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シルエーラが危篤に陥った。王宮は婚約者であるラクスに連絡を取ろうとしたが、ラクスが見つからない。バラたちを使った伝達を王が試みたが、ラクスには届かなかったようだ。アシェル伯爵も慌てて駆けつけ、ラクスを探すよう使用人たちに命じたが一向に見つからない。
それもそのはず、ラクスはヴィーシニアに実家に一度帰りたいと言わせてオレンの家から連れ出し、人気のない別荘地にいたからだ。ラクスはバラたちに何があっても自分たちの邪魔をするなと言いつけてあったため、バラたちはその命令に従っていた。
王宮に駆けつけたオレンは、シルエーラの元に飛び込むと力一杯揺さぶった。
「シルエーラ!起きるんだ!僕を置いていかないで!」
侍女がシルエーラから預かったという手紙を差し出してきた。
「万が一の時は、と言われましたが、今お渡しします。殿下がお怒りになった時は、私が罰を受けます。」
オレンは侍女に礼を述べて、その場で手紙の封を切った。そこには、ラクスの心変わりを嘆くシルエーラの嘆きが切々と書かれていた。そして、王女としてではなく、一人の女性として自分を見てくれてたオレンを選ぶべきだった、と。感謝と謝罪と愛の告白が、そこには書かれていた。青白く細い息のシルエーラを、オレンは見つめた。
「シルエーラ、君はこんなに苦しんでいたのか?どうしてもっと早く僕に言わなかった?陛下たちだって聞いてくださったはずなのに・・・。」
アシェル伯爵は、最後の手段としてガロファーノを呼び出すことにした。手には「ヴェレッド王のバラ」の葉がある。アシェル伯爵はその棘に自分の指を指して血をその葉に落とした。
「ガロ、助言がほしい。来てくれないか?」
一瞬風が吹き込んだような気がした。
「なんだ、父上。」
そこには、バラの妖精ガロファーノが立っていた。
「ラクスの婚約者のシルエーラ殿下が危篤だというのに、ラクスと連絡が付かない。バラたちも沈黙している。どこにいるか分かるだろうか?」
ガロファーノが何か言おうとした時、オレンはガロファーノに向かって言った。
「シルエーラを助ける方法はないのでしょうか?」
「ある。だが、お前にバラの力は使えない・・・いや、使えるか?」
オレンの曾祖父はガロファーノの祖父だ。薄いが王家の血を受け継いでいる。それほど強い力ではない。
「俺が引き出せば、何とかできるだろう。立て。」
立ち上がったオレンのこめかみを片手で掴むように持つと、ガロファーノは一瞬力を入れた。うっというオレンのうめき声がする。唇の端から血が見える。アシェル伯爵はガロファーノがオレンを傷付けようとしているのではないと分かっているが、ハラハラしながら見守った。
「どうだ?これである程度使えるようになっただろう。ラクスには到底及ばないが。」
膝をついたオレンを、アシェル伯爵が助け起こす。
「大丈夫です、ご心配なく。やり方も分かりました。」
「ガロ、まさかあれか?」
「そう。ベルにしたのと同じだ。」
「だが、シルエーラ殿下はラクスの婚約者だぞ?」
「バラに、ラクスの居場所を聞けばいい。ラクスと俺の命令なら俺の方を優先するから、今のオレンになら見えるだろう。やってみろ。」
ガロファーノに命じられて、オレンは使ったことのないバラの力を使う。
「ラクスはどこにいるのか、教えてほしい。」
すると頭の中に靄が生まれ、その靄が晴れると知っている顔が見えた。
「ラクス?」
ラクスはベッドの中で誰かと話している。もう一人、女?次の瞬間、女の顔が見えた。
「ヴィー!」
二人は何も着ていない。ベッドの中で抱き合っている二人を遠隔視したオレンは、拳を床にたたきつけた。
「どうした?」
思わずアシェル伯爵の手を握ってしまって慌てたオレンだが、アシェル伯爵が眉間に皺を寄せて「これは・・・。」とつぶやいたことで、自分と同じものが見えているのだと気づき、握った手に力を込めた。
「裏切っていたか。」
オレンも小さく頷く。今からシルエーラの命を救うためにオリスがすることは、シルエーラにとってラクスを裏切ることになる。だが、ラクスも・・・そしてヴィーシニアも、二人を裏切っていた。両思いのシルエーラとオレンが、その気持ちに蓋をする必要はもうないとオレンは思った。
「シルエーラから直接言われたこともあったが、忘れてくれと言われていた。だが、この手紙で知ったシルエーラの気持ちとあの映像で、僕の気持ちは決まった。僕だってシルエーラを思い続けている。ヴィーシニアはあくまでシルエーラの身代わりとして、シルエーラの意に沿ってもらい受けようと思っただけだ。」
オレンは王と王妃に、シルエーラはこのまま女王にならねばならないのかと尋ねた。他の王家の血を持つ者に委ねられないかと。娘の命と、王家の責務。王と王妃は娘の命を取った。オレンは皆が見ている前でシルエーラに深く口づけた。シルエーラの意識の深いところに潜り込み、シルエーラを探す。シルエーラは鏡台の前に座っていた。
「シルエーラ。」
オレンが声を掛けると、シルエーラは涙を溢れさせながら鏡の向こうを見つめていた。
「オレン。ラクスとヴィーシニアが。」
「知っている。シルエーラも気づいたの?」
「鏡に映るの。見たくないのに、この椅子から離れられないの。このままでは私もう駄目になってしまう。お願い、助けて。」
「やっと僕に助けてって言ってくれたね。」
オレンが鏡を覗き込むと、先ほどオレンが遠隔視したものと同じものが映っていた。
「お前たちは、もういらない。」
シルエーラから鏡台を離した。呆気なく持ち上がった鏡台を遠くに投げつける。派手な音と共に鏡は粉々に砕け散った。やがて鏡が消えていく。
「帰ろう、シルエーラ。もうラクスもヴィーシニアも関係ない。僕と一緒に生きよう。両陛下とも許してくれたよ。もう、自分の思いに従っていいんだ。義務でラクスなんかと結婚しなくていいんだ。僕はシルエーラだけを愛している。だから、一緒に生きよう?」
「オレン!」
オレンの胸に飛び込んできたシルエーラを抱きしめる。そういえば、ヴィーシニアをこんな風に抱きしめたいと思ったことは一度もなかったとオレンは気づいた。
なんだ。僕もヴィーシニアに対して一歩引いていたんだな。
「シルエーラ、キスするよ?」
シルエーラの顔に驚きが浮かんだ後、柔らかい笑顔が浮かんだ。現実世界で今、オレンがシルエーラにしているのと同じ深いキスをすると、シルエーラが溶けたような顔になった。
「さあ、起きて。現実の僕も、今と同じようにキスしているから。」
シルエーラの目がパチッと開く。目の前には、オリスの顔があり、確かに口を塞がれていた。軽くオリスの胸を叩くと、オリスはそっと唇を離してくれた。
「いつまでキスしているのかと思って、ハラハラしちゃったわ。」
シルエーラははっとして声のした方を見た。両親が涙を浮かべながら、微笑んでいる。
「随分情熱的なキスだったわよ。自分の知らないところでいろんな人に見られていたのは、シルエーラにとって誤算でしょうけれども。」
ぼっとシルエーラの顔が赤くなる。オリスはそのシルエーラの頬にもう一度キスをすると、アシェル伯爵に声を掛けた。
「破棄にしますか?白紙にしますか?」
「こちら有責の破棄で。あれは人間社会では生きられまい。アシェル家は養子を取ってその者に継がせよう。」
王と王妃を見ると、黙って頷いていた。
「私は今から破棄のための手続きを取って参ります。」
王と王妃に深々と頭を下げると、アシェル伯爵は出て行った。
「私、本当にオリスと一緒になれるの?」
「ええ、あなたの旦那様はオリスよ。」
王妃が柔らかく笑った。王も頷いている。シルエーラはオリスの手を握った。
「僕たちは、半妖精化してしまいました。妖精の国に行ってしまえば、ラクスも追いかけてくることはできません。このまま行きたいと思います。」
「急ねえ。」
「ラクスからシルエーラを守るためです。」
「今なら俺もいる。二人では妖精の国の門は開かないかもしれないが、俺がいれば中に入れる。行くか?」
「「はい、お願いします。」」
オリスはシルエーラを抱き上げた。親子の別れを済ませると、王妃はその時持っていた真珠のイヤリングを手に取り、シルエーラの手に握らせた。
「形見よ。元気で。」
ガロファーノがバラの葉を一枚放り投げる。皆の目がバラの葉に引き寄せられたその瞬間、三人の姿が消えた。バラの葉が一枚、床に残された。王妃はその葉を拾い上げると、寂しそうに
「行ってしまったわね。」
とつぶやいた。「紫のバラ」の王妃は、「バラの乙女」だったクラベルとエリヤ、そしてその「バラの騎士」だったガロファーノとザイトを見送った形になる。
「私一人になってしまったわ。」
「大丈夫、私が付いている。」
かつての自分の「バラの騎士」が、そっとその胸に王妃を引き寄せた。王妃が泣き止むまで、王はずっと王妃を抱きしめ続けた。
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