表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/33

医師


「こんばんは、相川君、だったよね?」

 僕の目の前にいるのは世界的にも有名な医者だ。さすがというか、雰囲気が今まで出会ってきた人たちとはまるで違う。だがそれにすら、理由はあったようで。

「覚悟があるんだね?」

「……はい」

 医者は全てを知っていた。僕がなぜここに来たのか、わかったようだった。僕たちの間には一つの繋がりしかない。彼女のこと、それだけしか。

「《目を見ればわかる》よくそういう言葉があるがね。私はそういう目を何度も見てきた。死を近くで知っている人間が、大抵その目を持っていた」

 進められた椅子に座り、コーヒーを進められる。

 ここは世界的に有名な彼の個室。普通なら一般人である僕がそんな人に会えるわけがないが、何とかして辿り着いた。

「君の目付きはそれにつぐ。私は、『もうすぐ私は死ぬのですか?』そう聞いてくる患者には必ず真実を言ってきた」

 その言葉には真が籠っていて、なんだか親しみがある。

 僕は雰囲気や言葉、それらからうっすらと理解した。そうこの人は。

「あなたは、僕と同じようなことを感じたことがある」

 医者の表情が笑顔で歪む。僕は続ける。

「全く同じ道じゃない。でも僕とあなたの思考の到達点は同じ、そう感じました」

「面白いね」

「すみません、失礼なことを言って」

「問題ないよ。私はむしろ、君を誉めてる」

 互いのコーヒーが無くなった。それは本題に入る合図のようだった。

「私は自分が逃げることを許さなかった。だから患者には、自分だったら本当のことを言ってほしいから、真実を伝えてきた。……もう一度聞くよ、君はそのためにここに来たんだよね?」

 その問いかけは、確信に満ちていた。

 僕は、誤魔化すつもりはなかった。

「お願い、します」

 苦しかった。

 全てを知った。

「吉野早枝さんは死ぬ、もって2週間」

 彼女は死ぬ。

 ただ一色の、事実だった。

 彼女のことがわかった。彼女は、嘘の中に真実を混ぜていた。最もバレにくい、狡猾な嘘。2週間、という言葉は彼女の口から一度出ていた。少し焦ったときの、あのときに。

 僕はそれを話した。医者は僕のことを驚くほどわかってくれた。その上で、彼は言った。

「君なら同じ道にたどり着くだろうから助言をしておくよ。吉野早枝さんの嘘は優しい嘘だ。でも君は事実を知った。だから、騙されたふりをしなさい」

 その道は、すでにたどり着いている道だ。

「わかってます」

「君のような思想を持つ人はなかなかいないかもしれない。だけど私が肯定しよう。君の行動は全て正しい。……彼女のために、生きるんだろう?」

「勿論です」

「今日の事はここだけのことにしておくよ。でもある程度は便宜を図る。なにしろ私は吉野早枝さんの専属医、だからね」

 そう言って彼は笑った。

 僕は出ていく前に、一つ質問をする。

「あなたほどの人が、なんでわざわざ専属医なんかに? 多くの時間を取られると思うのですが」

「我ながら下らない意地、プライド。それに加えて哀愁もあったからだよ」

 と言い、

「お金も欲しかったのさ、やらないといけないことがあるからね」

 そうやって、少々の茶目っけを出した。


 彼女との賭けの時、彼女は裏を選んだ。その前に、僕は裏を選んだ。そして表が出た。だから強引に、あの表は僕の負けとも捉えられる。

 そして本物の彼女の笑顔は。僕が彼女のことを本気で想った、それを感じ取った故に、本物の笑顔が出せたのかもしれない。

 僕が医者と話したことで得たのはこんなことで、後に抱え込むのは地獄だった。でも、これが僕の選択。

 偽れ、仮面を被れ、嘘を張り付けろ。

 彼女の幸せのために、そのために、僕は何だってしてみせる。

 例え何が削られようとも、逃げるわけにはいかない。

 そうやって新たな誓いを心に重ねていく。それだけしか、できないから。

 帰り道、同じ学校の制服がチラっと見えた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ