14,神剣アストロン
アーサーはそのまま王宮に残り休暇に入った。エマとルーナはバーデン男爵とヨハネス子爵と一緒に領地へ帰ってゆく。ノイマンも自宅が王都にあるためそのまま自宅へ帰っていった。学園の寮にアラガンとシアは小太郎を連れて帰ることになった。
「今日は色々と驚いたよ」
「一番の驚きはシアとルーナが婚約したことだな」
「うん。俺もびっくりしているよ」
「へへ。今度は俺が凄い剣を作ってびっくりさせてやるぜ」
「ありがとうアラガン。期待しているよ」
「じゃあ、明日カルグスにある工房につれて行くからな。寝坊するなよ」
「ああ、じゃあおやすみ」
そう言ってアラガンと別れて自室に戻ったシアであったが、流石になかなか眠りにつくことはできなかった。
「予言のこと、ルーナのこと、皆の気持ち、父さんのこと、母さんのこと、何か混乱してきたよ」
「シア、考えすぎたらダメだよ~。できることをひとつずつやりなさいってマリアナが言ってたよ~」
「……母さんが?」
「シアが今できることはしっかり寝て~、明日遅刻しないことだね~」
そう言うと小太郎は少し小さくなってシアに寄り添った。小太郎の暖かく柔らかい毛並みに包まれてようやくシアも眠ることができたのであった。
次の日、しっかりと約束の時間に間に合ったシアは小太郎と一緒にアラガンと合流して王都の正門前にいた。
「なぁシア、本当に小太郎に乗って行くのか?」
「そうだよ。二人くらいなら余裕だって小太郎も言っているしね」
「だけど、半日くらいはかかるぞ。その間ずっと小太郎は走りっぱなしにならないか?」
「馬車で半日なら、小太郎ならすぐだよ」
「うん。アラガン、僕がびゅーんって飛ぶから大丈夫~」
若干緊張しているアラガンの前で小太郎は体高1メートルの犬くらいの大きさから、元の五メートルほどの大きさに戻った。
湧き出す神狼としての威厳ある姿にアラガンは思わず震えが出てしまった。
「アラガン、大丈夫。いつもの小太郎だよ」
「うん。小太郎は小太郎なのだ~。アラガン乗ってよ~」
震えるアラガンとシアをのせた小太郎が走り出す。だが、五分もするとアラガンははしゃぎだした。
「何だこれ。ふわふわの絨毯が飛んでいるみたいだ」
「気持ちいだろ。小太郎の背中は最高なんだ」
「ふふん。僕の背中は最高なのだ~」
調子に乗った小太郎はそのまま上空に飛びたった。眼下に広がる白い雲の切れ間からはるか下の街道が見える。前方に山脈が現れてその麓に街が見えた。
「早いな~。あの山脈の麓の街が鉱山の街カルグスだよ。あっという間だったね」
「じゃあ小太郎。みんなが驚かないようにちょっと離れたところに降りようか」
「りょうかい~」
そう言うと、小太郎は少し離れた平地に降り立ち、そこから少し歩いてカルグスに向かった。
カルグスの背後にある山脈は広大な鉱山となっていて、多種多様な鉱物が採掘されるそうだ。その採掘された鉱物を箱型のトロッコに満載して傾斜を利用してレールの上を滑らせ、カルグスに運び入れる。運び入れられた鉱物は大きな仕分け場で振り分けられ、種類別に倉庫で保管される。保管された鉱物は週に一度せりにかけられ、各地へ運び出される。
カルグスの特徴はその潤沢な鉱山資源だけではなかった。山脈には活火山があり、地表にマグマが噴き出している場所もある。鉱物を加工するには炉を使用するが、その炉の熱を上げるためにマグマを利用すると効率がいいのだ。この場所は鉱物の加工には最高の場所であり、ゆえに腕に覚えのある鍛冶屋が集まっていた。
カルグスに入ると、街はドワーフで溢れていた。人間よりも少し背が低く、ずんぐりむっくりとした体から丸太のような腕を出し、逞しいドワーフ達が大勢歩いていたのである。建ち並ぶ建物も質実剛健な造りになっていて、いかにも頑丈そうであった。アラガンはそんな頑丈そうな建物の中でもひと際大きな建物に入っていくと、奥から恰幅のいいドワーフの女性を連れて来た。
「シア、母ちゃんだ。母ちゃん、これがシア、となりが小太郎だ」
「君がシア君なのね……本当に女の子みたいに綺麗だね~」
そう言うと、アラガンの母はシアを触りだし、しばらくすると我に返って中に案内してくれた。アラガンの父イワノフはこの街一番の鍛冶師であり、今は工房にいるそうだ。少しの間アラガンの母から、このカルグスの街の構造を教えてもらった。
鉱山で働く労働者にはその日暮らしの荒くれものが多く、また犯罪者が働かされていることも多いらしい。そのため鉱山の入口付近には牢屋が作られていて、その周辺に安宿が集まり兵士が常駐している。反対に、工房付近には地熱を利用した温泉が湧き出していて、工房で働いた鍛冶師たちは仕事が終わると温泉に入浴してから帰ってくるのだそうだ。また、特注で剣などを頼む裕福な貴族や冒険者は街の中央付近にある高級旅館に宿泊できるようになっていて、そこには武器だけではなく、金属を細工する職人達が大勢店を出しているとのことであった。
話がひと段落すると、アラガンはシアを誘ってイワノフの工房へと連れて行った。工房に着くと、無骨としか表現が出来ないような光景があった。大きな建物の中には大量の炉と鍛冶道具があり、仕事に応じて使い分けるのだとアラガンは教えてくれた。また、イワノフは有名で、気にいった注文しか受けないが客が途絶えたことがないとアラガンは自慢げに話をしてくれた。
ちょうど昼時でもあり、弁当を持ってアラガンはイワノフを呼びに行った。小太郎と自分の背丈くらいある巨大なハンマーなどを興味深く眺めていると、奥から立派な髭をはやした目つきの鋭い一人のドワーフが現れ、シアをしばらく眺めると、
「確かに、カール様の面影があるな……」
と、涙ぐんでしまった。
「アストロンはうちの親父と作った剣だ。カール様は本当に大事にしてくれた。親父が亡くなってからも何かあるとすぐにこの工房に直接来ては俺に調整を頼んでくれたのだ」
「父さんが……」
「ああ、俺がまだ50くらいのひよこの頃、親父と二人で作った剣だ」
「50でひよこ?」
「知らんのか。ドワーフは人間の倍くらいは生きる。俺もそろそろ100になる」
「100歳……」
「アストロンを見せてくれるか?」
そう言ってシアが出したアストロンを見て、アラガンに言う。
「いいか、本当に優れた剣士が剣を使うと、剣が成長するのだ」
「剣が成長する……」
「このアストロンを見てみろ。刃毀れ一つないだけじゃなく、魔力が通る場所が綺麗に拡張されている。カール様ほどの剣士ならそのまま剣でたたき斬るようなことはしない。必ず剣に魔力を纏わせ、持つ剣を魔剣へと昇華させる」
「魔剣へと昇華……」
「カール様が纏わせる魔力はとても神々しいものだった。だからアストロンはカール様への尊敬も込めて神剣アストロンという者もいたのだ」
「神剣アストロン……」
そこでシアにアストロンを渡すと、大きな鋼鉄の棒を地面に立てて指さす。
「シアよ。アストロンであの鋼鉄を斬ってくれるか?」
シアは、鋼鉄を剣で斬ったら刃毀れしてしまうと心配するアラガンを手で制すと、鋼鉄の棒に向き合った。
正眼に構えると、カールに教わった通りに爪先から徐々に頭の先までを空間に溶かし込むように剣と一体化させる。
軽く反りの入った刀身を少し下げると、シアは、
「斬れました」
と、イワノフ達に告げた。見事だと称賛するイワノフを横目に、アラガンは信じられないように鋼鉄の棒のそばに行く。すると、鋼鉄の棒は袈裟懸けに斬られており、すとんと地面に落ちたのであった。
「斬り方までカール様と同じ……いや、同じにしてくれたのか」
「はい。この剣は父さんの剣です。父さんの斬り方で斬るべきだと思っています」
「……なるほど。おそらくシアはカール様を越えているのだろうな」
「……かもしれません。父さんも母さんもそう言っていました」
「アラガン、お前はシアの剣を作りたいと言っていたな」
「うん。俺がシアの剣を作るんだ」
「……アラガン、シアは既にカール様を越えている。そのシアが使う剣はアストロンよりも上の剣でないといけない……わかっているな」
「うん。当然だよ。シアの剣は俺が作るんだ」
「シアもそれでいいのか?」
「はい。アラガンは俺のために剣を作りたいと言ってくれました。俺も友達が俺だけのために作ってくれた剣を使いたいと思います」
「親の俺が言うのもなんだが、アラガンの鍛冶の腕は天才的だ。だが、まだ若く足りないところも多い。アストロンのような剣は一人では打てん。同等の腕の鍛冶師が命をかけて闘いながら打たないといけないだろう。俺が親父の相方をしたのは50歳だったが、アラガンはまだ12歳だ……アラガン、本気で命を掛けないと無理だぞ」
「父ちゃん、そんなことはわかってる。俺の作った剣を持ってシアが世界を駆け抜けるんだ。それが俺の夢なんだ。父ちゃん手伝って欲しい」
「友のため……か。わかった。このイワノフ、アラガンに鍛冶の全てをたたき込んでやろう」




