動物園デート
動物園と水族館。どちらかといえば水族館のほうが好きだ。
だがそんなことを言ったところで彼女の勢いを止められるとは思えない。当然と言えば当然のことだ。なにしろそこを主張しようという熱意が僕には足りない。一方彼女はそうではなかった。
彼女と僕は動物園の入り口を通ろうとする。
「おっと、嬢ちゃん。百円たりねえぞ?」
「負けて! 私の笑顔で!」
「ハッハッハー、そりゃ無理だ!」
「学割!」
「ハッハッハー、そりゃ無理だ!」
ゲームのRPGの人物のように同じ台詞繰り返す入り口のおじさん。
そんな感想は次の彼女とおじさんとのやりとりで打ち破られることになる。
「子供料金!」
「ハッハッハー、しょうがねぇなー。かわいい嬢ちゃんの頼みだ。と、なることは期待しないことだな!」
「えー」
たかが百円ごときで、恥ずかしいやり取りをしないでほしいものだ。僕の家庭は一般的な庶民で、彼女の家庭は収入的にはお嬢様と言われてもおかしくないほどのものだというのに。
が……そういう要素は皆無だ。庶民の僕より庶民らしい。
呆れ返った目付きで彼女を見つめ、足りない百円をくれてやる。
「お、ありがとー」
無事、彼女は通り抜けることができた。
次は僕がお金を払う番で、その時おじさんに囁かれる。
「そんな目付きすんなよー、兄ちゃん。かわいい彼女さんをとったりしねぇって!」
全く囁いていなかった。
そのデカイ声は僕の耳をじんじんとさせ、彼女のイタズラっぽい笑みを発動させる原因となった。
「欲しいならあげますよ」
「ハッハッハー、欲しいもんだぜ! おじさんはな、JKが大好きなんだよ」
さりげない性癖の暴露は、僕の耳が悪かったということで聞かなかったことにしてあげた。
ひとまず、そうやって無事通過。パンフレットを手に取り、彼女と共に園内を歩く。
「まったく~照れちゃって~」
「良く思うんだ。君って頭が病気だよね」
「失礼な! こんなに冷静な女子高生は今時珍しいんだよ?」
「はいはい」
またよくわからないことを言ってるな、と思った。
「ねえ見て! 象さんがいるー!」
「……」
子供みたいにはしゃぐ彼女。
とても冷静な判断ができる人物とは思えない。
象の芸が始まる。彼女の髪が揺れている。
「たぶんなんだけどね。あの象さんは君より美的センスがあると思うよ」
「はいはい。僕の負けだね」
「もっと悔しがれよぉー」
彼女のこういう言動にも、最近少し慣れてきた気がする。
「ねえ、そういえばさっき子供料金! とかいってたけど。あれ、恥ずかしくないの? たかだか百円のために」
「珍しくそっちから話しかけてきたと思ったら……。別にいいじゃんそれが私なんだし」
「私の笑顔は……とか、ふふ」
「鼻で笑うな! 百円は大事なの! んまい棒十本ぐらい買えるの!」
「そういうと価値が増えたように錯覚するかもしれないけど実際は百円ぐらいじゃ電車代すら払えないよ」
「それでも百円に価値がないことにはならないよ!」
彼女にはしては珍しく、機転の利いた返しだ。
「どうしたの? 黙ってちゃ何も始まらないよ?」
「……」
ここぞとばかりに調子に乗る彼女。この野郎、と思った。
象の芸が終わる。
「トイ……お花摘みに行ってくる」
「いまさら女の子らしく振舞おうったって無駄だと思うよ」
「うっわ、デリカシーないこといってるー」
「君ってそこそこの頻度で見苦しいよね」
そうして彼女は花を摘みに行った。
ぼんやりと空を眺める。こんなことをしてなにになるんだろう? でも、少なくとも不愉快ではない。それなら、今の状況も悪いものではないかもしれない。
――風船が空を舞う。
見れば小さな子供二人が手を伸ばしていた。容姿が似ていることから兄弟であろう。
二人の子供は風船を追いかけた。
風に流されていく風船。それは木に引っ掛かり、子供たちはうなだれる。
だがそのうち一人はまだ闘志があるようで、あの手この手を使ってた風船を木から外そうとする。石や木の枝を投げつける。
そんなことをしても無意味だ。木から風船が外れようともどちらにせよ子供たちの身長では届かない。
そんなことを思っているうちに子供の投げた石が風船に突き刺さり、割れた。
無惨な姿となって落ちてくる風船。それを手に取る子供たち。
小さい方の子供が泣き出しそうになり、大きい方の子供が慰める。
そうして二人の子供たちは家族のもとに戻ろうとでもいうのか、歩き出し、僕の視界の外へと消えた。
――風船は割れたら、もう元には戻らない。
「くらえっ! 水手裏剣!」
彼女が手から水滴を飛ばしてきた。自分の顔に冷たいものを感じる。
彼女がニヤニヤした顔でこちらを見ている。
「ばかなの? 君今の自分の年齢言える?」
「十七最。華の女子高生」
「ばかなの?」
うすく睨み付ける。すると彼女はますます上機嫌そうな顔になり、僕はいつか仕返しをすることを誓った。
「見る動物決めた?」
「別に、わざわざ決めなくても一周回ればいいじゃん。ここはそんなに広くない」
「まあ、そうだね。ところで君好きな動物いる?」
「いや、特には」
「……」
そんな僕の返事に彼女は無言でこちらを見つめる。
本当にないのだ。そんな無理に答えを求められても困る。
「……イルカ」
「ここ動物園だって!」
イルカが好きだというわけではないが思い付いたから言った。そんな適当な返事は彼女に読まれ、ご立腹のようだった。ホタルとかいえば良かっただろうか。いや、どちらにせよ突っ込まれるか。……ありきたりにライオンとでもいえば良かったかもしれない。
まあ、過ぎたことは戻らないし、仕方がない。そこで矛先をそらすべく逆に聞いてみる。
「君が好きな動物は?」
「ん~人間!」
「……動物園にいるっちゃいるけどね」
ひねくれたら答えにはひねくれた答えを。それが彼女のモットーなのだろうか。
それから僕らは動物園を回った。
「みてみて、あの猿君ににてるよ!」
「言いがかりもここまでくると感心するよ」
「仕方ないから今から私、ゴリラの物まねするからよく見ててね? あ、まって~」
とか。
「私は鳥になりたい」
「なれば?」
「無理に決まってんでしょ!」
とか。
風がなびき、暖かな風が心地よい。生き物を見て癒されるとか、そういうことは感じたことがなかったが、ここまで晴れやかなのかは動物のおかげだろうか。
隣にいる彼女に話し掛けてみる。
「今更何だけどさ、なんで僕なの?」
「んん?」
「残り少ない時間を無駄にしていいの?」
「うーん。前も言ったんだけどねー。あ、そうだね。こんな話があるんだけど、例えば、適当な人に今日が地球最後の日、今日で死ぬって言われたらなにする? って言う質問をするとどう返って来ると思う?」
「贅沢したい、じゃない?」
「だいたいそんな感じ、美味しいものをたらふく食べたいとか遊園地に行きたいとか。じゃあガンとかでもうすぐ死にそうな若者、老人に同じ質問をするとどう返って来ると思う?」
「同じ、と言いたいところだけどわざわざこんなこと言うってことは違うんだろうなぁ」
「勘がいいね。君の言う通り、普通の人と今にも死にそうな人は違う答えを出すんだ。
平穏な、普通の日を過ごしたい、ってね」
「…………それが君?」
「そうだね」
「だからなの?」
「うん? 君は珍しい人だよ。死に対して気を使わない、面白い人だよ」
「つまり僕は君にとって平穏な暮らしを得るためのスパイスと言うわけか」
「悪く言うとそうかもね。でも平穏を求めるためだけにつまらない毎日は過ごさないよ。私は今、君と一緒にいてすごい楽しい」
そう言って彼女は笑った。
「でも楽しいと、病気のせいでより楽しく感じちゃうんだよね。楽しいっていう思考が、体に影響を与えちゃうから。残酷なこの病気は、いつだって私の傍に寄り添うの。楽しい時も、悲しい時も、辛い時も」
彼女は明るくそういった。




