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バラたちがラクスを呼んでいる。
「ラクス、マズイヨ。ミンナニ バレタヨ。」
バラの言葉に、うとうととまどろんでいたラクスははっと飛び起きた。
「ばれた?」
「バラノ妖精ガ ラクスヲ 探シタ。ラクスヨリモ バラノ妖精ノ方ガ 力ガアル。他ノ人ニモ 見ラレタ。」
「他の人?見られた?どういうことだ?」
「遠隔視。」
しまった、とラクスは思った。バラの力に、バラを通じた遠隔視がある。これで王家は諜報活動を自前で行っていたわけだし、ガロファーノも情報を収集していた。ラクスとヴィーシニアの関係が露見したということか。
「モット 大切ナ コト。シルエーラ 危篤ニ ナッタ。伝エヨウト 思ッタケド 駄目ッテ ラクスガ 言ッタカラ 言エナカッタ。」
「シルエーラが?今どうなっている?」
「オレン ガ 治シタ。シルエーラ オレン ト 一緒ニ 妖精ノ国へ 行ッテシマッタヨ。」
ラクスの力が抜けた。シルエーラの命の危機に駆けつけず、他の女との逢瀬を楽しんでいたのだ。これはもうどうしようもない。ラクスは隣で眠るヴィーシニアを見た。ヴィーシニアもこれから針の筵となるだろう。
シルエーラ、ヴィーシニア、二人ともすまない。俺が誰も愛せないせいで、君たちは犠牲になってしまったんだな。
眠るヴィーシニアを置いて服を整えると、侍女を呼んだ。全て分かっている侍女だ。
「露見した。これからヴィーシニアは辛い目に遭うかもしれない。だが責任は取る。そう伝えてくれ。」
それだけ言うと、ラクスはアシェル家に転移した。全てをアシェル伯爵には知られているだろうとは思っていたが、アシェル伯爵は慌ててはいなかった。さすがはこの国を指一本で動かしていると言われるだけのことはある、などととりとめもないことを考えながら・・・逃げていたのだろう。アシェル伯爵は確かに慌ててはいなかった。だが、静かに怒っていた。いつでもラクスを守ってくれた祖父の顔ではなかった。
「アシェル家に泥を塗った自覚はあるか?」
「はい、お爺様。」
「そうか。ならば、なぜ軽はずみな行動をした?」
「最初は媚薬を盛られたのはシルエーラだと見間違えた。だが、ヴィーシニアが男を知っていると分かって、都合がいいと思ってしまった。」
「女性を自分の都合で弄んだということか。不誠実な所はさすがに王家の血だな。」
何も言えなかった。王家を滅ぼすといいながら、その血が自分に流れているということをすっかり忘れていた。父ガロファーノの肉体は確かに妖精のものに変化したが、元々を辿ればガロファーノは王子なのだ。
「お前をアシェル家から追放する。お前はクラベルが心を壊した原因の一つだ。自分の言動が他人にどのような影響を与えるのか、それが分からないお前に、いや、心を持たないお前には、人の中で暮らすことは難しかろう。誰もいない所で、一人静かに暮らせば誰にも迷惑は掛けないだろう。」
「ヴィーシニアには責任を取ると言ってあるんです。」
「必要ない。全てこちらで処理しておく。」
「でも、」
「黙れ!王家と公爵家、それに子爵家、全てにこちらが有責で賠償することになっている。特に子爵家は娘を傷物にされたとカンカンだ。たとえお前が言うように彼女に問題があったとしても、彼女の縁談を潰したのはお前なのだからな。」
アシェル伯爵の言葉は、ラクスの心に沁みた。ラクスを激しくなじったわけではないが、これまでの祖父母からの愛情に、後足で砂を掛けるような行動をしたのだということは分かった。今まで他人に注意されると激高して手が出ることが多かったが、今回ばかりは自分の非を認める気持ちになった。
「三日、時間をやる。多少の金も用意しよう。だが、それ以降はアシェル家への一切の接触を禁ずる。荷物をまとめろ。お前にやったものは、馬でも剣でも何でも持って行けばいい。」
「お祖母様には・・・。」
「会わなくてよい。あれはもうショックで寝込んでしまった。」
「手紙はお許しいただけますか?」
「・・・私が中身を見て、渡すかどうか判断する。」
「分かりました。出て行く時に机に置いていきます。」
ラクスは姿勢を正した。
「今まで育ててくださり、ありがとうございました。どうぞお体に気をつけて、長生きしてください。」
ラクスが部屋を出た後、遠くから慟哭の声が聞こえるのをラクスは聞いた。子も孫も失ったアシェル伯爵にとって、バラの妖精とは憎むべき存在なのかもしれない。ラクスは最低限のものを鞄に詰めると、祖母への謝罪と感謝の手紙を認め、祖父からもらった大剣を佩いてその夜の内にこっそりとアシェル家を出た。子どもの頃は、母もまだ微笑んでいた。邸には笑い声が溢れ、華やかな雰囲気だった。初めて「ヴェレッド王のバラ」の黄金の輝きを見た時のことは忘れない。金細工のバラを付けたような、あまりにも光り輝くその花に目を見張ったあの感動は今でもよく覚えている。
この家から、バラの力がなくなった時、「ヴェレッド王のバラ」はどうなるのだろう。
ラクスの疑問は次の瞬間、ラクスの冷たい笑みと共に消え去った。
もうこの家の者ではないのだ。自分が心配したところでどうにもならない。
ラクスの姿は、暗闇の中に溶けていった。この国の人間がラクスを追いかけることはなかった。
・・・・・・・・・・
アシェル家の庭師からアシェル伯爵に、「ヴェレッド王のバラ」が枯れていると連絡があったのは、翌朝のことである。知らせを受けたアシェル伯爵は、
「やはり、そうか。」
と言っただけで、枯れた木を見に行こうとはしなかった。アシェル伯爵は前夜全てを悟っていた。ラクスが出て行ったと思われる時間に、アシェル伯爵はクラベルが作ってくれた黄金のバラを押し花にしたしおりをじっと見ていた。娘も孫も失ってこれからどうやっていこうかと悩み、思わず手に取って見つめていたのだ。だが、突然、アシェル伯爵の目の前でバラの黄金の輝きがみるみる失われていった。アシェル家の「ヴェレッド王のバラ」が終わったのだと、天を仰いだ。
夫人は何とか「ヴェレッド王のバラ」を復活させようとしたが、無駄だった。「ヴェレッド王のバラ」を失ったヴェレッド王国から、バラの妖精の加護が全て消えた。農業生産は管理と労力を必要とするようになった。国境にあったつるバラの壁は存在するだけとなり、他国の侵入は容易になった。他国からの脅威に対応するため、王は軍を国境に置かねばならなくなり、辺境伯家が復活することとなった。各地の辺境伯家はやがて軍閥化し、やがて弱体化した国軍を破って王家を滅ぼすことになる。
・・・・・・・・・・
ラクスは、地図を見ていた。どの国にも所属していないことを確認して、地図をたたんだ。ラクスが今立っているのは、人一人いない、妖精にさえ見捨てられた荒れ地である。アシェル伯爵家を出た後、ラクスはヴィーシニアと連絡を取ろうとした。だが、バラたちは言うことを聞いてくれなかった。おそらくガロファーノの意向が働いているのだろう。子爵家の様子を窺ったが、ヴィーシニアはすでにこの家にいないようであった。どこかに隠されてしまったのだ。約束を守れないことに心を痛めたが、どうしようもない。ラクスは一人でこの荒れ地を目指したのだった。この土地を、ラクスは一人で開拓すると決意していた。自分一人が生きていくためだけに。誰からも見放されたこの土地だけが、ラクスに許された所だったから。
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次話で終結します。
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