いつか終わる
目をゆっくりと開いた。目の前にはでかい彼女の顔があった。
「おっはよー」
「……」
ニコニコな彼女は服を着ている。だが僕はそうではなかった。
彼女は身をくねくねと動かし、嬉しげにモゾモゾと体を動かす。
「いやー、やっぱ私、君の寝顔好きだわー」
「服着るからさ、とれあえず、出ていこうか」
「今更照れるなよー」
「唾吐きかけるよ」
「そんなことするのー? エッチ!」
「……」
彼女はたぶん、僕の脅しを信じていないのだろう。ナメてもらっては困る。こちらは佐藤に実際やったので前科持ちだ。とりあえず、動いてくれる気配が無いので冷たく睨めつける。彼女はクスクスと笑いながら退室していった。僕はすぐに服を着た。
「もう入ってもいいよ」
「はーい!」
彼女がダイナミックにドアを蹴って入ってきた。彼女の名誉のために、機嫌がよすぎるのだろうと思い込むことにする。
「いたたっ」
そんな彼女だが、突然股の辺りを抑えた。
「大丈夫?」
「うーん、ちょっとヒリヒリ、たまに激痛」
彼女がドサッと僕の隣に腰を下ろす。距離が近い。
「どう?昨日の私どうだった? よかった?」
「どうだろうね」
「も~、照れ屋さんなんだから~」
「うるさい」
調子に乗っている彼女を睨む。
彼女はヘラヘラと笑う。が、傷つきやすい彼女に一応フォローを入れておく。
「一度しか言わないけど、僕が不機嫌そうな素振りを見せても本気じゃないから気にしなくていいからね」
その言葉に彼女はキョトンとし、「えへへ」と笑い、「わかってますよ~」僕に抱きつく。そのまま手を僕の頬に添えてくるが、僕は溜め息を吐きつつも拒否しなかった。――これからも拒否することはないだろう。
「今って何時?」
「昼の1時だよー」
彼女が笑った。その表情を僕は読み取る。これはなにかを思い付いたときの笑顔だ。
「これからどっかに食べに行こっか。お母さん帰ってこないうちにね」
そうして僕らは外へ出た。その日はずっと彼女と一緒にいた。恋人となっても僕らの関係はあまり変わらなかった。いや、変わったのだ。だがそれは些細といえば些細だが、少なくとも僕にとっては違うだろう。彼女は僕によく引っ付きたがり、甘えたがりになった。そんな彼女が愛らしく、僕はなんだか負けた気になった。だが悪くない。心地よい。
そんな日が何日か続いた。幸せだった。人との関わりを拒絶した僕は、ここまで彼女を好きになった。なんだか、今までの人間嫌いはなんだったのだろう。そう思えるほどに、全てが憎くなくなった。時と共に、全ての流れがよくなり、幸せを感じ、毎日を彼女と過ごし、些細な喧嘩をし、謝って、仲直りして、また好きになって。
いつしか、あの日の苦悩を忘れていた。色あせた世界。灰色の景色。
わかっていた。これは魔法の時間。いつもと違う、非日常。いつかは日常へと戻る、それは決められたことで、運命は覆ることはない。
わかっている、わかっている。この色づいた景色は――期間限定だ。
彼女が体調が悪そうでも気づかない振りをした。彼女の日常へ溶け込むためにそう装った。そのたびに何度もタイムリミットが近いことを自覚した。
それでも目は背けない。逃げない。絶対に。
こんなことをすれば後が苦しいのはわかっている。彼女がいなくなったら余計に苦しくなるのはわかってる。それでも僕は彼女との時間を楽しんだ。過ごせば過ごすほど、苦しかった。でも楽しいのだ。今だけは、今だけは。彼女がいるのは今だけだから、僕は彼女に自身を捧げる。
彼女がいなくなれば、世界は地獄だろう。
――その時、僕は壊れてしまうかもしれない。




