそれを止められなきゃいけねーんだ!」
完全な逆ギレ。男は腕に魔力を高め、白銀の髪の少女に向けて放つ。
「……馬鹿ね」
しかし、彼女は魔力で具現化させていた剣でそれを真っ二つに斬り捨てた。あまりにも容易く。
そして静かに歩み寄り男の首筋に剣先を突きつける。
「あ……あ……」
「これ以上暴れるなら公務執行妨害として拘束することになるわ。選択肢は一つだけ。大人しく退きなさい」
冷たい視線を浴びて男は喉を鳴らし無言で頷いた。
やがて、いじめっ子達は逃げるように散り散りになっていく。残されたのは被害者の女子生徒と白銀髪の少女のみ。
「大丈夫?すぐに医務室へ連れていきます」
少女は女子生徒に優しく手を貸し、立ち上がらせる。
傷は深いようだが、命に別状はなさそうだ。
「フレイア・エアハート。エアハート王国の王女ですね」
「あの女が?」
「左様です。学年成績もトップを独占している才女として有名です。少なくとも魔力学院においては敵無しの実力者と言っていいでしょう」
ミリウスの言葉を聞き納得する。とにかくあの現場を沈めてくれたことには感謝するべきだろう。下手に俺やカナデが介入するよりも遥かにスマートな解決策だった。
「満足しましたか、カナデ様」
「……ミリウスさん。わたし、あなたのこと嫌いだよ。だから、これだけ言っておくね」
カナデは一瞬、俺の方を見やり、再びミリウスを見据える。
「そうやって出来ない理由を探してるだけの人は、ずっと何も出来ないよ」
「っ……!」
「わたしは、嫌だから。強いのに、何もかも諦めて自分より弱い人を見下して安心するだけの生き方なんて、絶対に嫌」
普段の彼女からは想像もつかないような強い意志の篭った言葉。
ミリウスはそれに対して何も言い返せず唇を噛み締めている。
「ミナト、明日から頑張ろうね」
「……ああ」
それだけ告げてカナデは踵を返し走り去っていく。
遠ざかる背中を見送りながら俺達は複雑な心境で立ち尽くしていた。
「……平民のクソガキが」
「おいおい」
「いえ、今のは褒め言葉です。あの生意気な理想主義者が現実を知って堕落していく様を観察するのも面白いかと思いまして」
「いい性格してるよ、まったく」
悪びれもしない態度に呆れつつも、俺はひとまず寮へ戻ることにした。
入学初日から色々あったが、明日からは本格的な学院生活が始まる。
果たしてここでの日々は、どのようなものになるのだろうか。
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今後の執筆の糧にしていきます!




