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シルエーラはオレンへの愛を完全に捨てきれずにいた。だが、国のためにラクスを選んだのだ。王女としての責務を果たすために一番の選択だということは自信を持って言える。とは言え、オレンは今までより一歩引いた態度を取るようになり、話を聞いてほしいラクスには聞いてもらえない。シルエーラは誰にも相談できずにいた。
私の覚悟が揺れているから、こんなことになるんだ。
シルエーラはオレンへの愛を封印するために一計を案じた。遠縁の少女を一人王宮に呼び、行儀見習いとして王宮に滞在できる資格を与えた後で、シルエーラはラクスとオレンに少女を紹介した。
「私の母方の従姉妹に当たる、ヴィーシニアよ。家は子爵家で、行儀見習いのために王宮に来ることになったの。私の傍にいることも多いと思うから、よろしくね。」
ヴィーシニアと呼ばれた少女が顔を上げると、ラクスとオレンの二人が息を呑んだ。
「おい・・・」
「これって・・・」
顔を上げたヴィーシニアは緊張した面持ちで、ヴィーシニアです、と名乗った。シルエーラと瓜二つの顔がそこにあった。違いを強いて言うならば、瞳の色が緑のシルエーラに対し、ヴィーシニアの瞳は青だということくらいだ。王女と子爵令嬢では中身には違いがあるだろうが、影武者ができるレベルである。
「母も伯爵家の人間だったから、叔母が子爵家に入るのも変ではないでしょう?巡り合わせで私は王女になったけれど、本来は伯爵家の娘だったはずだもの。せっかくの機会だからヴィーシニアにも宮廷の作法を勉強してもらって、どなたかと縁組みできないかと思っているの。」
「そうなのか。」
ラクスの興味はあまりにも似ていることにあった。
「王妃様と叔母上は、よく似ていらっしゃるのか?」
「そんなことはないけれど、お母様たちの話では私たち、曾祖母様によく似ているらしいわ。伯爵家に姿絵があると聞いたことがあるけれども、私たちは見たことがないの。」
「そうなのか。こうしてみると、本当にそっくりで区別がつかないよ。」
シルエーラとヴィーシニアはふふ、と同じように笑った。笑った顔も同じなのかとラクスは不思議に思った。オレンがヴィーシニアを食い入るように見ているのがなぜか分からなかったが、ここのところ元気がなかったオレンが元気になるかもしれないと思うと、悪い気はしなかった。
それ以来、四人で行動することが増えた。最初は緊張していたヴィーシニアも次第に慣れ、若い娘二人の笑い声が王宮には響くようになった。そして、シルエーラの目論見通り、オレンはヴィーシニアに求婚した。正式な婚約はまだ先だが、結婚前提での交際を始めた二人はいつも楽しそうだ。
そうなれば自分の恋心も捨てられる。そう思っていたシルエーラだったが、オレンへの気持ちはかえって大きくなっていった。氷のようなラクスの態度に、シルエーラでさえ話しかけるのをためらうことが少なくない。だがオレンとヴィーシニアの間にあるのは、温かな雰囲気と笑顔、そして相手を思い合う心だ。それはシルエーラとラクスに間に望むべくもないものであり、それを思い知らされる度にシルエーラの心も凍ってしまいそうだった。
悪いことは重なるもので、この頃からラクスとオレンの考え方の違いが決定的になっていった。ラクスは小さい頃から父ガロファーノの影響を受け、王家はいつか倒すべきだと考えている。今は譲歩してラクスが改革するという考え方になっているが、たとえシルエーラと結婚したとしても現状でよいという考えにはなれない。だが、オレンはラクスがシルエーラの王配となればそこで改革ができるのだから、革命的な改革までする必要はないと考えている。
「悪い所は変えよう。でも、今の制度でも十分に機能していることはある。全てを変えてしまうと、国が混乱してしまう。」
「混乱の中で必要なことを考えるんだ。現状維持をベースにした考え方では、この国はバラの妖精の加護がなくなったとたんに滅びることになる。」
「だから、バラの妖精を大切にしているんじゃないか。」
「いや、バラの妖精の力を当てにして努力しない者が多すぎる。だから、先代のバラの妖精のような者に支配されてしまう。妖精は決して善なる存在ではない。必ず対価を要求する生き物だ。そのリスクを考えずに使い続けるのはよくない。」
「お前が押さえればいいだろう、ラクス!」
「俺は完全な妖精ではない。それに父上がいる。父上は元人間だ。そんな父上でさえ、今のやり方では駄目だと考えているんだ。」
「僕はとにかく、強硬手段には反対だ!」
「お前の意見など求めていない!」
と、いう具合である。毎日一日中繰り返される口論を聞き続けたシルエーラは、心労で寝込みがちになっていった。シルエーラがいない場であっても、ラクスとオレンの口論は続く。
「力尽くでこの国を奪うこともできるのに、それをしないで改革しようと言っているんだ。この国の矛盾を解消するために必要だろう?」
「僕が言っているのは手段のことだ。目的ではない。」
「既得権益を持つ者に対しては強硬手段もやむを得ない。」
「いや、話し合わなければいつか不満が爆発する。」
「それこそ力で押さえつければいいんだ。」
ラクスはオレンたちとの口論に疲れた。久しぶりにシルエーラの顔が見たい、とラクスは思った。優しくて、美しくて、その瞳の緑に吸い込まれそうになる。これが愛とか恋とかいうものなのか、ラクスには分からない。ラクスの物心が付いた時には、クラベルとガロファーノの歯車はかみ合わなくなっていた。愛し合っているはずなのに、その方向性がずれて修正ができないほどになっていた。「世紀の結婚」と当時は言われたらしいし、お互いを見る目に多くの娘たちが卒倒したという伝説を持つ夫婦であったはずなのに。妖精の国に戻ってお互いだけを見つめ合える環境に置かなければ、二人はお互いを思う余りに引き裂かれていたかもしれない。
父上と母上の愛情は、またかみ合うようになったのだろうか。
ガロファーノには、妖精の国への出入りを禁じられた。クラベルの心を戻すために必要な処置だと言われてしまえば従うほかない。二人の様子を知ることもできず、自分だけ祖父母のところに置き去りにされたように感じていた。シルエーラには本心を聞いてほしいと思っているが、怯えるシルエーラを見るとどうしてもそれができなかった。ラクスは自分が「氷のバラ」と影で呼ばれていることを知っている。妖精の心が人間の心を封じ、いわゆる人間らしさが表面に出ないラクスの心を慮れるのは、今ではアシェル伯爵夫妻を初めとするアシェル家の者たちだけである。そこに、シルエーラにも加わってほしい。ラクスはそう思っていた。
ラクスがシルエーラを訪ねようとしたのは、既に日が落ちて人の顔が判別しにくくなる時間帯だった。シルエーラの部屋に行く途中で、ラクスはシルエーラを見つけた。
「シルエーラ?」
だが、シルエーラは答えない。ふらふらと歩いている。
「シルエーラ、どうした?具合が悪いのか?」
抱き寄せたシルエーラからは、だがアルコールと薬品の強烈な匂いがした。シルエーラはアルコールを飲むことはない。まさか、誰かに飲まされたのか?
「オレン?なんか、ジュースを飲んだら体がおかしいの。」
潤んだ目で見上げるその顔は、紛れもなくシルエーラだった。だが、シルエーラはラクスではなく、オレンの名を呼んだ。ラクスは一瞬にして怒りが体を支配したのを感じた。シルエーラに無理矢理口づけをすると、シルエーラは最初抵抗したが、その内おとなしく受け入れた。くたりと体をラクスに預けると、ラクスは焼き切れそうな理性の存在を疎ましく思いながら、近くの客室にシルエーラを連れ込んだ。
・・・・・・・・・・
翌朝、目を覚ましたラクスは違和感を感じていた。腕の中にいるのはもしかしたらシルエーラではないのではないか、勘ではあるがそんな気がしていた。果たして、目を覚ました女の瞳は青かった。
「ラクス、様?」
「シルエーラではなかったのか。」
何とも言えない表情をするラクスに、ヴィーシニアははっとした。
「私・・・。」
「お前、男がいたんだな。」
ヴィーシニアの顔が青くなる。公爵継嗣となるオレンと正式な婚約まで秒読みと言われる中で、最も知られたくない秘密をラクスに知られてしまったのだ。そっと離れようとするヴィーシニアを、ラクスの手が掴んだ。
「お前、俺とのことは黙っていろ。お前のことは言わないでおいてやる。」
コクコクと首肯すると、ラクスはさっと立ち上がり、服を着て出て行ってしまった。ヴィーシニアは知られてはならない秘密が増えたことにため息をつきながら、一人で着替えられないことに気づいて顔を更に青くした。
「ヴィーシニア様、こちらにいらっしゃると伺いましたが・・・。」
侍女の声がする。実家から連れてきた侍女は、ヴィーシニアの乳母でもある。侍女はそっと中に入り、事情を察した。
「ラクス様から、ヴィーシニア様のお手伝いをするようにと言われました。見たことは一切他言無用と・・・そういうことでしたか。」
気まずくてヴィーシニアは黙り込んだ。
「私も共犯です。とにかく、黙っていましょう。そして、なんとしてでもオレン様と結婚するのです。結婚さえしてしまえば何とでもなります。それに、あのオレン様が女性のことにお詳しいとは思えません。」
ヴィーシニアの侍女は、男爵家に嫁いだ裕福な庶民の生まれだ。だから、貴族としての常識と言っても庶民に近いもの。上流貴族の常識やしきたりなどを知るはずもない。結婚してしまえば何とかなるなどという考えが上流貴族では通用しないことを、侍女は知らない。
侍女に手伝ってもらって服を着ると、誰にも見られないように客室を出て自室に戻った。
これから私はどうなってしまうのだろう。
優しくいつでも自分に寄り添ってくれるオレンを裏切ってしまった。その上、オレンの天敵になりつつあるラクスと関係を持ってしまい、自分の秘密もばれてしまった。シルエーラには申し訳ないが、王宮を出た方がいいかもしれない。だが、まだ今日は動けない。今日も四人で会う予定が合ったことを思い出す。重い気持ちのまま、ヴィーシニアは今日の衣装を選び始めた。
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