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第四歩 ロリコン執事の真実




 大理石の素敵な廊下は、屋敷を貫くつくりになっていた。その途中には家人が使用人に用事を言いつけるための電声管も通っている。その無駄に響きのよい空間に少女の声は響き渡り、小さな木霊を伴って遠くへと飛んで行った。



「「え?」」



 ディンバーとキールが思わずフォードを見ると、フォードは表情をなくして固まっていた。

 そうか、ロリコンなのか。じゃぁ、しょうがないよね。アリューシャかわいいもんね。無条件であれこれ手助けしちゃうよねって、知らない誰かがささやいた気がする。


 しかし、なんとかキールは立ち直ってすぐさまディンバーの襟首を締め上げた。



「てめぇ、わかっててやったんだな。なんか確信犯めいたこと言いながらやってたよな。どうしてくれんだ、この空気。この馬鹿王子」


「王子じゃないって……ってか、ロリコンだなんて知らなかったよ。俺はてっきり」


「ロリコンじゃありません!」



 二人を引きはがすようにフォードが間に割り込んだ。先ほどまできっちりと着込まれていた燕尾が、なんだかくたびれたように見える。



「え? 違うの? じゃぁ、なんでうちに来たの? シュリバン様のおうちにお勤めするのが決まっていたのに、家に来てくれたんでしょ? シュリバン様のおうちよりうちは小さいし、お給料も少ないだろうし、違いなんて……私が子供だっていうことくらいしか」



 それで、フォードは無類の少女好きなのではないかと思ったのだという。 目を潤ませたまま、アリューシャがフォードに詰め寄った。

 フォードがアリューシャのために用意するのは、決まってフリルのたくさんついたドレスで、雨の日は足が汚れるからと馬車まで抱きかかえ、風呂の時ですら扉の前でスタンバイ。寝顔をのぞきこまれていたこともあるなどと、アリューシャはフォードの変態過保護っぷりを挙げていく。



「ああ、なるほどー」



 キールが「まじかこいつ」とフォードをじっとりと睨んでいたところ、ディンバーはぽんと手を叩いた。



「違いますよ。フォードはなにもお尻を触ろうとか、のぞき見しようとか、寝込みを襲うとかしたのではなく」


「当たり前だ!」



 目を潤ませたアリューシャがディンバーとフォードをじっと見つめた。



「心配、だったんですよ」



 ディンバーはアリューシャの傍に膝をついた。目線を合わせてもう一度「心配だっただけです」と繰り返す。



「間違っていたら、すみませんが。アリューシャ、小さい頃はお身体が弱かったのでは?」


「え? ええ、そうね。よく熱を出していたわ」


「その頃、お世話をしてくれた人がいませんでしたか?」


「世話……ええ、家の者がみな」


「違います。誰か、いつもとは違う人が」



 ディンバーは確信を持っているかのような口調でそう言った。何が言いたいのかと思いながらフォードを見ると、フォードもまた神妙な面持ちで口をつぐんでいる。



「フットボーイのペイジかしら。いつも花を持ってきてくれて、でも、いつだったかお父様に怒られてお屋敷を追い出されてしまったの」


「ウディロマでのお話ですね」


「え、ええ。そうよ。でも、それが……なぜ?」


「おそらく、ペイジは家を追い出されたのではありません。もちろん、何かしらしかられたのでしょうけど、ペイジはウディロマを去る必要が出来たのです」



 アリューシャは首をかしげた。



「ウディロマはとても空気のきれいな街です。南側には漁師町がありますが、北側には高原の広がる町。アリューシャはそこで幼少期をすごした。それはなぜか。アリューシャは、アレルギーを持っていたから。違いますか?」



 ディンバーはフォードへと振り返った。



「……そうです。アリューシャ様にはいくつかのアレルギーがあり、喘息もお持ちでした。ですから、こちらで空気が悪くなる夏場はとくに、ウディロマでお過ごしになりました。ウディロマでも具合が悪くなると、さらに高原地帯にある別宅へ行かれて」


「……見てきたみたいに言うね。フォードさんはその時いなかったんだろ」



 キールが思わず口をはさむと、ディンバーがいたずらっぽく笑う。



「いたんだよ。ウディロマにはフォードがいた。正確にはペイジがね」


「鉄板焼きを知ってるお嬢さんが、おうちでふるまってくれたのは小麦粉の入っていないスコーン」



 キールは首をかしげた。確かにちょっと違う味はしたけど。



「俺もむかし母さんが健康志向に凝った時に食べたことがあったんで、なんとなくわかってね。んで、紅茶はカフェインレス。寒くなってからは外には出さないっていう姿勢。なんか、アレルギー持ちだなってのはすぐにわかったよ」


「でも、それでなんでフォードとペイジが同一人物になるんだよ」


「彼が、アリューシャの前を歩かないことと、アリューシャを一人にしないこと、それからスコーンを彼が焼いたこと、後は地名にやけに詳しかったことかな。

 執事は基本的に執事として教育を受ける。だから、基本的には主の後ろを歩くけど、扉を開けたりするときは前に出るのが普通なんだ。にもかかわらず、彼はアリューシャが扉についてから追い越した。これが一つ目。生粋の執事ではなく、後ろを歩くことになれた職業出身だなって思ったんだ。それから、通常、ハウスの……こういったお屋敷の執事は客が来た場合には距離を置く。それがアリューシャにべったりでしょ。これも違和感だったよ。で、港町に詳しくって、って思ったらなんとなく「昔馴染み」が家に戻ってきたんだなって。そう思うとしっくりきたんだよね」



 フォードが苦笑する。



「確かに。私の言葉づかいは少々乱暴でしょうし、本来であれば私がお嬢様の発言をおとめする場面であったにも関わらずキール様にお止めいただきましたし。執事としては二流なんです」


「かもね。もともとはフットマンでしょ。執事になるために勉強したとしても、おそらくはたくさんいる執事の一人になるはずだった」


「はい……ウディロマにいた時に、花を摘んでお部屋に飾ったことがあったんです。でも、その花は、アリューシャ様には毒でしかなかった。病状が悪化して、奥の別荘へ行くことになり、私は自ら旦那様にいとまごいをしました。その時に旦那様がまとまったお金を用意してくださって、私は学校へ通うことになったのです。いつか、アリューシャ付きの執事になればいいといって、私のした無知を許してくださいました。あの時は私のような身分の者は、何か間違いを起こせば首が……まさに命としての首が飛ぶことが当たり前の時代。感謝してもしきれません。

 やっと就職できるようになった時、このお屋敷には五人の執事がいて、席に空きはありませんでした。ですので、近くのお屋敷に勤める予定でおりました」


「その時に、ここの旦那さんが亡くなった」


「はい。もちろんそれでもアリューシャ様にご不便がなければ、私はそのままでいるつもりでした。ですが、次々に人が辞めたと聞き、居てもたってもいられなくて」



 フォードがため息をつく。



「ね、心配だっただけでしょう? ドレスはあなたが小さい頃に好きだった物の印象が強いんでしょうね。お風呂とか寝入りっぱなは発作も起きやすいみたいだし。心配で心配で仕方なかったんでしょうね。過去の失敗もあって気が気じゃなかった。なのにあなたはちょっと、その、元気過ぎるくらいに元気だ。いつ発作が起きるのかと、ついつい過保護になったんでしょうね」



 アリューシャはほっと息を吐く。



「あ、そうだ。騒がせたお詫びに、ひとつプレゼントを」



 ディンバーは立ち上がると、フォードから返された例の財布を引っ張り出して、ひとつ石をむしり取った。



「石にはうちの家紋が掘ってあります。必要な時に、家にいらしてください」


「必要な、ときって……え?」



 ディンバーはにっこりと笑って、アリューシャに顔を近づけると耳元で何かを囁いた。

 とたんにアリューシャが真っ赤になる。



「ええ! ええ! 是非!」



 何事かとフォードがディンバーを見るのもお構いなしに、ディンバーはキールの肩をたたくと、そのまま出口へと足を向ける。



「見送りなどはお構いなくー」



 ひらひらと手を振りながらそう言うと、アリューシャもひらひらと手を振った。








「で、どういうことだ?」


「ん? ふぁにが?」



 アツアツの鉄板焼きをほおばりながら、ディンバーが首をかしげる。

 どうやら鉄板焼きマイブームが来たらしく、ディンバーのおごりで食事をするキールも仕方なく本日二回目の鉄板焼きを腹に押し込んでいるところだった。



「あの、最後のやつだよ」


「ん? ああ。あれね。もし、フォードに身分が必要になったり、彼女が家督を放棄したくなったらおいでってこと」


「身分?」


「そ、アリューシャはフォードが好きなんでしょ?」



 まぁ、それはそうなんだろう。あそこまで露骨だったら、この鈍い公子にもわかるということか。



「フォードは身分としての執事じゃなく、職業執事だからね。貴族との結婚も状況さえ許せばオッケーでしょ。でも、まぁ、あれこれと言われたり何だりするだろうし……ね」



 確かに、今ですら口さがない連中の言葉に晒されているのだ。くっついたりしたらなおさらだろう。

 そんなもんかと、キールもまた鉄板焼きをほおばる。



「ま、ここはそういうところなんだろ」



 ディンバーがそうつぶやいたのを聞いて、なんとなしにその顔を見て息をのんだ。

 じっと、何かを見据えたような、思いつめたような表情だったからだ。

 しかし、次の瞬間には「口の中、やけどした」と不機嫌そうにこぼすので、キールはその頭を盛大にはたいたのだった







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