第11話 過去の呪縛
朝焼けが差し込む訓練場。隊長の指示と共に、10人の兵士が俺を取り囲む。
その全てが鎧を纏った精鋭達。彼らの目には確かな殺気が宿っていた。
「いいか、作戦通りにやるぞ!」
副官であるニアの厳しい声が響く。
クロフォード王国、第三者演習場。今、実戦データ採取を兼ねた特別演習が始まった。
周囲の魔力の流れを肌で感じる。四方から迫る敵意。彼らは本気だ。
「――始め!」
合図と同時、10の影が閃光となって襲いかかる。
剣、槍、斧……魔力が宿った多様な武器が一斉に俺を狙う。通常なら回避不能の全方位攻撃。
(……よく訓練された動きだな)
俺はすかさず魔力障壁を展開し、それは半球状に形成させる。
次の瞬間――金属の砕ける音が連鎖的に響く。全ての攻撃が障壁に触れた瞬間、その運動エネルギーが吸収され停止していた。
兵士たちも衝突の衝撃で後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「うわっ!?」
「くそ、やはりこうなるか!?」
唖然とする兵士達。既に4度目の対戦で彼らの疲労は頂点に達していた。
「こんなことが許されていいのか……」
「こんなのが剣技に長けたクロフォードの第二王子とは……」
素直に絶賛してくれる者がいないのが皮肉だった。だが無理はない。
彼らからすれば、俺はただボーっと立ち尽くす魔力ゴリラ同然なのだから。
「ったく。ガキの頃からそうだったよな……魔力、魔力、魔力って……」
ニアの鋭い視線が飛ぶ。こいつの苛立ちは最大値だった。
「シンプルで分かりやすいだろ?」
「分かりやすすぎるんですよ!」
反論しながらニアが飛びかかる。こいつの突撃は他の兵士とは一味違う。
一見無鉄砲に見えながらでも、障壁の中でも比較的防御の薄い部分を突こうとする動き。流石は副官。
しかし……。
「なっ……!」
ニアの剣が障壁に触れた刹那、俺は指先を軽く動かした。
魔力波動がニアの足元に集中。地面の僅かな隆起がニアの重心をずらす。
「っ!?」
ニアの剣は空を切り、バランスを崩した体勢が晒される。
その隙を逃さず、俺は掌を向けた。
「終わりだ」
魔力による風圧──掌から放出された衝撃波がニアを直撃。
悲鳴を上げる間もなく後方へ吹き飛ばされた……が、何とか受け身は取ったようだ。
「こ、この……!」
怒りに満ちた瞳がこちらを睨む。だが俺は気にせず訓練場を見渡した。
ニアを含む10名中9名がすでに戦闘不能。
残るは……兄であるアルフェンだけだった。
「兄上は来ないんですか?」
「勝てない戦いはしない主義なんでね。ただ……」
アルフェンの笑みが不敵なものに変わる。これは厄介な予感がした。
「弟の成長ぶりを確認するのは兄の役目だろう」
言うや否や、アルフェンは腰の長剣を抜いた。
魔力で強化された剣身が鈍い光を帯びる。流石はクロフォード王国の筆頭剣士。その剣気はこれまでの相手とは比較にならなかった。
「いくぞ!」
一瞬の静寂の後、アルフェンは地面を蹴った。
俺の予測を上回る速度。障壁展開の猶予を与えないつもりだろう。まさに騎士の攻めと言ったところか。
「速いな……」
「そりゃどうも!」
刹那──障壁に激突する音。俺の張った魔力シールドがアルフェンの剣を受け止めた。
障壁は僅かに歪むが破壊には至らない。だが今回はそれだけでは済まなかった。
「本命はこっちだ!」
アルフェンは剣を引くと同時に腰を捻り左拳を突き出す。
魔力が限界まで凝縮された拳打は俺と同じく魔力量が武器のアルフェンの得意技の一つ。
先ほどの剣戟はフェイント。拳打による一点突破こそが目的だった。
だがその威力も障壁により受け止められる。いくら威力のある攻撃であろうと俺の魔力の前では塵芥も同然だ。
「ちっ……」
拳を下ろし距離を取るアルフェン。驚きと称賛の入り混じった表情だった。その様子を見て俺も少しだけ胸を張る。
「やはりダメか。あのアリスという子でさえ限界までやって破壊するのがやっとだった訳だしね」
「兄上とて魔力量では引けを取らない筈ですが」
「そうかもしれないけど、これ以上はやめておくよ。言ったろ?勝てない戦いはしない主義だって」
アルフェンは降参するように両手を挙げた。
「嘘だろ、アルフェン様が……」
「ミナト様、全然動いてないのに……」
「でもアルフェン様だって同じ血筋だろう。もう少し善戦しても良さそうなものだが」
「弟相手に手も足も出ないなんてな……」
周囲の兵士たちから様々な声が上がった。失望、諦め、羨望……様々な感情が入り交じった視線が向けられている。
それは俺のみならず、アルフェンへの侮蔑も含まれていた。
「やれやれ……それじゃあ模擬戦はこれで終わりだ。お疲れさま。皆もしっかり休むように」
アルフェンが笑顔で訓練終了を宣言する。
しかしその笑顔の裏には、言いようのない複雑な感情が見え隠れしていた。
「僕も行くよ。今日の模擬戦、なかなか面白かった。是非また参加してくれよ、ミナト」
肩をポンと叩き去ってゆく兄の背中。普段の凛々しさとは裏腹に妙に小さく見えた気がした。
「おい、魔力ゴリラ」
休憩場所にて一人涼んでいると、ニアがやってきた。その手には冷たい飲み物を持っている。
「最近はやけに模擬戦に参加して来る様になったじゃねぇか。何か心境の変化でもあったのか?」
「んー。まあ、ないと言えば嘘になるな」
飲み物を受け取りながら考える。ある程度事情を把握してるこいつにシラを切ってもしょうがない。
あのアリスの一件。そして「前世」の記憶。それら全てが俺の決意を新たにしたのは事実なのだから。
「そうか。ならせいぜい頑張ることだな」
「お前は指導役としてちゃんと頑張れよ。頭に血が昇りやすい副隊長」
「うるせぇ!こんな態度お前だけにだっつーの!」
少し挑発するだけですぐにムキになるガキ大将のような奴だった。扱いやすいが時に面倒極まりない。
「まあ、なんだ。騎士団連中の態度はオレの方からちゃんと言っておくからさ、あんまり気にすんな」
「別にいいぞ。負けた途端に人の戦い方にケチつけるなんざ、いかにもザコらしい考えだしな」
「……お前もお前で大概だよな」
「善意には善意を、悪意には悪意をだ」
「あーあーそうですか。傲慢な王子サマにはかなわねえよ全く」
ニアは呆れながらも納得したようだった。
その表情はどこか安堵しているように見える。こいつなりに俺を気遣ってくれているのだろう。
「ミナトー!ニアー!」
声のした方に振り向くと、そこにはカナデが立っていた。学校帰りなのか制服姿だ。手には紙袋を持っている。
「お疲れ様。訓練見てたよ。ミナトは流石だね!」
「あぁ、サンキュ」
「それで、ニアは………頑張ってたね!」
「おい!今明らかに間があったぞ!慰めようとしたけど無理だった感が漂いすぎだろ!」
「まあまあ。差し入れ持って来ましたから。みんなで食べよ?」
三人並んでベンチに座る。カナデからの差し入れのサンドイッチを頬張りながら談笑する俺達。その和やかな時間は一時の休息となった。
「カナデは学校帰りか?最近はよく帰って来るようになったよな」
「うん、勉強も一段落したから。寮の生活も良いんだけど、やっぱりこっちの方が落ち着くしね」
現在、魔力学院に通っているカナデは一年前から寮暮らしをしている。
国を跨ぐ距離ということもあって以前はあまりここへ来ることはなかったが最近は頻繁に顔を見せに来るようになった。
「それにわたし、やっぱりこの三人の関係が一番好きなんだ。小さい頃から一緒。ね?ニア」
「……まあ、わからねえでもないな」
「素直じゃないなぁ。騎士団に入ったのだってミナトにばっかり頼ってられねぇって思ったからでしょ?」
「うっせぇ!オメェだって似たようなもんだろうが!」
「うん、少しでもミナトに近づきたくて頑張ってるよー」
呆れた様子のニアと無邪気に微笑むカナデ。
兄は完全に妹の手のひらの上で踊らされているようだ。
「俺としては、あの日限りのつもりだったんだがな」
「え?そうなの?」
「そうだろ。よりによって助けた次の日に訪問して来やがって……」
10年前のあの日、俺は父親に虐待を受けていたこいつら兄妹を助けた。
ただの気まぐれ……だったはずが、この馬鹿が翌日になって王国に殴り込みをかけて来たのが今の関係の始まりだった。
「そ、それはだな……なんていうか、純粋にお礼がしたかったっていうか……」
「『オレを騎士団に入れてくれ!』って言い寄ってきてな。しまいには親父をも巻き込んで大騒ぎだったし……」
「し、仕方ねぇだろ!?オレ達平民は戦闘技術を習得しないと生きていけねぇんだ!」
「おじいちゃんにも散々迷惑かけたのに?」
容赦ないカナデの一言にニアが撃沈する。
当時の思い出が蘇り、俺も咄嗟に追撃に出る。
「そうだったな。お陰で俺がこっそり抜け出してたことまでバレたし、俺の力が家族に認知されるきっかけだったっけな。完全に恩を仇で返された気分だったぞ」
「あ、ああそうだ……まだ今日の報告書を書いてないんだった。じゃ、お二人さんまたな!」
清々しいまでのテンプレ逃亡。慌てふためいて走り去っていくニアの後ろ姿を眺めているとカナデが呟いた。
「……きっとニアなりの照れ隠しなんだと思うよ?」
「いや、黒歴史を思い出して逃げただけだと思うが」
カナデはくすくすと笑った後、真剣な表情で言った。
「ミナト、何か考えてる?」
「そうだな。また新たな魔力の発見がありそうな予感はしてる。あのアリスって奴の魔力……なんか妙に引っかかるんだよなー」
能天気な魔力馬鹿を演じてみせる。だが内心では冷や汗が止まらなかった。
この世界には、あいつが居る。
前世で俺の全てを奪った女。人の皮を被った悪魔。
「……本当にそう?」
「ん?」
「辛い気持ち、無理矢理抑えつけてるように見える」
カナデの澄んだ瞳が俺を覗き込む。
まるで俺の心を見透かすように。
「何だよ、急に真面目な顔して。らしくないぞ」
「わたし、ミナトのことならわかるよ。ずっと一緒に過ごしてきたから」
「待て待て待て。何か壮大な勘違いをしてないか」
「嘘が上手いのはミナトの良いところだけど……本当にわかるんだよ?わたしも同じだから」
彼女のその一言が俺の胸を刺した。心の奥底まで見透かされているような錯覚に陥る。
いつの間にか彼女との精神的な距離は随分と近くなってしまっていた。カナデの洞察力と観察眼を侮っていたかもしれない。
「勘違いだって。第一、俺がウジウジと悩むタイプに見えるか?」
「……そう。何にも教えてくれないんだね。うん、わかった。これ以上は何も聞かない」
カナデは立ち上がった。
その横顔には悲しみとも失望ともつかない感情が浮かんでいる。
「ずるいよね、わたしがお父さんのことで眠れなかった時には一緒に居てくれたのに。自分のことになると急に殻に籠っちゃうんだから」
返す言葉が見つからない。だがここで引き留めればそれこそ墓穴を掘るようなものだ。俺は沈黙を選んだ。
「ごめんね、ちょっとだけ拗ねちゃった。また明日……ね」
カナデは小さく振りながら去っていった。
遠ざかる足音と共に見える彼女の背中はどこか寂しげに見える。
「……あんな顔しなくてもいいだろうに」
カナデの言葉が何度も頭の中で反芻される。
結局、俺はまた過去から逃げているだけではないか。前世で起きた事件から目を背けているだけではないか。
カナデやニアが受けて来た心の痛みに比べれば、俺の境遇などあまりにも恵まれすぎているというのに……。
「くそ……」
拳を強く握り締める。指の骨が折れそうな程に強く。爪が皮膚に食い込み。赤い滴が零れた。
「ミナト様、少し宜しいでしょうか?」
一人苛立ちを抑えていたところに突然声をかけられる。
振り向くとそこには、アルフェン側近のメイドであるミリウスが立っていた。
「アドルフ様がお呼びです。ご同行を」
このメイドが俺に話しかけて来るとは珍しいこともあるものだと思ったが、どうやら父親からの呼び出しらしい。
「要件は?」
「私は何も。詳しい内容は存じ上げておりません」
無表情のまま淡々と告げる彼女。感情が読めないのはいつものことだが、このタイミングとなると流石に気になる。
「まあいい。案内してくれ」
結果、俺はミリウスと共に王宮へ向かうのだった。
作者からのお願いです。
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面白くないと思われた方も、どんな評価でも構いませんので意思表示をしてくれたら嬉しいです。
今後の執筆の糧にしていきます!




