第13話:あなたを殺してわたしも死にます!
えーーーーーっ
3分過ぎてるのですけどなんで……
「やっと……やっとだよ。僕が15年も塔の中で待ち望んでいたことがこれで……」
「さあ、赤ちゃん作ろうね♪」
めまいがしそうなほどにゾクゾクするハスキーボイスで、わたしの耳に唇を押し当てながら話すラプンツェル。
悪意は一切なさそうな、無邪気な純粋さを含むその声に、わたしは心の中でただひたすらに願う。
『ルカ……、ああルカ、ごめんなさい。わたしはもうあなたの元に戻れないかもしれない』
『夫となる相手以外に見せてはいけないと、代々ロレーシア家家訓として厳しく伝えられている死にも値する秘所を、この殿方に見られてしまう……』
『もし……、もしもわたしの声も魔女に届いてくれたなら……』
『お願い。助けて……』
「あれ?」
ラプンツェルは落ちているわたしの下着に目をやった。
そしておもむろにわたしの下着をつまみ上げると、丁寧に広げ、まじまじと見つめていた。
自分の顔の近くに寄せ、匂いなども嗅ぎ始めた。
「!?????」
わたしの顔は恥ずかしさで火を噴いた。
「ぎゃーーーーー! な、な、な、な、なにやってるの! やめてっ!!!!!」
「乙女の下着をそんなふうに見たり嗅いだりするなって、ここにあるたくさんの本には書いてなかったの!?????」
ラプンツェルは首を傾げた。
「いや、むしろ頭にかぶったりするのもだとは書いてあったけど……、あれ、おかしいなあ……」
なにかが釈然としないようだった。
「な、なに? わたしの肌着がなにか…… はっ!もしや臭かった!?????」
わたしはいっそう恥ずかしくなり、ラプンツェルにつかみ掛かり早く取り返そうとするも、ラプンツェルはルカ(仮)よりも長身。
高々と持ち上げられた下着にわたしの身長では手が届かず、周囲をぴょんぴょん飛び跳ねるだけの、なんとも滑稽な振る舞いとなってしまった。
「なんなんですか、突然……! わ、わたしの下着のどこがおかしいというの!?」
半泣きでラプンツェルを睨む。
「うーんとね、違うんだ」
ラプンツェルは視線は宙を見て、なにかを考えながら話しているようだった。
「いや、どの本もね、」
「女性の言う「いや」は交接のうえでは「同意」や「許可」だと書いてあるんだ。この段取りは良いんだとして……」
「その状態の女性を見て、男の身体の一部が硬質化して姿かたちが変わることもクリアできてるはず」
「でも、ここからが違うんだよ。 カリンの身体が、この本のとおりになっていない」
そういうとラプンツェルは数々の薄い本をわたしに見せ始めた。
「ほら、これ」
「みんなね、お漏らししているんだよ」
たしかに、中にはありえないほどに水たまりができている姿も描かれていた。
これはラプンツェルが言うように、本当に子供を作るための図説のある手引書なのかもしれない。
でも、なにかがおかしい。なにかが抜けているような気がする。
ラプンツェルの持つその無数の薄い本のうちの一冊をパラパラとめくる。
最後のページに描かれていたのは、手を繋ぎ、抱きしめ合い、幸せそうに微笑む男女の姿だった。
わたしはその姿を、瞬時にルカと私に置き換えて想像してしまい、胸がキュンとなり、同時になにかじわっと温かいものがこみ上げた。
「……わかったわ、足りないもの」
「えっ! なに!? 教えて!」
ラプンツェルは目をキラキラさせながらわたしを見た。
そんなラプンツェルを、わたしはぎゅっと抱きしめた。
「ラプちゃん、あなたは愛を知らなすぎるんだわ。なんてかわいそうな子供……」
「な、なにいってるの、カリン。カリンのこと可愛いと思うし、身体を見たら僕の身体も反応したし、きっとこれが「好き」って気持ちで「愛」なんだと思う」
「僕は愛についてもたくさん本を読んで履修済みなんだよ? だってどの本にも書かれて……」
「本にはそう書かれているかもしれないけれど、あなたは本で読んだだけで、本当の愛がなんなのかを知らないのよ」
わたしには気が付いたことがあった。
きっと、ラプンツェルも世に出たら相当なイケメンと言われる類なんだと思う。
でも、わたしはそれだけではまったくときめきを感じない。
それどころか、一層ルカが恋しくなる。ルカに早く会いたくなる。
「愛とは、例えば遠くにいても常に頭に笑顔が思い浮かんできたり、また会いたくなっては胸が焦がれて苦しくなったり、また会える日を指折り数えてはなにかに励めたり、」
「そして会えたその日はまさに天にも昇るような喜びで……、そんな気持ちになる人に対してい抱くものなのよ」
「ここに至るまでには、信頼関係だったり、絆だったり、年月だったり……、そういうものを経てやっと深い愛情へと積み重なっていくことができるの」
「時には家族であっても得られないこともある」
「あなたとわたしのように……」
そう言って、わたしはラプンツェルの頭をなでた。
わたしはルカに対する想いをラプンツェルに語っていた。
わたしの胸の内にある、ルカへのありったけの愛を。
ラプンツェルが求めているのは、きっと家族の愛情……。
こうして汗ばむほどに密着して肌を重ねる絵に憧れを抱いているのだから、相当にぬくもりに飢えているに違いない。
「わかったよ、カリン……」
ラプンツェルはしゅんとしながらわたしを見上げてきた。
少しはわかってくれたのだろうか。
「わかった……けど、カリン……」
「けど、なあに? ラプちゃん」
「僕のココ、元に戻らないみたいだから、とりあえず一回挿れていい?」
「!?????」
驚く隙もないほどの素早さで、ラプンツェルはわたしの肩を軽く押しては床に寝転ばせ、両の手でわたしの両足首を持ち上げ、そして広げた。
「ちょ……、あの、今のわたしの話聞いてた……よね……」
「こ、こういうことは……、あの、名実ともに夫婦となった男女が行うもの……なのよね?」
ラプンツェルはくすっと笑ってこう言った。
「ふふっ……、怒った顔もかわいいんね、カリン」
「カリンが長い間お城に閉じ込められているうちに、時代は変わっちゃってるんだよ?」
「知らないの? 世の中は自由恋愛の時代なんだよ?」
「……って、この前テレビという異国の絵が映る魔法の箱でそう言ってた」
「『不倫』と言って、結婚している男女であっても宿屋などで密会して交接を行う文化もあるようだよ」
ちょっとなに言ってるかはよくわからなかったけど、再びピンチになってしまったのはわかった。
わたしは説得に失敗してしまったのだ。
『もう、代償でもなんでもいい……!!!』
『ルカに力を貸した魔女……、もし本当にいるなら……、』
『いるならわたしの願いを聞き届けて!!!!!!』
その時だった。
「まてーーーーーぇい!!!!!!!!!!!!!」
なにかがわたしの上に跨ろうとしていたラプンツェルを、横からものすごい勢いで吹っ飛ばした。
この声は……!!!
「ルカ!?????」
わたしは大粒の涙をこぼしながら、その方を見やった。
「カリン! 無事か!?」
「!!!!!!」
「ぎゃあーーーーーーーーーーーーーぁああああああ!!!!!」
そこにいたのは、顔以外カエルのルカ(仮)が、カエルキックをかました姿で立っていた。
わたしはカエルより青ざめていたかもしれない。
「ば、化け物…… あああ…… 前には半身カエルの化け物、後ろには強〇まがいの顔だけ男…… わ、わたしはもう詰んでいる……」
わたしは半ば諦めの境地となり、へなへなと力なくその場に座り込んだ。
「お、落ち着くのだカリンよ。私だ、紛れもなくルカだ、ルカ・クラウス・フォン・フィンザーだ!」
そんなこと言われても……。
確かに顔と胴体はルカ。
でも、両手と両足は禍々しいく青く……、あのカエルの姿そのままなのだ。
「いててててて……。な、なに?」
大きく吹っ飛ばされ、壁に激突したラプンツェルがようやくその大きな身体をゆっくりと持ち上げ始めた。
「むっ……! いかん!!!」
それを見た半カエル男は、なにやらブツブツと呪文の詠唱を始めた。
「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ……あわせてぴょこぴょこ……みぽこぽこ……」
「しまった! 噛んでしまった!!!」
「しかし好都合」
半カエル男は大きく口を開けると、中から長ーーーーーい舌がのび、ラプンツェルを捉えた。
「う、うわっ! なに!? きもちわるっ!!!!!」
半カエル男の舌は、あっという間にラプンツェルをぐるぐる巻きにすると、身動きが取れない状態にまで縛り上げた。
「く……、苦し……。 あなた、あのカエルさんなの?」
ラプンツェルは必死にもがいてみるが、びくともしなかった。
「ひゃリン! 今ら! コイツの髪の毛を切れ!」
「!」
「はっ……、はいっ!」
わたしは半カエル男の舌がラプンツェルを捉えている間に、デスクの引き出しから鋏を探り出し、彼の髪の毛に鋏を入れた。
ハラハラと美しく長い髪が乱れ落ちる。
短髪になったラプンツェルはそれはそれで絶世のイケメンと化し、私たちは一瞬見とれてしまってはいたが、ラプンツェルの髪をロープの代わりにし、ラプンツェルを縛り上げることに成功した。
「ふう……、これで一安心だ、カリ……」
「次はお前だぁあああああ!!!!!」
わたしは思いっ切り半カエル男に向かって鋏を振り上げた。
カエルのそれよろしく、半カエル男はひらりと跳躍して私の攻撃をかわして避けた。
「ま、待ってくれ……、カリン。 私の話を聞いてくれ……」
半カエル男が懇願してくるので、話だけは聞いてあげることにした。
「変な行動に出たら、あなたを殺してわたしも死にます! どうせルカもあなたが食べてしまって、こんな姿になっているんでしょう!?」
「ルカがいないのに私だけ生きていても、この先どうしろっていうの?」
緊張が解けてしまったのか、口から言葉がとめどなく溢れ出る。
「もう、外に出ても変なことばっかりで、わたしはどうしたら……」
ボロボロと涙がこぼれた。
半カエル男がわたしにそっと手を伸ばしてきたが、その手の青さを見つめ、引っ込めた。
「……聞いてくれ、カリン」
「カリンの『するはずのないヤバい声』が塔の上から聞こえてきたので、まずは腕だけをカエルにして這い上がってきたのだ……」
「!?」
「腕……だけ? って、そ、そんなことがどうやって……」
「それが、……」
「なんと突然、私の頭の中に、魔女の声が聞こえてきたのだ」
「10年前のあの日と同じように……」
「……え!?」




