医師
「こんばんは、相川君、だったよね?」
僕の目の前にいるのは世界的にも有名な医者だ。さすがというか、雰囲気が今まで出会ってきた人たちとはまるで違う。だがそれにすら、理由はあったようで。
「覚悟があるんだね?」
「……はい」
医者は全てを知っていた。僕がなぜここに来たのか、わかったようだった。僕たちの間には一つの繋がりしかない。彼女のこと、それだけしか。
「《目を見ればわかる》よくそういう言葉があるがね。私はそういう目を何度も見てきた。死を近くで知っている人間が、大抵その目を持っていた」
進められた椅子に座り、コーヒーを進められる。
ここは世界的に有名な彼の個室。普通なら一般人である僕がそんな人に会えるわけがないが、何とかして辿り着いた。
「君の目付きはそれにつぐ。私は、『もうすぐ私は死ぬのですか?』そう聞いてくる患者には必ず真実を言ってきた」
その言葉には真が籠っていて、なんだか親しみがある。
僕は雰囲気や言葉、それらからうっすらと理解した。そうこの人は。
「あなたは、僕と同じようなことを感じたことがある」
医者の表情が笑顔で歪む。僕は続ける。
「全く同じ道じゃない。でも僕とあなたの思考の到達点は同じ、そう感じました」
「面白いね」
「すみません、失礼なことを言って」
「問題ないよ。私はむしろ、君を誉めてる」
互いのコーヒーが無くなった。それは本題に入る合図のようだった。
「私は自分が逃げることを許さなかった。だから患者には、自分だったら本当のことを言ってほしいから、真実を伝えてきた。……もう一度聞くよ、君はそのためにここに来たんだよね?」
その問いかけは、確信に満ちていた。
僕は、誤魔化すつもりはなかった。
「お願い、します」
苦しかった。
全てを知った。
「吉野早枝さんは死ぬ、もって2週間」
彼女は死ぬ。
ただ一色の、事実だった。
彼女のことがわかった。彼女は、嘘の中に真実を混ぜていた。最もバレにくい、狡猾な嘘。2週間、という言葉は彼女の口から一度出ていた。少し焦ったときの、あのときに。
僕はそれを話した。医者は僕のことを驚くほどわかってくれた。その上で、彼は言った。
「君なら同じ道にたどり着くだろうから助言をしておくよ。吉野早枝さんの嘘は優しい嘘だ。でも君は事実を知った。だから、騙されたふりをしなさい」
その道は、すでにたどり着いている道だ。
「わかってます」
「君のような思想を持つ人はなかなかいないかもしれない。だけど私が肯定しよう。君の行動は全て正しい。……彼女のために、生きるんだろう?」
「勿論です」
「今日の事はここだけのことにしておくよ。でもある程度は便宜を図る。なにしろ私は吉野早枝さんの専属医、だからね」
そう言って彼は笑った。
僕は出ていく前に、一つ質問をする。
「あなたほどの人が、なんでわざわざ専属医なんかに? 多くの時間を取られると思うのですが」
「我ながら下らない意地、プライド。それに加えて哀愁もあったからだよ」
と言い、
「お金も欲しかったのさ、やらないといけないことがあるからね」
そうやって、少々の茶目っけを出した。
彼女との賭けの時、彼女は裏を選んだ。その前に、僕は裏を選んだ。そして表が出た。だから強引に、あの表は僕の負けとも捉えられる。
そして本物の彼女の笑顔は。僕が彼女のことを本気で想った、それを感じ取った故に、本物の笑顔が出せたのかもしれない。
僕が医者と話したことで得たのはこんなことで、後に抱え込むのは地獄だった。でも、これが僕の選択。
偽れ、仮面を被れ、嘘を張り付けろ。
彼女の幸せのために、そのために、僕は何だってしてみせる。
例え何が削られようとも、逃げるわけにはいかない。
そうやって新たな誓いを心に重ねていく。それだけしか、できないから。
帰り道、同じ学校の制服がチラっと見えた気がした。




