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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの子どもたち編

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2-7

読みに来てくださってありがとうございます

よろしくお願いいたします。

 気がつくと、ラクスのことを考えている。ヴィーシニアははっとして隣にいるオレンを見上げた。


 「今日は何だか元気がないね。何かあったのかい?」

 「いいえ、何でもないわ。きっと昨日夜更かししたせいね。読んでいた物語が面白くて止められなかったの。」

 「おや、ヴィーらしくないな。夜更かしはお肌の敵だって日頃あんなに言っているのに。」

 「だって・・・。」


 本当の夜更かしの理由は言えない。誰かにだまされておかしなジュースを飲まされた。おそらくその中に媚薬が混ぜられていたのだろう。男に連れ去られそうになっていたところをラクスが通りかかり、男は慌てて逃げていった。置き去りにされたヴィーシニアはそのままラクスに客室に連れ込まれた。詳しいことは覚えていないが、関係を持ったことだけははっきり覚えている・・・そして、朝、自分の瞳を見たラクスが、シルエーラではなかったのか、と落胆したような何とも言えない表情で自分を見たことも。


 あの目は、何だったのだろう。


 ヴィーシニアはそればかりが気になっていた。隣のオレンの言葉が、今日は入ってこない。


 「ヴィー、今日は本当に疲れているようだ。この後四人で会うのはやめておいた方がいい。ラクスに話を聞いていないってヴィーが叱られるのを見るのが辛いから。」


 ラクスという言葉を聞いて、一瞬からだがビクッとした。


 「どうした?」

 「何でもないわ。そうね、私今日はちょっとおかしいから、このまま部屋で休ませてもらうわね。」


 部屋まで送り届けると、オレンはいつものようにそっとヴィーシニアの額にキスをした。


 「お大事にね。また明日。」


 オレンの優しいキスが、ヴィーシニアは好きだった。それなのに、今日はそれがもどかしい。なぜ唇ではないのか、などと思ってしまう自分に嫌気が差す。


 「ええ、また明日。」


 今日は、これでいいい。これからのことを考えなければ。


 だが、そんなヴィーシニアの思いは、夜、呆気なく砕かれた。


 「なぜ昼間の茶会に来なかった?」


 窓から侵入したラクスに驚いて声も出ないうヴィーシニアを腕の中に囲い、同意もなく激しいキスを繰り返した後で、ラクスは言った。


 「俺の言うことを聞かなければ、お前の秘密をオレンにばらすと言っただろう?」

 「お、お茶会のことはお約束していません。どうしても今日は、会ったらおかしくなりそうで・・・」

 「そうか。罰が必要だな。」


 そのままラクスはヴィーシニアを抱いた。そして、意識を失ったように眠るヴィーシニアを置いて、真っ暗な中、窓から出て行った。


 朝、目覚めたヴィーシニアは、自分がラクスに心を傾けたのだということに気づき、泣いた。優しいオレンを騙していることが辛い。冷たいラクスにいつ捨てられるのかも分からないのにラクスに惹かれていく自分が憎い。あれほど親切にしてくれているシルエーラをも裏切っているなんて、自分は人間以下だ。だが、あの日以来苦しい恋に悩むヴィーシニアの元には夜ごとラクスがやって来てヴィーシニアを抱いていくようになった。背徳感と、あの冷たいラクスに求められているという優越感で、ヴィーシニアはこの恋に溺れていった。溺れながらも罪悪感は募っていく。とうとうヴィーシニアは倒れてしまった。


 「王宮の生活に疲れたんだろう。婚約も近いし、僕の家で静養するといい。」


 オレンの提案で、ヴィーシニアはオレンの所有する家の一つに入ることになった。公爵家の本邸ではないことに不安と安堵という背反する感情の中で、ヴィーシニアはオレンの家に入った。その前の晩、ラクスはヴィーシニアにこう言っていた。


 「逃げられると思うなよ。」


 自分がラクスにとってどんな存在なのか分からない。ただ欲のはけ口にされているだけなのかもしれないと思うことも多い。だが、ラクスの腕の中にいる時、ヴィーシニアは全ての嫌なことを忘れることができた。その後にやってくる悔いの大きさは、日々増しているというのに。


 一方、シルエーラもラクスの異変に気づいていた。以前ほどイライラしなくなったということもあるが、シルエーラを見る目に元々それほどなかった熱が全く消えたように感じられるのだ。ラクスの心が離れたのだとに気づいたシルエーラは、それでも健気に知らぬふりを続けた。だが、シルエーラは愛するオレンを取り戻すことも、結婚相手として思い定めたラクスと近づくことも叶わないという事実に、心が耐えきれなくなっていた。ヴィーシニアがオレンの家に移った頃から、シルエーラは床につくことが増えていった。そんなシルエーラに、ラクスは形式的な見舞いだけ続けた。


 「今日はどうだ?」

 「昨日と同じよ。」

 「早くよくなれ。お前が元気にならないと結婚もできない。」


 私と結婚したなんて思ってもいないくせに。いえ、王配としての力を得るためだから、私なんてどうでもいいんだわ。どこかに女でもできて、その女に入れあげているのかもしれないが、そんなことはばれないようにしておいてほしい。


 王と王妃は心配して、時間があればシルエーラの顔を見に来た。王と王妃の次に顔を出したのは、オレンだった。


 「シルエーラが元気にならないと、僕も元気になれないよ。早く元気になって。」


 ほしい言葉をくれるオレンに、シルエーラは自分の選択が間違っていたのだと激しい後悔をする。オレンとヴィーシニアが婚約寸前でなければ・・・オレンがヴィーシニアを引き取る前だったら・・・もしああだったら、こうだったら、私はラクスとの婚約を白紙にしてオレンを選んだだろうか?


 涙目で見つめるシルエーラの手を握り、オレンは一生懸命に声を掛けてくれる。だが、自分の気持ちで心の中が一杯になってしまったシルエーラには、もう誰の言葉も入ってこない。


 「オレン・・・私、あなたを選んでいればよかった。こんなこと言ってはいけないのだけれども・・・忘れてね、今の言葉。」


 思わずこぼされた言葉に、オレンは動揺した。オレンにとって、所詮ヴィーシニアはシルエーラの身代わりだ。シルエーラがそういうつもりで王宮に呼び出したのだろうとオレンは正しく理解していた。だからこそ、こんな時に自分への愛を告げたシルエーラの気持ちが辛かった。両思いの二人が、王族・貴族の義務を果たすために、引き裂かれたのと同じなのだ。


 「せめて、ラクスがシルエーラに優しく、愛していると誰もが分かるようにしてくれれば、僕だってこんなに辛い思いをしなかったのに。」

 「オレン・・・。」


 二人はそれ以上のことを望まない。ただ握りあった手の温かさだけが、二人の思いを伝え合っていた。


 シルエーラを見舞った後、ラクスがやってくるのに気づいたオレンは、思わずラクスに掴みかかかった。


 「シルエーラの侍女から聞いたが、お前、一日に一度5分程度しかシルエーラの所に顔を出さないそうだな。どういうつもりだ?」

 「どういうつもり?辛いんだからしっかり休めるように配慮している。お前こそ病人の元に長時間いるべきではないだろう。配慮がないのはお前の方ではないか!」

 「シルエーラはさみしがっている。病気というよりも、心が弱っているんだ。婚約者のお前が寄り添うべきだろう?」

 「シルエーラに、仕事を頼まれている。その仕事を放り出してシルエーラの傍にいろというのか?シルエーラの依頼を果たさないことが、シルエーラの気持ちに添うことだと言うのか?」

 「そうではない!もっと時間を作って会ってやれと言っている。」

 「お前は」


 ラクスは襟元を握ったままのオレンの手を払いのけると、冷たい声で言った。


 「お前はシルエーラに選ばれなかったのだ。そこを考えろ。」


 ラクスは襟元を整えると、にやりと意味深長な目をした。そしてシルエーラの部屋に入っていった。ため息しか出ない。オレンはヴィーシニアのいる家に行くことにした。本邸での生活とは別に、こうやってヴィーシニアのところにも忠実に顔を出す。オレンは体がいくつあっても足りないほど忙しいというのに。


 「オレン様。」


 ヴィーシニアがぎこちなく微笑む。いつからヴィーシニアはこんな笑い方をするようになったのだろうか。


 「ただいま、ヴィー。」


 優しくヴィーシニアを抱き寄せようとすると、怯えたように体がビクッとすることが最近増えた。


 「ヴィー、何かあった?」

 「な、何もありません。心穏やかに暮らしています。オレン様のおかげです。」


 やはり、ヴィーシニアは少し変だ。


 「でも、公爵家の勉強がなかなかはかどらなくて・・・少し緊張や疲れが溜まってきたのかもしれませんね。」


 作り笑いが、寂しい。オレンは今日、一つ心に決めてきていた。


 「ヴィー、キスしたい。」


 はっとしたように顔を上げたヴィーシニアの唇にそっと自分の唇を押し当てたオレンは、かすかに震えるヴィーシニアをぎゅっと抱きしめた。


 「無理しないで、僕の未来の奥様。」


 突然ヴィーシニアは泣き出した。何か不快なことを言ってしまっただろうかと、オレンは慌てた。


 「ごめん、何が嫌だった?」

 「嫌では、ありません。ただ、うれしいのと、驚いたのと・・・。」


 だが、その泣き方はうれしい時の泣き方ではないはずだ。


 「今日はこのまま帰るよ。せっかく夕食を用意してもらったが、ヴィーがこれでは無理をさせそうだから。」

 「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・。」


 侍女にヴィーシニアを預けると、オレンはまた明日、と言って額にキスをして帰って行った。


 ヴィーシニアに礼儀正しく接するオレン。紳士的なオレン。自分を無邪気に愛してくれるオレン。それはうれしいはずなのに、ヴィーシニアには物足りない。ラクスに溺れていく自分、そんな自分だと知らずに接してくれるオレンに、ヴィーシニアの心は揺れる。あの男は深夜にまたやってくるだろう。そして、いつものように愛し合うのだろう。


 「私はどこで何を間違えてしまったの?」


 侍女だけに聞こえたつぶやきは、ないものとされて空気に溶けていった。


読んでくださってありがとうございます

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