救いは……
彼女の家は広かった。外見が立派なだけあって、内面も立派というわけだ。さすが、と言うべきか。こういうのを見るとすっかり忘れ去られた、彼女のお嬢様、という設定を思い出す。そう、彼女はお嬢様なのだ。
「わーい、ヒャッホーイ」
例え子供のようにベットで飛び跳ねていても、だ。
ああ、きっと彼女の両親も嘆いているだろう。ついでに僕も嘆いておくことにする。
「アッハハハハハ、自分の部屋に男の子がいると興奮するぅー!」
「やめなよ、はしたない」
かける言葉がなかったので何処かのシーンで言われそうな台詞を言っておいた。彼女が本物のお嬢様なら本来、よく言われそうな台詞だ。
そんなことを思い、ベットを見やる。彼女が何回も飛び跳ねるだけあって柔らかそうなベットだ。試しに ベットをバスバスと殴り付けてみる。
「私のベットちゃんをいじめないでー」
「これ無生物だよ?」
僕は当然ながら女の子の部屋に入ったことはない。友達がいなかったのだから男の部屋すらない。だから他人の部屋というのは純粋に興味を引かれたが、思ったよりも僕のと違うわけではなさそうだった。全面ピンクというわけでもないし、ピンクのぬいぐるみらしきものこそいくつかあるものの、その他は漫画やゲーム、遊び道具がちらほらあるぐらいだ。
そして、部屋はよく整頓されていた。
武士はいつ死ぬかもわからない。だから自分の部屋は常に綺麗にしていたという。
立つ鳥跡を濁さず。そう言われ、自分の去る世界は綺麗しておく、といった感じに。
僕は彼女の部屋を見たとき、そんなことを連想させられた。
「あ、お風呂入る?」
「シャワーだけ、お願いするよ」
本来なら人様の風呂など遠慮したい。だが今日は歩き回ったため、汗をかいていた。今は乾いてはいるが、今日は入っておきたい。
彼女の部屋は上の階にあったため、下の階にある風呂場へ案内してもらう。タオルなどの各種説明を受け、風呂場へ入った。
念のために鍵を閉めておく。その判断は正しかったと、少しすれば証明された。
シャワーを気持ちよく浴びていると扉からガチャガチャと扉を開けようとしている音が聞こえた。
「なんで鍵閉めてんの⁉ 女子か!」
「女子である君に言われると僕も心に響くよ。ところで何の用?」
「なんだと思う?」
「突然予想不能奇抜行動をしてくる君の心情を考えられる能力は僕にはないんだ、ごめんね」
「誰にも予想できない行動をするとサッカーで強いってお母さんが言ってた」
「よかったね」
「言うの忘れてたけど着替えどうするのー?」
「もう一回同じの着るよ」
「キタネッ!」
「仕方ないでしょ」
「まーそうだね。お父さんの汚いパンツいる? 貸そうか?」
「なんか嫌だ」
ナチョラルに汚いと罵倒される吉野早枝の父に同情を覚える。あの人、いい人そうなのにな……。僕は男性側に座る人間として、静かに黙祷を捧げた。
「とりあえずでてけ」
「え? イヤーン、私が覗き何てすると思った? あたしゃそんな無粋な女じゃないよ!」
なんのキャラだ。そう返そうとしたのだが、既に彼女は消えていた。
そしてシャワーを終え、彼女の部屋に戻る。途中、誰とも出くわさなかった。当然だ。この家は今は僕と彼女しかおらず、親は仕事らしい。父は大抵の場合、家にいないことは当然のことなのだが、母までいないのはかなり珍しいことだとか。特に母がいないことについては自分の病気以来、かなり珍しくなったと彼女は意味ありげに語っていた。
「上がった? じゃあ次私入ってくるねー」
部屋に辿り着くと彼女が僕を歓迎した。そしてすぐに出ていく。
「あ、覗いたりしないでね?」
「しないよ、僕は紳士だから」
「前は紳士じゃないねっていってたら肯定してたくせに」
よくそんな昔のことを覚えているものだ。
「……僕の行動理念はその時その時によってかわる、いわば臨機応変なんだよ」
「それ理念ないだけじゃん!」
ツッコミが入りながら、パタン、と扉が閉まった。
やることがないからテレビでも見るか。
無論、彼女がやったように僕も風呂場への突撃をやり返すという手も、あるにはある。だが僕は平和主義かつ紳士なのでそんなことはしなかった。
テレビをつければ特番がやっていた。医者についてのもので、彼女が病気なのを知っている僕としては興味を引かれた。
「ん?」
その中に知った顔が写る。僕はその人物を覚えていた。吉野早枝の専属医だ。
吉野早枝の専属医はいくつかの質問を受け、答えていた。テレビは彼のことを天才と呼び、奇跡の医者と評す。証拠とばかりに彼と一緒に手術をしたことがある者、他の名医、救われた者、などが褒め称え、僕はそれに希望を抱いてしまう。
これだけの医者なら、彼女を治してくれるのではないか?彼女は寿命が伸びたと言っていた。それは間違いなくこの医者のお陰だ。なら……寿命の延長をできるくらいなら治すことだって……。
『最近、ある女の子を助けようとしてるんです』
意識が戻る。テレビに釘付けになる。
『先生ならきっと救えますよ』
『ハハハ……今回ばかりは、難しいんですよ。現実迫観念症は患者が死のイメージを持っている限り、完治することがないんです。思考を奪えば一時的な延命ができるんですが、それはあまり人間にやっていいことではないんです。私にこの病気は治せない』
苦笑が見えた。「治せない」なんていうのはただの謙遜だと信じたかった。失敗への予防線を張っているだけだと思いたかった。神への祈りは届くと、信じたかった。




