第10話 ヤンデレ妹との15年と181日ぶりの再会
信じられなかった。信じたくはなかった。
頭の中は完全に混乱していた。目の前で起きている事実を受け入れられずにいる。
受け入れたく、ない。
受け入れては、いけない。
「あ……あ……ぁ……」
言葉にならない呻き声が漏れる。
必死に否定の言葉を探すが上手くいかない。
そんな俺の狼狽を楽しむように、目の前の少女は微笑んだ。
「ふふ、感動のあまり声も出ませんか?兄さん、ずっと探してたんですよ?」
アリスの言葉は甘美な毒のように思考を麻痺させていく。
目の前の現実を受け入れることが出来ない。
「な、なんで……お前がこの世界にいるんだ……!」
「何故って……兄さんと同じ理由です♪」
「お、おま……お前は……」
「どうしました?そんな顔をして?」
心底楽しそうに笑うアリス。
俺は頭を抱えて蹲るしかなかった。
「う、嘘、だ……」
未だに信じられない。こんな非現実的なことが起こり得るはずがない。
「嘘?」
アリスの表情が一変する。
先程までの笑みは消え失せ、代わりに冷徹な光が宿った。
「私が嘘をつくと思いますか?」
何も言えない。言い返せない。
あいつは……前世の妹は嘘をつかない。そういう女だ。
それが分かってしまっているからこそ、否定できない。
「ぁ……あっ……あぁ……っ!」
「ふふっ……そんなに震えて……可愛い♪」
言葉が出てこない。頭が働かない。感情が追いついてこない。涙も出ない。
ただただ、恐怖を感じることしか出来ない。
「15年と181日ぶりの再会です♪」
「っ!?」
アリスは俺の首筋に腕を回し抱きつくように密着してきた。全身が硬直し動けなくなる。
体温と鼓動が直に伝わってくる。甘い吐息が耳にかかり、脳が蕩けてしまいそうな感覚に囚われる。
「アハッ♪そんなに怯えないでください?私と兄さんの仲じゃないですかぁ♡」
舌なめずりをしながら囁かれる言葉。
その一つ一つが毒となり、俺の精神を蝕んでいく。
「……もう、我慢できない」
アリスの顔が近づく。紅潮した頬と潤んだ瞳に射抜かれてしまいそうになる。
唇と唇が触れ合いそうな距離まで近づいたところで、その動きが止まった。
「ねぇ、兄さん?」
吐息混じりの声で囁かれる。その蠱惑的な音色は忘れもしない。
「私のこと……好きですよね?」
狂気に満ちた声色で紡がれる言葉。背筋が震える。
しかし同時に、俺の中に湧き上がるのは──前世でこの女から受けて来た数々の仕打ちへのだった。
「……せよ」
「はい?」
「離せっ!!」
咄嗟に魔力シールドを展開し、彼女の身体は容赦なく弾き飛ばされる。
室内にあったソファーや家具が激しい音を立てて散乱した。
「……もぅ、久しぶりの再会なのに相変わらず冷たいんですね」
「黙れ……黙れよ。それ以上近づくなら……」
警告の意味を込めて手に魔力を集約させる。先ほどとは比べ物にならない規模の魔力密度。
……それでも、アリスは怯むことなく艶やかに微笑み続けていた。
その瞳に宿る狂気の光に背筋が凍る。
「ふふ……もう兄さんは私のモノなんですよ。前世では出来なかった分も沢山愛してあげますから♪」
「ふざけるな……俺は──俺はっ、もうお前の所有物じゃない!!」
言い終わるより早く強烈な魔力球を叩き込む。
それはアリスの足元で炸裂し、轟音と共に床材を粉砕した。舞い上がる埃と煙で彼女の姿が隠れる。
「次は殺すぞ……」
今の俺とこいつの実力差は明白。本気を出すまでもない。10分の1の魔力を解放すれば消し炭に出来るだろう。
……それなのに……俺の身体は子羊のように小刻みに震えていた。怒りでも恐怖でもないもっと根源的な部分からの畏怖。
「痛いですよ、兄さん。でも嬉しいです」
「……っ!」
「やっぱり私の事、覚えてくれていたんですね♪」
煙が晴れた先にいた前世の妹は片足を失っていた。
しかし、その痛みなど微塵も感じさせない恍惚とした表情で立っている。
切断面からは夥しい量の血液が流れ続けているにも関わらず……だ。
「ずっと……ずっと探していました。あの世界で兄さんが亡くなった日から……私、たくさん頑張ったんですよ?」
「……やめろ」
「でも、ようやく報われました。こうして生まれ変わってまた兄さんに出会えたんですから」
アリスは恍惚とした笑みを浮かべる。
その姿に狂気以外のものは感じられない。
「私、兄さんのために何でもします。どんなことだってしてみせます。だから、だからぁ……」
「やめろって言ってるだろっ!!」
叫ぶ。これ以上聞いていられない。聞きたくない。
こいつと話せば話すほど自分の意思とは無関係に身体の震えが激しくなる。
心臓が張り裂けそうなほど脈打ち、息をするだけで喉が締め付けられる。
「もう遅いんですよ?兄さん♪」
「……っ!」
思わず目を疑った。
アリスは失った片足を宙に浮かせるとゆっくりと再生させていく。その光景は悪夢以外の何物でもなかった。
「化け物が……」
「可愛い妹の間違いですよー?」
アリスは笑う。未だ混乱する脳内で、覚悟は決まった。
もうあの頃の俺ではない。こいつの実力は試合の時に把握している。
これ以上ふざけたことをぬかすなら……殺すしかない。
「アハッ♪兄さんが私を見てる!私だけを!やっと、私の存在に気づいてくれたんだッ!!」
「……っ」
頭が痛い。気持ち悪い。吐き気がする。
「あぁ、幸せ……最高です♪これ以上の幸福はありません♪だから──救ってあげるね!今度こそ、今度こそっ!!」
「……救う?」
今、こいつは何と言った?
救う?誰が?誰を?
お前が?俺を?
「はは……」
前世で、俺の人生を滅茶苦茶にした張本人が?
俺の身体を鎖で拘束し、尊厳を奪い去った怪物が?
あの日──俺の全てだった"大切な人"を無惨に焼き殺したこの化け物が?
「ふざけるなよ……?」
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな──!
「お前がっ……!お前があああぁっ!!」
湧き上がる魔力が堰を切ったように溢れ出す。
視界が赤く染まり、理性のコントロールが利かない。
「お前が……!全部壊したんだろうがああぁぁっ!!」
魔力の奔流が渦巻き、空間を歪ませていく。
圧縮され過ぎた魔力密度に耐えかね、室内の調度品が弾け飛ぶ。
「あはははははははははッッ!!凄い!!物凄い魔力!!その力、ずっと!ずっと私を想って育ててくれたんですよね!?嬉しい♪」
体内の魔力が暴れ狂い、制御を失う。
全身の血管が浮き上がり、目の前の少女に殺意が向けられていく。
「ふふっ……まだまだ兄さんとお喋りしていたいけど、今日のところはここまでにしましょうか」
「っ!」
アリスが意外な提案をしてきたことに一瞬だけ虚を突かれた。
しかし、すぐに気を引き締める。
「残念ですが、今の私では兄さんの足元にも及びません。それに……」
アリスは失った片足を指差した。切断面から溢れる鮮血が床に広がっていく。
先ほどの再生は完全ではなく断面は醜く歪んだままだ。とても戦闘行為を継続できる状態ではない。
「だから、今は退かせてもらいますね?帝国の皆さんにこの姿を見られるのは色々と都合が悪いですし」
「逃すとでも思ってんのか!?」
「おや、いいんですか?兄さんの大事なお友達に見られても」
「っ……」
言われて気がついた。
廊下から複数の足音が近づいて来ていることに。魔力からしてニアとカナデだろう。
「覚えていて下さいね、兄さん。必ずまた迎えに行きますから」
「……二度と俺の前に現れるな」
「それはできません♪」
アリスの笑顔は一層深まる。
「だって私──兄さんを愛していますから♪」
アリスが床に落ちていた自身の片足を拾い上げる。
断面から黒い瘴気が噴き出し、一瞬で肉と皮膚が形成されていった。
「バイバイ♪」
瞬間、ドアが蹴破られるように開いた。
「おい!なんだよさっきの……」
驚いたようにニアとカナデが室内に入ってくる。アリスの姿はすでになかった。
そればかりか、床に残っていたはずの血痕も消え去り、俺が魔力で吹き飛ばしたはずの家具さえも元通りに配置されている。
「………」
「お、おい。どうした?」
「ミナト?大丈夫?」
ニアとカナデが心配そうな眼差しを向けてくる。
だが、俺は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
(……どういうことだ)
魔力にこんな使い方があるなんて聞いたことがない。
これではまるで超能力、もしくは幻術だった。いや魔術か。
「おーい?」
とりあえず、今はこいつらの説明が先だろう。
「兄妹揃って、どうかしたのか?」
「あ、いや……さっき、やたらでかい爆発音が……」
「おいおい、それで俺を犯人扱いかよ」
自分でも驚くほど冷静だった。
何事もない部屋に困惑するニアに適当な説明をする。
当然納得しそうになかったが最終的には押し切った。どう考えても正直に話せることではない。
「そういやアリス様は?もう帰ったのか?」
「ああ、元々さっきの試合の反省点を少し話し合ってただけだしな」
「お前、妙なこと言ってねえだろうな。責任はオレが持つんだからな!」
「そうか。その時は頼む」
「おまっ、こんの脳筋王子!」
ニアとやり取りをしている最中も脳裏からあの異様な光景が離れてくれない。
どうして?
なぜ?
何故──あいつがこの世界に存在している?
「ったく、この野郎……戻るぞ。アルフェン様に報告しないと」
「……ああ」
ニアと共に部屋を出ようとする。左手をドアノブに手をかけたところで、左手が何かに包まれるような感触を感じた。
「っ!?」
思わず魔力障壁を展開しようとした瞬間──。
「手、震えてるよね?」
振り向くと、いつの間にか背後に立っていたカナデが両手で俺の左手を握りしめていた。
「何があったの?」
真剣な眼差しで問いかけてくる。
包まれた感触から伝わって来るのは確かな温もり。俺の鼓動を落ち着かせてくれる不思議な感覚。
……俺はその視線に耐え切れず、目を逸らした。
「別に。気のせいだろ」
無理やりその手を振り払い、そのまま部屋を後にした。
作者からのお願いです。
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今後の執筆の糧にしていきます!




