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だから生きればいい

やがて閉館の時間となった。日は暮れ、風が気持ちよく吹き抜ける。だがそれは少しだけ冷たい。夏はまだ始まったばかりだ。なのに、冷たい。

「ねえねえ」

「なに?」

「夏休み中君はなにするの?」

「特になにも」

「……私、海外に行くの。明日から」

 強い風、生暖かい風、沈みかける夕日。それら全てを背景に、フェンスにもたれ掛かって、彼女は僕にそう言った。

「そう、なんで?」

「日本じゃ、手術できないの。難しい手術だからね。海外にいっても難しいことにはかわらないらしくて……死ぬかもしれない」

 美しく輝く夕焼け。たが皮肉なことにこの太陽が終わるこの時間は人生の最後について語る時間となった。彼女は言葉を続ける。

「それに病気は完治する訳じゃないの。あくまで一年寿命を伸ばすだけ。……もういいよって親に言ったんだけどね。親バカだからさ。たった一年程度のために凄いお金かけるんだよ。そこまでして生きたいとか、成功するかもわからない一年に価値があるのか。私は何か発明するわけでもないし、なにも役に立たない。なのに大金を払ってもらって命を買うことが重い。……でも死にたくない」

 唐突に喋り始めたその言葉は、僕が求めていたもののひとつだった。『死』に触れる人間はとどういう考えを持っているのだろうか?

 死にたくない。それが答えで、大量の金によって僅かに寿命を伸ばすことに引き目を感じている。自身にそんな価値はないと思っている。現実迫観念症という病気を患う彼女にとって、悩みとは現実として自らの体を苛むリアルなものだった。彼女は、苦しんでいた。

 僕はそんな彼女を見て、結論なようなものを出すことができた。例え時間稼ぎにしかならないとしても、生きたいものは生きたい。迷惑がかかるとしても生きたい。死にいくら近い人間でも、そう思ってしまう。

 当たり前の結論だった。僕が彼女と過ごしたのは、死に近い者の思想が知りたかったから。もう目的は果たされ、一緒にいる理由はなくなる。

 もう夕日は半分以上沈みかけている。あとほんの僅かの時間で辺りは暗くなるだろう。

 自嘲的な笑みを浮かべる彼女に言う。

「生きたいなら生きればいい。それは君が選んだことだ。そして君の親も選択したんだ。月並みなことを言わせてもらえばお金は使わないと意味がないし、それを手放すのも君の親の自由。君の親にとっては君の存在はお金よりも価値があったんだろう。ならそれは君の親の責任だし、勝手に気負うのは侮辱に当たるんじゃないかな。まあ、君が親にお金を使わせること強制させたのなら話は全部ひっくり返るけど」

 こんなことをわざわざ言ったのは、彼女に借りを感じているからだろうか?

 それも、あるかもしれない。だが、僕の言った言葉はおそらく間違いではない。親は子を愛す。方向性が一致しないとしても、それは真実だと、僕は知っている。

 彼女は僕の言葉に驚き示した。

 彼女の腕から力が抜けたようにフェンスから手が離れる。

 そしてようやく彼女は驚きから元の世界へと戻ってきたようで口を開いた。

「そうだね、ありがとう」

 夕陽のせいか、彼女の顔に赤みがさす。力が抜けたような、強張りがなくなったような笑み。それはいつも僕をムカつかせる笑顔とは、よく似ているが違ったもので、不思議と苛立ちは感じなかった。

「よっと」

 彼女は小さな段差をジャンプして飛び越え、僕の近くへ立つ。

「もう会えるのはこれが最後かもしれないね。フフフ、必ず生きて帰ってくるよ!」

「これは死んだな」

 そんな風に返したが正直彼女が死ぬとは思えない。今の彼女からは活力が溢れ、何度殺しても生き返りそうな気がした。

 彼女が手を差し出す。それに僕はわざと怪訝そうな顔をしたが彼女が足をカツカツと鳴らせるので握手に応じてやった。

 柔らかい手だ。自分の手とは全く違う。性別が違うと案外変わるものだ。

 彼女は力強く僕の手を握り、僕は申し分ない程度に握り返す。

「君との出会いは忘れないよ。ありがと」

「どういたしまして」

「一年あればやりたいことはいっぱい叶えれるようになる。絶対生き残ってやるから!」

「そこまで死亡フラグを立てて……。死にたいの? 自殺願望でもあるの?」

 無論、死にたいわけではないのはわかっている。ただ心に誓っているだけだろう。それに好都合な僕という存在があったからこうしているだけだ。

 もういいだろうということで手を離そうと力を抜く。

 だが手は離させてもらえなかった。それどころか僕の手を握る腕が一本増えている。

 顔をしかめ、彼女を見ると、

「えへへ」

 嬉しそうに笑って、そのあと手を離した。

 そして一歩下がり、両手を上に挙げてくるりと二回転ほど回った。

 拍手でもしてあげればいいのだろうか。

 そうして僕らは一緒に家まで帰り、いつもの別れ道で別れた。

 その際彼女は大きく手を振ってきた。僕はめんどくさかったので軽く二回ぐらい振り返しておく。そして自分の家のある方向へと向いたのだが、背後ではまだ彼女が手を振っているような気がした。

 振り返ろうとする。何かを言おうとする。でも、気のせいだと言い聞かせた。


 ◇


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