第9話:塔の中の美しい人。
わたしの心のざわつきは、次第に大きくなる一方だった。
けれど、わたしはカエルから聞かされた『塔の中の美しい人』の話に衝撃を受け、次第に同情の気持ちも強くなっていった。
カエルの話によると、『塔の中の美しい人』はこう語っていたという。
『両親は毒親でした……』
『魔女の畑の野菜は盗む、無銭飲食はする、……腐れ外道のソレそのものでした』
『自分は両親が魔女の畑から盗んだ野菜の代金の代わりに、魔女に売りつけられたのです』
『両親が盗んだ野菜……【ラプンツェル】、それがそのまま自分の呼び名にもなってしまいました』
『なんと忌まわしいあだ名でしょう……』
さらにはこうも語っていたという。
『魔女は美しいものを集めてはこの塔にコレクションして、大切に保管しているのです』
『それからここで自分は育ちました。 魔女は何不自由なくいろいろと与えてくれてはいますが……』
『魔法で建てられたこの塔は出口がなく、自分はここから出ることができません』
『ああ、日の光を浴びて輝く森を歩き、時折香る薔薇を間近に眺めながら、風を感じ泉の水の心地よい冷ややかさに触れてみたい…… そして……』
『塔の下で励ましてくれていた、騎士様の顔を一目でいいから見てみたい』
そういうと、『塔の中の美しい人』……ラプンツェルはさめざめと泣きだしたという。
わたしの頬にも涙が伝う。
思い出す。
ロレーシアの城に10年もの間幽閉され続けていた日々を。
周囲に人はいても、呪いと猛毒を恐れて誰一人近寄ろうとしなかった。
それは実の父親でさえも。
そして愛しいルカが行方不明と聞き、生きているのかすらもわからず。
すべてが絶望に変わってしまったこの10年……。
でも、この『塔の中の美しい人』は、それが生まれて間もないころからずっと……、ずっとこの塔で独りぼっちだったのだ。
「なんてかわいそうなの…… 孤独でありながら、お慕いしている方に会えない辛さはわたしにもわかります……」
「なんとかできないものでしょうか」
そう言ってわたしはカエルを見た。
格好こそ禍々しくも毒々しい真っ青で大きなカエルではあっても、カエルはカエル、できることには限界がある。
わたしは項垂れてため息をつく。
カエルに再び目をやると、カエルはちらりと太陽の方を見た。
そして少し考え事をしてるふうに目を閉じ、じっと聞き耳を立てていた。
「!」
「カリン、隠れろ!」
突然カエルがわたしを森の茂みの方へ押しやった。
「カリン、これから起こることをよく見ておくのだぞ」
「い、いったなにが……」
「シッ……」
森の木陰に隠れていると、冴え渡る青空、鮮やかな新緑の森、色とりどりの野薔薇、この美しいコントラストにおおよそ似つかわしくない、真っ黒なマントをぐるぐるに着込み、真っ黒な帽子を深々とかぶり、ヴェールで顔を隠している人影……いかにも『魔女』のような風貌の人影が塔に向かって歩いて行った。
「見るのだ、カリン」
黒ずくめの『魔女』らしき人影は、塔の最上部にある窓の方を向きこう言った。
「ラプンツェル、髪を垂らしておくれ」
すると……。
するすると塔の窓から三つ編みに編まれた長い長い髪の毛が降りてきた。
「!? え……、ま、まさか……」
わたしの最悪な予想のとおりだった。
『魔女』らしき人物は髪の毛をむんずと掴み、わっしわっしと登って行った。
「なっ……!」
「……に、あれ!!! 痛そう!!!」
「大切に保管だかなんだか知らないけど、そんなこと言って髪の毛伝って上がるとかありえないんですけど!!!」
「髪は女の命なのよ!」
「……というわけでカリンよ。 魔女は昼間だけ来ては、あの方法で塔の中に入っているようだ」
「魔女ならほうきで飛んだり瞬間移動とか出来そうなものなのに……」
思わず小声で声が漏れてしまう。
「それはそうなのだが……設定はさておき」
「これは塔の中のラプンツェルからの提案なのだが、この方法なら小柄で軽量なカリンであれば中に入れる」
「今からイラクサや蔓を編んでロープを作ろう。 それを持ってカリンがラプンツェルの髪を伝って登り、ロープで二人とも降りてくればいい」
確かに、それはとても良い方法だ。
でも、あんな痛そうな方法で登るだなんて……。
「えっ…… で、でも……」
わたしがためらっていると、カエルが続けた。
「私が人の姿で助け出せればいいのだが、人型の男の姿ではさすがに重くて、ラプンツェルの髪では耐えられず登ることはできないだろう」
「人型とカエルの姿の切り替わりのきっかけが未だよく掴めずにいるし、なにかの拍子にカエルに戻ってしまったら、ラプンツェルを助けることが難しい」
それもそうなのだ。
人型のルカ(仮)はわたしと比較すると、おそらく190cmはあるはずだ。
痩せ型ではあってもかなり筋肉質なので(カエルの筋力が引き継がれているのか……)、重量もそれなりにあると思う。
『塔の中の美しい人』……ラプンツェルはかなり華奢な容姿だと聞いた。
そんな人の髪の毛だけで、ルカ(仮)が昇りきるまで耐えられるとは思えない。
「ど、どうしたら……」
「ラプンツェルが言うには、魔女は昼間にしか現れないらしい」
「それにだ」
「私の仮定だが、私が人型になったのはすべて夜だったのだ……。 もしかしたら、夜になにかの衝撃を受けると人型に戻るのかもしれない」
「それは逆も起こり得る。 だからこれはカリンにしかできないことなのだ」
塔の中には、自由を待ちわびている人がいる。
わたしは一呼吸置き、こう答えた。
「わかったわ、夜を待ちましょう」
そして夜がきた。
幸い森にはありあまるほど豊富な草や蔓があったので、丈夫そうなロープは簡単に編むことができた。
わたしはロープを肩にかけた。
「ラプンツェル、髪を下ろしてやってくれ」
カエルがラプンツェルに声を掛ける。
するすると長く美しい豊かな髪が下りてきた。
わたしは心の中でごめんなさいと何度もつぶやきながら、髪を伝って登っていった。
上からも引き上げてくれているようで、思いのほか容易に、早く進んでいった。
登っていく中、わたしは自分が緊張していくのがわかった。
なんで緊張しているのか……、それはきっとこういうことなのだ。
(ルカ(仮)が昼間のうちにわたしが来ることを塔のかたに話してくれたそうだけど…)
(『美しい人』に向かって、わたしのことはどう伝えたのかしら……、気になって……)
(だって、『この世のものとは思えないほどに、ものすごく『美しい』と言ったわ……、わ、わたしなんて……)
小柄でちんちくりんの自分の体形を見て気持ちがしゅんとしてしまう。
そして。
(……ルカ(仮)がほかの女性をほめると、なんでかしら、胸がズキンとする……)
そんなことを考えていたら、塔の最上部の窓の前にたどりついてしまった。
胸が重苦しく、キュッとなる。
しかし、ここまできてしまったら引き返せない。
勇気を出して窓枠に手をかけ、中にいるであろう『美しい人』、ラプンツェルに声を掛ける。
「わたしカリンよ、どなたかそこにいらっしゃるの?」
そして窓枠に上半身が乗り出した、その時だった。
わたしの腕をぐっと力強く掴まれて、勢いよく中に引き寄せられた。
その反動で、わたしは床に仰向けに倒れ込んでしまった。
「きゃっ…… いたたたたた……」
つぶってしまった目をうっすらと開ける。
と、息がかかるほど眼前に、噂に聞いていた『美しい人』の顔があった。
「!!!!?」
一度も日差しを浴びたこともなさそうな透き通るように白い肌。
澄みきった高い空を思わせる色素の薄いブルーの瞳。
血色の良いうるっとした艶のある愛らしい唇。
カエルに聞いたとおりの、この世のものとは思えない、『圧倒的美』がそこにあった。
それはもう、神にも近いのではないかと思わせられる。
美しいラプンツェルを見上げる。
月夜が差し込んでラプンツェルはさながら月の女神のように神々しかった。
(ああ本当だわ…… わたしに勝ち目なんてないくらい、なんと美しい人なんでしょう……)
(ううん、そんなレベルじゃない、わたしだってこんなにも……)
あまりにも美しく、わたしもぼーっとなり……、どれくらい見つめていたのだろうか。
ラプンツェルもただただわたしを見つめていた。
しばらくして、ラプンツェルが口を開いた。
「カエルが言ってたカリンってあなた?」
「聞いたとおりだ、本当にかわいらしい人だね」
カエル……ルカ(仮)がそんなことを……。
とはいえ、こんな美しい人に言ったところで、なにを言ってもかなうものはないだろう。
あまりの恥ずかしさに、わたしは固まってしまって、言葉を発することもできなかった。
私が固まってしまったのは、そんな理由だけではない。
ラプンツェルの声はなんとも心地よい低温で、うっとりとしてしまうほどだった。
ゾクゾクするほどの『イケボ』だったのだ……。
耳から溶かされてしまうのではないかと思うほどに。
「あなた、ちゃんとロープを持ってきてくれたんだね」
「ふふ、なんて素直で優しい人…… 気に行っちゃった」
ラプンツェルは痺れるほどにねっとりと甘いささやき声でそう言うと、いっそう顔を近づけ、唇を耳に当たりそうな距離まで寄せた。
そして。
「ねえ、このままボクとここで赤ちゃん作って、家族で仲良く暮らそうよ」
そう言うとにやりと笑い、いやらしくピチャピチャと音を立てながら耳を舐め上げた。
「やっ…… やめて!!!!!!」
意味も分からず、ただあまりにも驚いてしまったわたしは、カーッとなって覆いかぶさっている形になっていたラプンツェルを思いっ切り押しのけた。
そのはずみで、ラプンツェルが着ていた布を巻いただけのような白い服がはらりとはだけ落ちる。
あらわになった全裸には、あるべきものが無く、無いものが……いや、ルカ(仮)にもついていたアレがある。
「え? あ? dqd;ojiqwopfjpeoj」
「えーと…… えーと…… あなたは男性なのでしょうか???(大混乱)」
ラプンツェルは花が開くかのようにフフッと柔らかく笑い、こう言った。
「女性と名乗った覚えはないけど」
頭がぐるぐるする。
(確かにルカも女性って言ってなかったかも……)
わたしの大混乱をよそに、ラプンツェルはわたしの両手首を掴み、わたしを壁に押し付ける。
壁に押し付けられ、両手をふさがれ、逃げ場を失った身体。
大混乱していたわたしの頭が、恐怖へと切り替わった。
「ボクねえ、本で読んだから知ってるよ? 子供を作るって気持ちいいことなんでしょ?」
「ボクもあなたとしたいな~、気持ちいい子作り♪」
ラプンツェルの顔が眼前に迫った。
体が硬直し、震え、ぶわっと汗が噴き出し、頭から血の気が去ってゆく。
ふと窓に目をやる。
いつのまにか髪の毛は引き上げられてしまっていた。
もうこれでは下に降りられない……。




