15,婚約指輪
その日はそのまま小太郎も連れて三人でアラガンの家に帰り、泊まらせてもらった。
次の日に目を覚ますとアラガンが朝食に誘ってきた。食卓につくとアラガンの母ハンナが大量の肉料理を出してくれていた。
「なあシア、本当にワイバーンの肉をあんなにもらって良かったのか?」
「うん。亜空間収納に沢山あるからね。遠慮しないで食べてよ」
「でも、こんなに綺麗な子がそんなに強いなんてね」
「へへ。そのシアの剣を父ちゃんと二人で作るんだぜ。最高だ」
「ふう。親子そろって鍛冶馬鹿だね。でも作るなら魂を込めてしっかりとやるんだよ」
「心配するなよ母ちゃん。父ちゃんも鍛冶の全てを教えてくれるって言ってたよ」
「全く、イワノフも朝早くから張り切ってどこかに行ったしね」
やがて、イワノフが帰ってくると裏庭に来てくれと言う。
裏庭はかなり広く、囲いがしてあり、外からは見えなくなっていた。客の中にはお忍びで来るものも多いため、見られないようにするためであった。
まずイワノフはアラガンと二人でシアの体の大きさを図りだした。
特に手の大きさは入念に何度も計測し、二人は木材を切り出してはシアに何度も握らせ、少しずつ慎重に木材を削りながら太さを合わせていった。
次にシアに、大小さまざまの鋼鉄の棒を振らせた。
重さや、重心の位置、長さなどを測ると、概ねの形状が出来てきたようだ。
「うん。まだまだシアは体が大きくなるからね。作り直すことは考えておいた方がいいね」
「そうだな。だが、基礎は変わらんからな。芯をしっかり作っておいて、打ち直しができるようにしないといけないな」
イワノフとアラガンは何やら真剣に話し合いをしていたので、シアは小太郎をもふりながら邪魔をしないようにしていた。すると、
「だが、素材が問題だな」
「素材?」
「うむ。シアの魔力はカール様どころか母上の古代龍にも匹敵するそうじゃないか。そのシアの魔力を受け止める素材が難しいのだ」
「魔力を受け止める素材……」
「ミスリル程度ならシアが魔力を全開で通せば溶けるだろう。オリハルコンでも同じだな。アストロンはヒヒイロカネとオリハルコンの合金に白龍の鱗を溶かし込む作り方をしたのだが……」
そこまで聞いてシアはマリアナが持たせてくれた素材を思い出した。そして、イワノフに、
「これ、使えますか」
と、素材を差し出したのである。
シアが差し出した素材はマリアナの最も硬い額の鱗と、牙であった。マリアナによれば千年に一度鱗と牙は生え変わるそうで、マリアナの亜空間収納には大量の鱗と牙が入っていたのだ。カールがそれを聞いてシアの剣を作るには丁度いいと言っていたらしく、覚えていたマリアナがシアに持たせてくれたのだ。
「古代龍の鱗と牙……」
「凄い……幻の素材だ」
「ふふ。最高の素材だぜ。シア。マリアナ様だったな。最高の母を持ったな」
そう言うと、イワノフとアラガンはどうやってマリアナの鱗と牙を剣にするのかを検討し始めた。その後、シアが他に素材を持っていないかを聞いて使えそうな素材を受け取ると、イワノフとアラガンはこれから準備をすると言って工房へと向かっていった。
「小太郎、どこに行こうか?」
「どうしよう。美味しいお肉ないかなあ~」
「朝もワイバーンの肉いっぱい食べただろ」
「うー、あの串焼き食べたい~」
「何日かかるかわからないって言ってたね」
「そうだね。あっシア、いい匂いがするよ~」
そう言うと、小太郎はシアを先導し始めた。
匂いにつられた小太郎とシアはいつの間にか街の中心部にある店の前にきていた。その店は中でも食事ができるようになっていたが、店の外から注文して持ち帰りもできるようになっていた。
その店でシアは串揚げというものを買った。大ぶりな鶏肉を揚げてあり口にすると外の皮がパリッとしていて、噛むと肉汁が溢れてくる。気にいったシアと小太郎は大量に買い込むと店員お勧めの特製スパイスを振りかけながらベンチに腰掛けて食べまくった。食事を終えて大満足のシアが腹ごなしに歩こうと小太郎を連れて立ち上がったとき、道を挟んで向かい側にあった店が気になった。
「ねえ小太郎。あの店見ようか」
「うんいいよ。何屋さん~?」
「わからないんだよ。ただ、気になるんだ」
「……不思議な魔力を感じるね~」
「うん。見てみよう」
二人は道を渡ってその店に向かっていった。その店の看板には「宝石加工店ヴェルサイユ」と書いてあった。
「小太郎、宝石加工店だって」
「へぇー、どんなのかな?」
すると、シアの身だしなみを見て上客だと思ったのか店員が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ、貴族の方でしょうか?」
「えーと、そう見えますか?」
「はい、とてもセンスの良いお召し物をされておいでです」
その時のシアはエマとルーナに仕立ててもらった服を着ていたのだった。
「あー、友達に選んでもらったんです」
「よいセンスのお友達ですね」
「一人は婚約者です」
その瞬間に店員の目が光った。
「なるほど、婚約されておいででしたか。おめでとうございます。指輪はお作りになられましたか?」
「指輪?」
「はい、婚約指輪でございます」
「……婚約指輪」
店員の説明によれば、お揃いの指輪を互いに身につけることで永遠の愛を常に確かめることが出来るという。最近流行り出した習慣で貴族や裕福な者に人気だとか。さらに、
「女性の指輪には男性の願いを込めた魔法効果を与えることもできますよ」
「……魔法効果」
「はい、では店内奥までどうぞ。そちらの従魔様もご一緒にどうぞ」
かくして、シアと小太郎はやり手の店員に絡めとられたのであった。
だが、その店員は本当の意味でやり手であった。何しろ扱っている宝石の質が非常に高かったのである。聞けば各国の王室からも注文が来るほどで、このカルグスでは一番の職人が店主なのだという。ただ、店主が職人気質で口下手なため、この店員が店を任されているらしい。
まず店員はシアの前に次々と宝石の見本を持ってきた。赤、青、黄色、紫、色々な色の宝石があったが、シアはそのうちの一つに釘付けになってしまった。店員がその宝石をシアの前に出す。
「その宝石はオレンジダイヤモンドと言います。とても希少で、うちの店に入荷するのは初めてです。」
シアはその月光のような輝きが、ルーナそのものに思えた。心優しいルーナの瞳の奥にシアが感じる輝きがその宝石に込められているように思えたのであった。思わずシアが、
「それにします」
と言うと、そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
宝石に込める魔法効果を決め、台座の素材を決め、裏側の刻印を決め、サイズが自動で調整できる魔法もかけてもらうことにした。
値段は全部で30億エニほどになったが、王都の冒険者ギルドのクレアがアドバイスをしてくれたおかげで、シアは1頭あたり5000万エニでワイバーンを100頭ほど既に売りさばいていた。そのため資金には全く問題がなかった。
また、頑張って稼ごうと思いながら、シアはルーナとの婚約指輪を即決で注文したのであった。