3 え、覚醒したの?
……案の定、朝起きたら返事が返ってきていた。
まだ九時だよ⁉ はやいね』
まあ、朝になったのだから返信しなくていいだろう。
僕は欠伸をして学校に行く準備を始めた。
学校は平和だった。僕の言葉を理解してくれたのか、吉野早枝は接触してこなかったし、用事を押し付けられるという面倒事が発生することもなかった。
僕は効率よく生きるために授業を真面目に受ける。ただ家ではほとんど勉強しない。だが案外、授業を本当に真面目に受けていればだいたいの内容はわかる。証拠に僕の成績は学校の中では上位の方だった。
だが人生は何事も上手くいかない。永遠に続く平和などないのだと、帰路の途中に思い知らされた。
不意打ちや暗殺の類はたいてい背後から行われる。これもそのような事例の一つとして数えてもかまわないだろう。
「やっほー、相川君」
「僕に話し掛けるときは背後から、とかそういうルールでもあるの?」
「ちょっぴり甘いイタズラですぅ」
「なにそれ、なんのキャラ?」
「それは誰にもわからない」
「はいはい、哲学だね」
「返事適当だね」
また吉野早枝だ。僕は恒例の一言を言う。
「何の用?」
「よし! 遊ぼう!」
「僕の意思はどうなるの? そして君の頭の中はどうなっているの?」
「死にかけた女の子の願いを叶えたら幸せになるって聞いたことあるよ」
「それ、迷信ってきいたよ」
「ええー!」
と、まあ、そんな風にやり取りをしつつも僕は歩く彼女についていくのだが。
「と言うわけでショッピングに来ましたー」
「……」
予想不能行動が大好きな彼女は元気よくそう言った。
悪いけど僕は今日全然お金持ってないよ」
「大丈夫!奢ってあげるから!」
「そういうのやめた方がいいと思うよ」
「冗談だよ。そういえば何でメール返してくれなかったのー。仕返しに学校ではほったらかしてやったけどどう? 堪えた?」
明るい人間はだいたい携帯大好き、というケースは多い。きっと僕が返信をする限り永遠とやり取りが続いたのではないだろうか。そういう意味で僕はあの日メールが来たときの判断がやはり間違っていなかったと確信した。
「うーん、凄く堪えたよ」
「あ、珍しく笑ってる。つまり嘘だね」
「人を安易に疑う人は地獄に落ちるってきいたよ」
「私は天国にいく宿命を背負ってるから平気だよ」
意味不明なことをいう彼女についていき、近くにあったボーリング場に入った。別に僕はどこかに行きたいとかそういうのはないため、全ての決定権は彼女にあった。
中は騒がしく、若者などがたむろっている。
僕たちは受付に行って、ボーリングに必要な道具を借りた。
隣では彼女がにやつき、こちらを見る。
「君はボーリング初めて?」
「一度だけ行ったことがあるよ。結果はガーターばかりで散々だったよ」
「それが普通だよ。落ち込まないでね」
「落ち込むわけないよ」
「そう、じゃあ賭けしようか。古来よりある、負けた方が何でも言うことを聞くってやつ」
「いやだよ」
「なに、負けるのが怖いの?」
安い挑発だ。だいたいほぼ初心者だといった僕になにをふっかけているのやら。
しかし、あえて賭けに乗ってやる。
いいよ、やろう」
「言質は取ったよ」
彼女の様子からは自信が見える。華の高校生だ。きっとよく遊ぶのだろう。
それに彼女は病弱な彼女のことだ。外で行うような激しい運動は避け、おとなしい室内のスポーツをよくやりそうだ。
まず彼女が投げ、スペア。「うーん、まあまあかな」と彼女はこちらをちらりと見、僕は両球ともガーターだった。
「まあ、仕方ないよ、ドンマイ」
「……」
どこまでも楽しげな彼女。
「お、ストライク出たじゃん。運いいねー」
「そうだね。ラッキーだったよ」
「うんうん、ラッキーボーイだ」
投球が続く。彼女がガーターを出す。
ふん、と僕は鼻で笑って見せた。
「なんなの! いやらしい!」
「心が歪んでいるからそう見えるんだよ」
「そういう発言をすると君の意地汚い性格が透けて見えるよ!」
汚いんだか、透けているんだか。
第二ゲームに突入する。最初に大きく開いたスコアは、徐々に縮まっていった。
「え、なに君。凄いんですけど」
「僕は別に運動ができないわけじゃないからね。普通よりもは得意だと思うよ」
「なにこれ、さっきまでガーターだったじゃん。何でこうなったの? 覚醒したの? 主人公なの?」
「ちょっと集中するから黙ってて」
「楽しくやろうよぉ」
最後の投球。彼女が先だ。
「ちょっと、こっちみないでよ」
「頑張って」
「そもそもね、精神攻撃なんて男らしくないと思うの。私が失敗すると若干反応するのなんなの!」
「せっかく『頑張って』って応援したのになあ」
「うわっ、なんか言ってるよ! 心では絶対外せって思ってるくせに!」
そもそも、最初に挑発を始めたのは彼女のほうだ。
投球。ガーター。投球。かすり当たり。
僕が三本倒せば勝ち、という状況になった。
「ここは思いっきりなげるところだよ! 目指せ、ストライク!」
たぶん、ストライク狙いでガーターになって欲しいのだろう。
僕はゆっくり球を投げて、五本倒した。
「勝った」
「そんなことして勝って楽しい? ねえ、楽しい?」
「楽しいよ」
「ぐぬぬぬ」
こんなにも接戦になったのも彼女のミスが多かったからだろう。いろいろ僕が投げるときに変なことを言って妨害してきたが、結局は自分が投げるときにもプレッシャーがかかっている。
「最初に言ったガーターばっかりだったっていうの嘘なの?嘘ついてくる君に私ガタガタなんですけど」
「はいはい。あと嘘じゃないよ。合計のガーターの数は九本こえてたし。まあ、最後はストライクばっかりだったけどガーターの数の方が多かったよ」
「そういうの詐欺って言うんだよ」
「僕の実力を聞いてから賭けを仕掛けてきた君に言われたくないな」
「ううむ、じゃあどうする? 望みは私の体?」
わざとらしく自分の体を抱き込み、ぶるりと震える。ガタガタ、という彼女なりのギャグなのだろう、たぶん。
どこまでも騒がしい彼女。なんだかなあ、という気分になる。




