↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一億人が、あの一家を愛していた ~ある芸能一族の栄光と滅びの記録~  作者: 智珠
第五部 滅び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/106

第百章 一億人の不在

父が最後に聞いたのは、数だった。


おれの番組を、まだ覚えてる奴はいるか。そう言って、少し間を置いて、何人くらいだ、と聞いた。四十年、視聴率と動員と売り上げで世界を測ってきた人が、死ぬ間際にも同じ聞き方をした。私は、その枕もとで、一億人、と答えた。


あれは、うそだった。父を安心させるために、いちばん大きな数を言っただけだ。父は、そんなに、おるか、と言って、それから、みんなが、な、とつぶやいた。それが、私の聞いた最後の言葉になった。


        *


書きはじめてから、私は、その数のことを何度も考えるようになった。


うそをついた負い目もあった。でも、それだけではない。この記録を書いていると、どうしても、誰のために書いているのかという問いが出てくる。誰も読まないと分かっていて書くのは、平気だ。けれど、この世に一人も覚えている人がいないのなら、私が書いていることは、何になるのだろう。


だから、あるとき、私は数えてみることにした。


        *


紙を一枚出して、上から名前を書いていった。


水上さん。あの団地の男の人。税理士の先生。父の葬儀に来てくださった看護師さん。あられの会社の、あの年配の人。海の近くの町の、隣のおかみさん。あの子の担任だった先生。熊野。ぎおん。あの青い画面を五十年守っている人。鎌。夫。そして、私。


十三人だった。


書き出してみて、すぐに分かったことがある。この十三人のうち、何人かは、もう死んでいる。


団地のあの人は、亡くなった。舜も死んだ。名前を書きかけて、消した。税理士の先生も、事務所をたたんでから何年もたつ。最後にいただいた手紙の日付を見ると、あれからもう十年近い。生きておられるかどうかも、私は知らない。


看護師さんの名前は、そもそも思い出せなかった。あられの会社の人も、名前を聞いていない。熊野が生きているのかどうかも分からない。巴という人にいたっては、名前が本当にそう書くのかさえ、私は知らない。


残った人の年を数えてみると、ほとんどが七十を過ぎていた。


一度、あられの会社に電話をかけてみた。


十何年ぶりだった。番号は、古い書類に残っていた。何を話すつもりだったのかは、自分でもよく分からない。ただ、あのとき、うちのばあさんが好きなもんで、と言って笑ったあの人が、まだそこにいるかどうかを知りたかった。


呼び出し音は鳴らなかった。この番号は現在使われておりません、という声が流れた。


私は、受話器を置いて、紙のその行に線を引いた。



        *


鎌の名前を書いたとき、私は、少し手が止まった。


この人を、覚えている人の数に入れていいのかどうか、迷ったのだ。あの人は、うちのことをよく知っている。父がどんな仕事をしたかも、うちがどう崩れたかも、たぶん、私より正確に把握している。


でも、あの人が覚えているのは、仕事としての栄家だ。父がいちばんうまいと思った飯のことは、知らない。


それでも、私は消さなかった。父の死んだとき、たった一人、栄一鶴という人がいたから私はこの仕事を始めました、と書いたのは、あの人だった。あれを書ける人が、覚えていないはずがない。


そこで私は、もう一つ、面倒なことに気がついた。


覚えている、というのは、どういうことなのだろう。


栄一鶴という名前を知っている人なら、今でも、そこそこいるはずだ。六十を過ぎた人なら、昔そういう人がいたな、と思い出す。あの騒ぎを覚えている人も、まだ少しはいるだろう。それも、覚えているうちに入るのだろうか。


私は、紙を二つに分けた。片方に、名前を知っている人。もう片方に、その人がどんな人だったかを知っている人。


片方は、そこそこの数になった。もう片方は、ほとんど埋まらなかった。


父が、いちばんうまいと思った飯が、金も取らずに盛られた飯だったこと。母が、みその量をはからなかったこと。宗太が、木を削るときだけ左手で持ったこと。敦が、笑う前に息を吸ったこと。あの子が、誰にも聞かせずに鼻歌をうたっていたこと。


そういうことを知っている人は、私しかいなかった。


夫は、あの子のことなら知っている。でも、父の若い頃のことは知らない。ぎおんは、父のことは知っているだろうけれど、あの子のことは知らない。全部を続けて知っているのは、私一人だった。


        *


そこから、私は、どうしても先のことを考えてしまった。


十年たてば、この十三人は、何人になるだろう。七十を過ぎた人が多い。私自身も、その頃には六十を大きく過ぎている。


二十年たてば、たぶん、一人か二人だ。三十年たてば、誰もいない。


そのとき、この一家がこの世にいたということは、どこに残っているのだろう。熊野の一覧も、そのころには消えている。私の写した四冊も、たぶん捨てられている。


そう考えて、私は、そこで考えるのをやめた。考えつづけると、書く手が止まるからだ。


        *


一億人という数のことを、私は、そのときあらためて考えた。


あれは、たしかにあった数だ。父がいちばん輝いていた頃、この国の茶の間には、たしかにあの一家がいた。数字の上でも、うちの番組を同じ時間に見ていた人は、それに近い数になったことがある。父は、それを毎週、紙で受け取っていた。


あれは、見ていた人の数だ。


では、あれは愛ではなかったのか。私は、そうは書かない。


あの人たちは、本当に、うちを好きだった。それは、あとになって分かった。町のおばあさんが、あの子の歌はよかったです、とだけ書いてよこした手紙。うちのばあさんが好きなもんで、と言って契約を続けてくれた人。父の番組が好きでした、と言って頭を下げて帰った、若い銀行の人。


あれは、まちがいなく愛だった。作りものではなかった。


ただ、愛は、覚えていることとはちがう。


人は、心から誰かを好きになって、そして、忘れる。忘れたことを、その人は悪いとも思わない。思う必要もない。ほかに好きになるものが、次から次へ来るからだ。愛したことと、覚えていることは、まるで別のはたらきなのだと、私はこの十何年で知った。


一億人は、たしかにうちを愛していた。そして、たしかに忘れた。その二つは、どちらも本当のことだ。


        *


そう考えたとき、私は、この記録に題をつけようと思った。


題を書くとき、私は、少し迷った。


一族の記録、とでもしておけば、それで済む話だった。誰も読まないものに、そんな題をつけるのは、身のほど知らずのような気もした。


それでも、この一行にしたのは、これが、あの人たちの一生でいちばん大きかったことだからだ。父も、兄も、宗太も、あの子も、みんな、その一億人のほうを向いて生きた。向いたまま、焼かれた。


だから、題は、その数から始めるのが正しいと思った。


それまで、私はノートの表紙に何も書いていなかった。書くほどのものではないと思っていたし、題をつけると、大げさなものになる気がしていた。


でも、その日は、一冊目を出してきて、表紙を開いた。いちばん上に、一行だけ、空けてある。私は、そこに書いた。


        *


──一億人が、あの一家を愛していた。


        *


書いてから、しばらく見ていた。


過去形にしたのは、わざとだ。愛していた、と書けば、今はもうそうではない、という意味になる。それでいいと思った。うそを書くつもりはなかったし、あの人たちを責めるつもりもなかった。


あれは、本当にあったことで、そして、終わったことだ。


ただ、その一行を見ているうちに、私は、妙な気持ちになった。


その下に、もう一行、書きたいことがある気がしたのだ。何を書きたいのかは、自分でも分からなかった。ただ、この一行だけでは、まだ終わっていない、という感じがあった。


私は、しばらく待ってみて、それでも出てこなかったので、ペンを置いた。


その行は、今も空けてある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。