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デートエンドでデットエンド

 バスで三時間。歩いてさらに三十分。この長い旅の時間を僕は読書、彼女は携帯ゲームらしきものをして過ごしていた。僕がなんだろう、と思って覗き込むと彼女は嬉しそうにそのゲームの良さを語った。そうして神社までやって来た。有名どころなようで、今は初詣と言うわけではないのに人がぼちぼちといる。だが、さすがにこの季節のため、人口密度は少なく、空間には風が通る。

 今は秋。穏やかな天気は暖かく、彼女は上着類を持ってきていない。反対に用心深い僕は上着を持ってきていた。少し暑い。

「あなたは神を信じますか?」

 鳥居の前、通りすぎる前の前座というわけか、彼女がいきなりそのようなことを言い出す。胡散臭い宗教団体が使いそうな言葉に、きっぱりと答えた。

「信じません」

「なら! ここから先は通さない!」

 立ちふさがり、両手を広げて威圧行為。

 彼女はラスボス臭のあるオーラを放っている。

 僕は素通りして中に入った。

「まって~~」

 僕が早足だったため、彼女は走って僕に追い付いてきた。僕は胡散臭いものを見る目で彼女を見る。

「神様信じてないのに来たの?」

「僕が来たいと言ったわけじゃないんだけど」

「じゃあ、あそこの神聖そうなでかい木蹴れる?」

「僕は暴力反対の平和主義者なんだ。例え無生物の自然にだろうと、愛情を注ぐことが正しいと思ってる」

「ホトケかよ」

 そんな彼女は鳥居を軽く足でつついた。なんて罰当たりなんだ。

「君は神様を信じてないの?」

「神様? うーん、微妙。ビミョーだね。だって私この若さで死ぬし」

 苦笑する彼女。たまに出る死ぬ死ぬジョーク。彼女の死を恐れる気持ちに、打ち勝とうとするためにわざと前面に押し出す抵抗的行動。彼女は基本的に自身の死に触れられたがらない。だが僕に対してだけ、話すのだ。僕は決して動じないから。

「じゃあなんでわざわざこんなところに?」

「意味は、ないかもね。強いていうならただの足掻き? 無意味なことなのかもしれないけど、どうせならやれること全部やっときたいてきな? まあ、そんな感じ。ここにいる大神なら奇跡は起こせるかもしれないじゃん」

 そうやってわざと死の話をしてくる彼女には、答えるときには現実を言わなければならない。きっと僕にこんなことを話しているということは、たぶん僕がなんと答える人間か知っているから。

 奇跡を信じていないのは、僕よりも彼女かもしれない。

「そういう大神っていうのは基本的に願いを抱えすぎるものだ。だから君の重い願いよりも軽い願いをたくさん叶えて信仰を集めると思うよ。だからどうせならマイナーな悪魔に願った方が意味はあるかもしれない」

「神様なんて信じてないんじゃないの?」

「もしあったらの仮定の話だよ。いずれにせよ奇跡は存在しない」

「ふーん、そういうものかな」

「そういうものだよ」

「つまんない世界だねー」

 それでも彼女は元気に笑顔を見せる。死を恐れる心というのは永遠になくならないだろう。戦い続けても慣れることはない、痛みと一緒だ。そして僕もまた、佐藤に殺されかけたとき、それ以来彼女の心情が深くわかる。心の奥に踏み込みそうになる。

 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 自分の能力のなさを憎む。僕が彼女に与えているものはゼロではない。だが百与えられないことが、悔しかった。

 僕ができることは小さなことでしかない。彼女は死ぬ。やれることは、できる限り、彼女の進みたい道を支えるだけ。

 そう――それだけしかない。

「よーし。おみくじやろっか、どっちがいい運勢か勝負ね」

 僕が思考に没頭していると、勝負事が好きな性分がまた再発したようで、彼女は突然そう言った。僕は頷いて承諾し、神社の人がいる場所まで歩く。

 そこで百円払っておみくじを振る。彼女は念入りにおみくじを振り、僕はさっさと事を終えていた。僕の番号は七百七だ。

 まるでクジの景品を渡されるかのように、神社の人は笑顔で番号に掛かれた結果に通じる紙を渡し、僕の隣の彼女にも渡した。

「せーの、だよ?」

 早速結果を見ようとした僕を止め、彼女は手元の閉じた紙を僕の方に向ける。

 僕は適当な返事をし、声がかかるのを待った。

「せーっの!」

 同時に紙を開く。

 その結果は僕が大吉、彼女は凶だ。

 彼女は騒がしくなり、つまらない勝利なのに、少し嬉しくなった。どうやら彼女の趣味の勝負事には、僕をなんとなく勝負に熱中させる効果があるらしい。ボーリングの時も、金魚すくいの時もそうだった。

「くはははははははっ!」

 突然した奇笑に僕はびっくりして顔をあげた。見れば彼女が腹を抱えて爆笑しており、紙をヒラヒラと振っていた。

「なんなの」

「あー、ひー、面白かった。いやー、おみくじの結果がね、あまりにもアレで」

「アレで?」

 破顔する彼女に先を促す。

「今年は厄年なんだって。今ある苦難からは逃れられない、諦めろって、アハハハハハハハハハハハハ」

 彼女は最高のジョークでも聞いたように大笑いした。

 僕は自分のおみくじの願いの欄を見る。

「君はさ、神様信じないって言ってたけど案外当たってるじゃん。こりゃほんとにいるのかもしれないよ? 神様」

「……どうだろうね」

 急に神様を信じる方向にシフトし始める彼女。だが僕はそう思わなかった。

 僕のおみくじには願いは叶うと書かれていた。ならば僕が彼女の生存を望んだらどうなるのだろう?

 結果は矛盾し、どちらかが間違っていることになる。

 ――結局、神様など存在しないのだ。


 目を閉じる。


「次はお賽銭だね。それで神社ですることは終わり。さあ、頑張ろ!」

 彼女が指差した先は長い階段。彼女の喋る側から嫌そうな顔をする僕を激励。

 仕方なく、長い階段を上りきり、荒くなった息を整えて、お賽銭を投げる場にたどり着く。彼女は財布から小銭を取り出し、その中の一円玉を僕に寄越し、ウインクする。

 僕は黙って一円玉をポケットに入れ、「盗んだー!」と言ってくる彼女に呆れたように首を振った。フッ、と軽く笑ってしまう。

「私、願い事は君の笑顔を見れることにしとこうかな」

「折角ここまで来たのにそんなものでいいの?」

「勿体ないからさっきみたいに優しく笑ってよ」

「嫌だ」

 結局、彼女は違う願い事を選ぶようで、五円玉を投げて黙礼した。

 短い時間でそれは済み、終わったあと僕に向き直る。

「どうせだから君もなんかお願いしたら?」

「僕は神様を信じてないからね。そんな奴の願いを聞くわけないでしょ?」

「まあ、いい体験だと思ってやってみよーよ」

 まあ、わざわざ反抗する必要もない。というか、どちらでもいい。

 僕はやれやれと首を振り、一円玉を投げた。

 そして手を合わせ、祈る。

 僕は神を信じない。

 彼女のことを思う。

 だがもし奇跡を起こせるなら、僕は絶対の服従を誓ってもいい。例えこの魂を捧げようとも――すぐにこんな発想が出る僕は、悪魔と取引をした方が性に合っているのかもしれない。


 そうして僕は一つだけ願い事をした。

 気づけば、長い間祈ってしまっていた。

 この祈りが届くと、本気で信じたわけじゃない、けれど……。


 彼女の「行こー!」という声に、僕はあとに続く。そして振り返って神の台座を見て、手に握った十円玉を投げ入れた。


 神社から出たあと、近くの喫茶店で休憩した。そして僕はまた自分の愚かさに気づかされることになる。

「……」

 回りにいるのは多数のカップルだ。向かい合い座っている彼女はニコニコと笑い、楽しそうだが僕はそうじゃない。だがつまらなそうな顔をするわけにはいかないので思考放棄をし、無表情になっておいた。彼女は、本当に美味しそうにパフェを食べる。甘いものが大好きなようで、至福の時間、という顔でうっとりしている。

 僕は基本的に味が薄いものが好きなので、スープをずっと啜っていた。いや本心を偽っても仕方ない、本当は食欲がわかなかったのだ。こんなカップルだらけの場では。

 こんな周りがラブめいた雰囲気で、目の前には満面の笑みの彼女。すごく虚しい気分になってくる。

「そんなに見つめちゃって~。そんなに欲しいの、これ?」

「他に見るものがないんだよ」

「食べる?」

「人の話聞いてる?」

 彼女はペロリとパフェを平らげ、追加で豪華そうなプリンとその周りにたっぷりとクリームが乗ったものを注文した。僕はスープをお代わりした。なんなんだろうな……この状況。飲みすぎで太っているわけではないのにお腹を叩くとタプタプと音がする。もう食べれな……じゃなくて飲めない。

「これ食べ終わったら会計にするから待っててね」

 僕の悲しげな感情を感じとったのだろう。彼女は宣言し、プリンが届くなりがっつき始めた。僕は水を飲んだ。

 途中、彼女がスプーンを舐め始める。その念入りな舐めに僕は少し引いた。

 僕がボーッと彼女を見ていると彼女がクスリと笑った。

「ア~ン」

 猫撫で声でスプーンを僕の口元に持ってくる彼女に背筋がゾワッとする。

 僕は断固拒否の態勢を取るため、きっぱり口を閉じたが、無理矢理入れようとグリグリと口にスプーンを押し付ける。痛い。

「いらないのー?」

 陽気な彼女に僕は疲れた声で抗議をあげた。

「もっと周りを見習いなよ」

「ん、見習らってるよ」

 僕は右の静かなカップルを見てそう言ったのだ。なのに彼女は過度にイチャついている左のカップルを見ていた。

「皆キスしてるじゃん」

「うん……まあそうだけど」

「したい?」

 彼女が僕に舌を見せる。小悪魔のように見せびらかすその舌にはクリームが付いていた。さらにその表情には固い決心が刻まれており……。

「キスの味はきっと甘いよ?」

 机の下で彼女の手が僕の手を握った。

「しよ?」

 彼女の顔が迫ってくる。突然の事に心臓の心拍数が上がり、なにがなんだかわからなくなる。だから咄嗟に顔をそらした。

「いい、僕なんかと、しない方がいい」

 それは劣情と、他のなにかが入り雑じった感情で、本能によって導かれた正しい答えだった。僕にとって、彼女は大切な人であり、救世主のような存在。心の借りがあった。だから僕はそれを返すために行動する。そう、誓いを立てたから。

 だが、だからこそだろうか。僕は自分の言ったことを、後悔した。僕の拒絶に、彼女の顔が悲しみ一色に染まる。それはとても深く、彼女が初めて見せた顔。

 心が揺れた。悲惨な結果を望まなかった。

 衝動的に手を伸ばし、僕は彼女を求めて、


 互いの唇が重なる。


 彼女の言っていた通り、甘い味がした。

「あっ」

 彼女が驚きの声をあげ、僕は引きそうになるが、今度は彼女の方が手を伸ばし、僕を離さなかった。そうやって十秒ぐらいたっただろうか。ゆっくり離れ、互いの目が合う。僕は無表情を保とうとするが、無理だった。感情が熱くなり、自分でもどうしようもなくなって声をあげる。

「あーーー、もうくそーー、あーーー」

 勢いでやってしまった。押し寄せるのは初めての感情で、理解不能。彼女が傷ついてしまったから、それで咄嗟に体が動いてしまった。

 机に突っ伏した顔を少し上げ彼女を見る。

「えへへ、ありがと」

 彼女の頬はほんのりと赤かった。

「なんでありがと?」

「だって、私の気持ちに答えてくれたわけでしょ? それが嬉しくて」

 彼女が柔らかく微笑む。だが僕はどぎまきしながらも必死に異議を唱えた。

「それならありがとう、じゃないね。だって君は僕の思いにもこたえたことになるんだから、おあいこだ」

「いーのかな?そんなこと言って」

「……?」

「君、それ告白と一緒だよ?」

「……そんなことはない」

「初めて見たよ君のツンデレのデレのとこ」

「うる……さいな」

「違うの?」

 問い詰めてくる彼女。僕は悔しくて頭を抱える。

「僕は君が好きだよ」

 そう言った。

 僕は彼女に思いを告げれば、元の余裕が戻ってくるのを感じていた。

「……へ?」

「……」

「……」

「……」

「もう一回、言って?」

 だから余裕をもってこう答える。

「嫌だね」

「言って言って言って言ってーー!」

 彼女が駄々をこねる子供のようにしつこく言う。

 だから僕は、

「僕はさっきの言葉を本気で言った。だから二度目は陳腐になる。だから嫌だ」

 そう言い放った。

「悔しいけど素敵、かも」

 彼女は照れたように、いや、照れながら頭を掻く。そして全てを忘れるようにプリンを食べ始めた。

 僕はそれを眺める。そして確認させられた自分の感情に静かに動揺していた。

 だが……これでいい。これがいい。もう腹を決めよう。救われた恩とか、もうすぐ死ぬ女の子には少しぐらいは優しくしてあげようとか、そういう理由は抜きでいい。保つのは体面だけ、だが自分の心まで偽る必要はない。


 僕は、生きる方針を変える必要があった。


「ふう、甘かった。さて行こっか!」

 彼女が元気よく立ち上がる。僕らは会計を済ませ、バス停へと歩いた。その途中、彼女が何度か咳き込む。ハンカチを口に当て、じわりと血が滲んでおり――。

「あ、これ? ちょっと舌噛んじゃって」

 彼女の笑みはぎこちない。なぜなら彼女は死を悟られたがらないから。僕がそばにいられるのは、このことが大きく関係しているから。動揺する。心には嘘はつかない。僕は彼女のことを心配している。そんな心情を素直に理解しながらも僕は、余裕を見せつけた。

「舌噛みちぎったらリアルに死ぬよ」

「噛みちぎってはない! アレだよ。ちょっとさっきのキスに興奮して血が出ちゃったんだよ。漫画で出てくる鼻血ブシャーみたいな」

「はいはい」

 これは演技だ。僕は彼女の死に動揺しない、そんな人間。

 僕は自分の正しい心に気づいた今、新たな選択を迫られていた。自己中心的に生き、彼女の心情をほとんど考えない、今までのように生きるか、彼女の幸せを補助する杖となるか。当然、僕が選んだのは後者だった。

 僕は小さな支え。彼女の死へと向かう道に携わる長い杖。僕は彼女の願いに答える。生きたい、という願いには答えられないけれど、――死と向き合う意思、日常を望む死から離れた生活――せめて、それらには。

 彼女は僕を求めた。だから僕は変化を、時を止めていよう。彼女の望んだ僕という人間へと、自分を固定する。僕は彼女が死の気配を見せようと、平然としなければならない。それを彼女はきっと望んでいるから、僕は……。

 仮面を被り、外の自分を偽る。

 笑えることだが、僕は友達などいたことがないので、自分以外を優先して生きる経験は、初めてかもしれない。

 彼女は僕に、助けてくれ、とは言わなかった。歩みは無理矢理いつもの速度を出しているように見えるし、証拠にペチャクチャな口は動かない。だから静かに隣に佇む。最悪を予期し、備える。彼女が僕を望んだ理由は僕が身近な人の死を恐れなかったから。それがなくなれば、どうなるのだろう? 彼女の症状に僕が一喜一憂したらどう思うだろうか?

 僕はその時、隣にいる価値がない。僕はあくまで彼女に日常が与えられる人間として、価値があるからだ。


 ずっと彼女のそばで支えてあげたい。

 生きてほしい。


 僕が望むことはこの二つだった。しかし、この二つを同時に達成するのは難しいことだ。僕はこんなにも彼女の体について心配しているのにその素振りを見せてはならない。なぜなら僕は彼女の隣で支えたいから、価値があるままでいたいから。

 彼女の死を見れば身がすくむほどに怖い。でも離れたくない。

 孤独は嫌だ。だから僕は自分を偽り、剥がれることのない仮面を被る。表面のみの無感情、無表情、外面だけ取り繕ういつも通りという名の嘘の姿を気取る。


 僕は彼女に話しかけない。元々僕は自分から話しかけるタイプではない。だから不自然ではないはずだ。

 そうして歩き続け、バス停に着き、バスが来る。

 彼女はバスを待っている間、動かなかったお陰か、だいぶ体調は元に戻ったようだ。顔色に血色が戻り始め、元気テンションのエンジンがかかる前兆をいくつか見つける。

 そんな感じで、彼女と長い間過ごしていると、些細なこともだんだんとわかるようになっていた。

「今日のデート楽しかったぁー。もう死んでもいいね!」

「生きてー頑張ってー」

「デートエンドでデッドエンド」

「はいはい」

「ふぅー、なんか疲れたねー」

「うん、疲れたね」

 素直に頷く。

 僕は僕で生きる方針を決めていた。最善を考え、遂に答えを出していた。だから、疲れたのかもしれない。

 まぶたが重く、どっと疲労感を感じる。

 バスには三時間も乗るのだ。少し、眠ろう。



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