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第9話 前世の記憶をお持ちですか?


「や・り・す・ぎ・だっ!!!」


 控室に戻るや否や、待ち構えていたニアの拳骨が飛んでくる。

 当然、それは魔力障壁で跳ね返された。


「こんな時にまでシールド展開してんじゃねぇ!」

「そんなこと言われてもな。痛いのは勘弁だ」

「ふざけんなよ!お前のせいで帝国との関係が悪化したらどうしてくれんだ!」


 怒り狂うニアを尻目に俺は着替えを続ける。

 そもそも俺の戦闘スタイルでは必然的に格下相手にはこうなるのだ。 


「観客の顔見ただろ!全員ドン引きしてたぞ!」

「実力主義が売りのクロフォード王国だぞ。あんなもんで引かれる方がおかしいだろ」

「だからって限度ってもんがあんだろうが!」


 ニアの怒声が室内に響く。まぁ大方予想通りの展開だ。


「まあまあ。帝国の方の対応は父様がうまくやってくれるはずだから」


 アルフェンが苦笑しながら仲裁に入ってくるが、今回の件は俺とて被害者だ。

 急に試合に出ろと言われたと思ったら、相手のご機嫌取りをしろと言われるのは筋違いだろう。


「そもそも何で俺があの姫様の接待みたいな事をしなきゃならないんだ。他に適任が居ただろ」

「だからそれは彼女に頼まれたからだって……」


 そこまで言いかけてアルフェンは口を閉ざした。何を企んでいるのやら。


「全く……それでアルフェン様、オレ達騎士団はどう動けば」

「今は見守るべきだろうね。幸い、帝国側もこちらに文句を言える立場じゃないから」

「そうですか……良かった」


 ほっと胸を撫で下ろすニア。相変わらず気苦労の絶えないようだった。こいつの役職上仕方のないことなんだろうが。

 

(しかし、アリスか……興味深い奴だったな)


 魔力の形を自由自在に操り剣術も一流。恐らく同年代どころか大人でも彼女に勝てる者は少ないだろう。

 勝敗を分けたのは間違いなく魔力量の差であり、彼女の形質変化技術は目を見張るものがあったのも事実。

 この世界には、まだ俺の知らない魔力の領域があるのかもしれない。

 

「あっ、居た居た。ミナト、ちょっといい?」


 サポート役のカナデが戻ってきた。何やら慌てた様子で息が上がっている。


「どうした?」

「あのね、さっき帝国の人から頼まれたんだけど、アリスさん……だっけ?ミナトとお話がしたいんだって」 

「……」


 思わず絶句してしまう。

 この流れ、十中八九試合の恨み言じゃないのか。だとしたらすげー面倒なことになる……。


「よし行け。詫びるチャンスだ」

「嫌に決まってるだろ。何で俺が……」

「このままじゃマジでオレの首が飛ぶんだよ!頼むから行って!行ってくれ!お願いします!」


 まさかの泣き落とし。ここまで必死なニアを見るのは初めてかもしれない。

 ……流石に哀れになってきた。


「……分かったよ、行けばいいんだろ。カナデ、部屋は?」

「うん、案内するね」


 カナデはご機嫌な様子で先導する。その後ろを俺とアルフェンが続いた。


「試合見てたよ、また成長したね。前回見た時よりずっと強くなってた気がする」

「まあ、ひたすら鍛える日々を送ってたからな」

「正直、嫉妬しちゃうよ。僕だって幼い頃から訓練を積んできたのにね」 


 アルフェンの言葉にカナデが同意するように何度も頷く。


「そうだよね、ミナトが凄いのは知ってたけど」

「と言っても、俺の場合は技術のが微妙だからな。そこまで自慢できるもんでもないというか」

「謙遜なんてらしくないなぁ」


 アルフェンに揶揄われる。

 転生した時から魔力の鍛錬は続けてはきたが、俺にとって最大の強みはこの身体に宿る魔力量だと言わざる得ない。

 そういう意味ではクロフォード王国第二王子という恵まれた血統と努力の方向性が合っていただけの話だろう。


「弟より弱い兄ってのも中々辛いものがあってね。肝心の君が好き勝手やってくれてるせいで多少の陰口で済んでるけど」

「なら尚更アルフェンが戦えば良かったんじゃないのか?多分勝てたぞ」

「ははは、そう上手くはいかないさ」


 穏やかな笑みとは裏腹に、アルフェンの表情にはどこか諦めの色が見える。

 無愛想な俺とは異なり、この男は温厚で寛容な人物。民からの支持も高く、人望に恵まれている。

 しかし、節々で陰口を叩かれる原因となっているのは間違いなく俺のせいだろう。


「あ、着いた。ここだよ」

「僕達は御暇しようか。ニアじゃないけど、あんまり失礼がないようにしてくれよ」

「ああ、わかってる」


 カナデ達と別れ俺は部屋のドアをノックした。程なくして中から返事が返ってくる。


「どうぞ」


 一礼してから入室する。その中心で佇んでいたのは間違いなくアリスだった。

 先程までの激闘が嘘のように凛とした姿勢でこちらを見据えている。


「来てくださって感謝いたします。ミナト・クロフォード様」

「別に構わないが、何の用だ?」


 単刀直入に訊ねる。こういう時は下手に話を長引かせる方が損だ。


「試合で感じた違和感についてお話ししたいと思いまして。宜しいですか?」


 アリスは不敵な笑みを浮かべながら続ける。

 その表情には悔しさや屈辱など微塵も感じられなかった。むしろ好奇心を抑えきれないとでも言いたげだ。


「あなたの魔力技術は素晴らしいものです。特にあのバリア……見事に圧倒されました」

「光栄だな。アリスの形質変化技術も中々に参考になったよ」

「ふふっ。お世辞だとしても嬉しいです」


 アリスは満足げに微笑む。その反応は予想外だった。

 てっきり怨嗟の言葉でも投げつけられると思っていたが……。


「ただ、同時に不可解でもありました。あれ程の魔力を一点に集中させる技術は稀有なものです。一体どのようにして身につけられたのですか?」


 アリスの口調は友好的だが質問内容は鋭い。要するに探りを入れているわけだ。


「んー、独学だし教えられて身につけたものでもないから説明し辛いんだが……」

「なるほど……やはり特別な才覚をお持ちなのですね」


 掴みどころのない女だ。

 常に敬語で話してはいるが、どこか馴れ馴れしい雰囲気もある。かといって不快感もない。


「いえ、才覚などという生易しいものではありませんね。あれは……」


 言葉を区切ったアリスが一歩近づく。彼女のエメラルドグリーンの瞳が妖しく光る。


「一種の……トラウマから来る自己防衛、でしょうか?」

「っ!」


 全身に鳥肌が立つのを感じた。反射的に身構えてしまう。


「一つお尋ねします。ミナト様」

「なんだ?」


 アリスがまた一歩近づく。アッシュブロンドの髪が僅かに揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 思わず警戒するが、彼女はただ笑みを深めるだけだった。


 そして──。


「あなたはかつて……別の人生を歩んだことはありませんか?」


 息が止まるかと思った。

 まさに、心臓が一拍飛んだような錯覚に襲われる。


「……何を、言っている?」


 平静を装って答えるが俺の声は自分でもわかるほどに震えていた。

 アリスはそれを逃さない。満足げに頷くと更に踏み込んで来る。


「失礼、言い方を変えましょう。あなたは──『前世』の記憶をお持ちですか?」


 前世。その単語に全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。

 

 何故……この女がそんなことを聞く?


「急にどうした?俺は魔物の生まれ変わりか何かだと思ってるのか?」

「ふふ……誤魔化すのがお上手なようで。分かりますよ?あなたがそこまで魔力に拘るのは、"理不尽な運命に対する抗い"なのでしょう?」


 確信めいた言葉に背筋が凍る。


 違う、違う、そんな訳がないと心の中で否定を繰り返すも声は出なかった。


「ふふ……ふっ、はは……あはっ♪ははははははははは!!アハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」


 狂気にも似た哄笑が室内に響く。

 それは、今までの神秘的とした態度とはあまりにもかけ離れたものだった。


「見ぃつけたぁ……♪」


 アリスの顔が歪む。


 美しく整った造形はそのままに、彼女の象徴的なエメラルドグリーンの瞳が漆黒へと染まっていき──。


「やっと会えましたね、兄さん♪」


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