7 自己犠牲なんて
自己犠牲、という言葉がある。それは果てしなく救いがないものだ。
目を閉じれば何も見えない。耳をふさげば何も聞こえない。死んでしまえば、なにも感じない。死ねばすべてが無に帰す。なのにごくたまに、自分が死んででも誰かを救おうとする奴がいる。
僕の父が死んだのは、まだ僕が七歳のころだった。
父は警察官であった。職業義務ではない非番時ですら悪を許さず、身を挺して行い、困っている人間には必ず手をさしのべるような人だった。
「君の父は命の恩人だ」
ありがとう、と知らない人間が言った。
それを不思議そうに眺める。いったい、何を言っているんだろう? そんな感じに。
でもたぶん、幼かったとはいえ、本当は理解していたのだ。その知らない人間の言っていた、言葉の意味を。
「お母さん、お父さんはどうしたの?」
母は、お父さんはお星様になったのよ、と答えた。
「人はお星様にはなれないって、お父さんは言ってたよ」
怒ったような口調で言う。母は、苦笑い。
お星様と同じぐらい遠いところにいってしまったのよ、と母は答えた。
「凄く遠いところに行ってもお父さんは帰ってくるよね? お父さんは僕たちのこと大好きっていってたもん」
その僕の言葉で今度こそ母の顔は悲痛に染まり、それを見ると僕も悲しくなって……、ただ無言で、頭を撫でられた。
人には決して出来ないこともあると、僕は学んだ。
翌日、大勢の人が家に来た。
偉大なる父の犠牲にお礼を言いに来たという。そうやって何人も、何人もお礼を言いに来るのを見て尊敬する父はこの世にいなくなってしまったのだと理解させられた。
……いったい何人救ったんだろう? 病院で起こった火事。動けない病人たちが死んでいく、そういうはずだったのに。
中に入る必要なんてなかった。電話一本、救護を要請して安全圏から眺めていれば、それでよかったのに。それだけでも十分『立派』だ。
父はよく言っていた。人を救うというのは素晴らしいことだと。優しい人間になれ、自分で自分を誇れるような『立派』な人間に。
さらに父は自身についても語っていた。
昔、父のために、かわりに犠牲となって人が死んでしまったらしい。父より少し年上の人で、人柄もよく、父が尊敬していた人。死はあっさりとやって来て、その人の最後の言葉は聞けなかった。だがその光景を眼に焼き付け、自分を救ってくれた命に感謝し、助けてくれたその人のように生きようと父は決めたそうだ。
『だからな、父さんにとって人を助けるのは義務みたいなものなんだ』
その言い方に大した苦悩は感じられなかった。
『でも信司にこんな出来事は必要ないよな。お前は考えすぎなぐらい人の気持ちに敏感だから』
見てたぞ、と父は言う。
母さんが寝込んだとき、心配そうに見てたよな。そのあと信司が寝込んで、風が移ったのかと思ったら知恵熱で。
父は幸せそうに笑う。
『信司のいいところ、父さんは知ってるからな』
僕はその時、わけもわからず「うん!」と答えた。
父が、僕に望んだこと。立派な人間になること。人を助ける、優しい人間であれること。
……でも、
「ありがとう、ありがとう。おかげで様で私たち親子共々助かりました。本当にありがとうございました」
僕の家に来た人たちは大体皆こんなことを言った。そして渡されるのは少量の菓子とお金。
今でこそ、その人たちの言葉はただの感謝の言葉だとわかる。だが子供の頃の僕にとっては悪意ある言葉に感じた。僕の父を踏み台にしたことによって自分たちは助かったと。
ひどく苦痛だった。結局、この人たちは僕の父ではない。父は、この世から去ったのだ。
母はそんな人々に笑顔を向け、当然のことです、とか、夫も本望だと思います、とか。そのようなことを言っていた。
母が父の死を悲しんでいたのを、幼いながらも、僕はしっかりと気づいていた。
――しかし、決定的に違う部分があった。
僕は自分で言うのもなんだが年相応以上に知恵が回った。
死を恐れた。自分とは何かという哲学的な壁に恐ろしい若さでぶち当たってしまっていた。そういう重い思考をぐるぐる回す、そういう子供だった。
だからそのせいで考えてしまった。
父は自身の犠牲を本望に思っているだろう。そう母は言っていた。それは多分、正しい。父はそういう人間だった。人を助けられればいい、それが全てという、世間一般的に言えば究極のお人よしであり、理想とされる人間だった。
だが残された家族、僕たちはどうなるのだろうか、大切な家族がいるのに死んでしまって、どうなってしまってもいいなどと思っていたのだろうか。
答えは否、そんなことはないだろう。
おそらく、衝動的に助けに向かったのはずなのだ。
誰かが苦しみに喘いでいる。たすけて、と届かない救済を求めている。そういう想像をして。
父は最期の自分にどういう感情を抱いたののだろうか。
具体的に言えば最期の時、後悔はしただろうか。
――していない。
残された家族を思い、後悔はしただろう。だが自分のした行動に後悔はしていない。
自分は善いことをした。人を助けるのは人間として当然のことで、称えられるべきことだ。残された家族には悪いと思う、だが、『この行動そのものは間違ってはいない』。
僕は父の行動をよく見ていた。トラックに轢かれかけた子供を命がけで助けた。激流に呑まれ、溺れる人を命がけで助けた。
僕はそんな行動を見ていつもひやひやさせられたものだ。
――命を削ってでも人を助けようとする父はいつか遠くに行ってしまうのではないか、と。
その予想は的中してしまった。
父は自分より他人を優先した、父は自分の命より他人の命を優先した。
父は縛られていた。尊敬していた人が、目の前で死んだという出来事によって生き方を固定された。
だから自分の生き方に迷いはない。
狂っている。生き物として、自身の死を後回しにして行動する父は狂っている。
子を持った親の行動には責任が伴う。家族を、僕を優先して生きてほしかった。……僕たちのことを愛していると言ったのに。僕のことをわかっていると、言っていたのに。それなら父は決して死なないはずなのに、なのに――。
しかし、最も僕のことを理解してくれそうな母は僕と考えが違っていた。父は『立派』だと、褒めたたえた。
世界中全てが父の行動を肯定した、否定するのは自分だけだった。
不幸を被り、唯一の味方となりうる母は敵だった。単純に考え方の違いだった。
僕だけがこの考えを持つ、不安になる、自信が持てなくなる。
だから長い間考えた。自分の思想を。
考えは変わらなかった。僕は自分が正しいと結論を得た。
そして次の日も、次の日も、お礼を言いに来る人はいなくならなくて。
「ありがとう、ありがとう」
「ありがとう、ありがとう」
「ありがとう、ありがとう」
感謝が何度も何度も繰り返され、嫌悪感を覚える。
この人達はなぜ助かったのか――父のおかげだ。
じゃあ、かわりに何を差し出した――なにも。
なぜ父の犠牲で笑っている。なにも渡さずにのうのうと生きて――
「帰れよ」
幼い僕がボソっと呟く。
一言も喋らなかった僕が口を開いたことによって、母も、目の前の人間も、驚きを顔に浮かべる。
「帰れ、帰れ、……帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ、帰れ!」
不気味な物を見るような目で、目の前の人間が視線を固定する。
命を差し出した父に相応の物を捧げろ。ただで息をするな、笑顔を浮かべるな。
死ね。
「帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ」
「し、信司⁉」
目の前の人間が踵を返した。
英雄の子供は精神を病んでいる――そんな言葉が聞こえた。
そして母が僕に手を伸ばし――僕はそれを振り払った。
皆嫌いだった。憎かった。
お礼を言いに来た人々も、思想的に相容れない母も、命を捨てた父も。
僕は、とても、人間が、嫌いになった。
灰色の景色。期待できない、世の中。
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