2-10
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最終話となります。
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200年後、ラクスの開墾した土地には農家や牧畜農家たちが住み着くようになっていた。ヴェレッド王国はとうの昔に消滅し、今は全く違う国となっているらしい。ラクスは人々と共に大地に根付いた仕事をすることで、こういう生活が自分には適していて、政治的な駆け引きは性に合わなかったのだと気づいた。やはりバラの妖精の力を受け継ぐものだからだろうか、植物と触れあうと心が落ち着いた。
新しくやってきた一家の中に、セレサという娘がいた。シルエーラによく似たセレサは、ラクスを手伝い、助けてくれた。明るく一生懸命なセレサと次第に心を通わせるようになったラクスは、不思議な感覚を感じていた。セレサとずっと一緒にいたい、大事にしたい、守りたい、この人のためなら自分が傷ついても構わない。そんな思いは、シルエーラにもヴィーシニアにも持たなかったものだった。ラクスはもしかしたらこれが愛というものなのではないかと思うようになっていた。200年経たなければ分からないなんて自分は本当に心が分からない奴だと自嘲するしかなかった。
セレサと思いを交わし、夫婦になり、子どもも生まれた。だが、セレサは人間の娘。数十年後には死別してしまった。
「私、あなたのことをずっと愛しているわ。あなたが私の所に来るのはずっと後だろうけれども、私、向こうで待っているから。」
セレサはそう言って、逝ってしまった。子どもたちや孫たちに囲まれても、セレサと過ごした日々のような充実感を得ることはできなかった。ラクスは自分が四分の三妖精であるという現実の残酷さに打ちのめされた。人間と主に生きていくことが辛いと感じたが、父ガロファーノに禁じられており、妖精の国に行くこともできない。あと700年あまりの寿命をどう使えばいいのか、ラクスは孫が自分より先に死んでいく頃になると、そんな悩みに苦しむようになった。
エグランティエがローズに執着したのは異常だと思っていた。父ガロファーノが母クラベルに執着するのも異常だと思っていた。だが、今自分が死んで随分経つセレサを思う気持ちと、彼らの執着が何ら変わりないことに気づき、それにも絶望した。一人の女しか愛せないバラの妖精の執着心が遺伝していくことは、呪いだと思うようになっていった。
開墾した土地の人々は、ラクスがほぼ妖精だと知っている。だから、まるで神のように扱われ、いつまでも若い姿でいることにも疑問を持たなかった。若い娘を献上されることも度々あったが、好きな男のところへ行けといってそっと逃がし続けた。開墾した土地に人が増え、愛し合う夫婦が増え、子どもが増えていく。そこには様々な愛の形があったが、バラの妖精の呪われた執着心のような愛はなかった。人間には理解してもらえないと思うと、ラクスはますます孤独感に苛まれ、すり切れていくセレナの姿絵だけが心の拠り所となっていった。人間はラクスを何とか喜ばせたいと考えてくれたが、どれもラクスの心を癒やすことはできなかった。
そんなラクスの元に、ガロファーノとクラベルが現れた。約300年ぶりに会った両親は、ラクスの記憶のままの父と母だった。
「父上・・・母上・・・申し訳ありませんでした。」
「もういいのです。アシェル家は断絶しました。あの国と最後を共にしたのです。お父様も、お覚悟の上だったはずです。」
「いえ、私は母上を傷付けました。何も知らないくせに、自分には力があると思い込んで母上をないがしろにしてしまいました。」
「もういいのよ、ラクス。もう300年も前のことじゃない。それに、私はガロに妖精の国に連れてきもらってから、とても幸せに暮らしているの。私は幸せなのに、我が子が苦しんでいると分かって、何かできないかと思ってここへ来たのよ。」
クラベルとラクスは、今や同じくらいの年に見える。だが、母にとってはどれほど大きく成長しても我が子なのだ。おずおずと手を差し出すと、クラベルはラクスの頭を撫でた。
「本当に大きくなったのね。」
「母上・・・。」
ガロファーノが咳払いをすると、クラベルはあら、と声を上げて笑った。母親の笑う顔を見るのは何年ぶりだろう。
「ラクス。よく聞け。俺たち二人は寿命を分け合ったので、寿命は最大で500年まで。残りは200年ほどだ。だが、その200年の間は、お前は妖精の国に入ることができない。俺が決めたことではなく、妖精王の決定だからどうしようもない。今、お前のためにできることを考えてやりたい。何か望みはあるか?」
ラクスは愛する者が先を越して死んでいくのが辛いと訴えた。愛する者は既に無くなり、この先700年をどう生きればいいのは分からないと泣いた。クラベルは困ったような顔をし、ガロファーノを見た。ガロファーノは言った。
「妖精は半分ずつ命を分け与えることができる。お前が本当に愛する者を見つけた時、半分分ければ良い。」
だが、セレサは既に100年も前に死んでしまっている。
「愛する者が見つからなかった時は」
とガロファーノが続けた。
「オレンとシルエーラは元々妖精としての力が弱く、その上寿命を分け合ったから、もう残りがあまりない。バラの力も、お前の方がはるかに強い。お前は俺が死ぬ200年後からの500年間を、バラの妖精となって世界を見守れ。この土地を守るもよし、世界各地を回ってバラたちと協力するのもよかろう。ただ、人間を傷付けず、自然を必要以上に傷付けず、いうなれば人と自然の調停者として生きればいい。」
決してラクスにとって幸せな回答ではなかった。だが、自然と人間の調停者と言われて、ラクスはセレサを思い出した。無理な開墾を避け、灌漑には流す水の塩分濃度に気をつけ、近くの動物たちの獣道をできるだけ途切れさせないように、などとセレサはいつも言っていた。
そうか、セレサの言っていた「共存方法」を、人々に伝えればいいのか。
ラクスはそれ以来、セレサが教えてくれた共存術を人々に教え続けた。自分勝手な開発をしようとする人間に攻撃されることもあったが、自衛のためだけにバラの力を使い、決してこちらから手を出さないようにした。やがて、無理な開発から脱却した土地から、塩害がなくなったとか、生き物が増えたとか、そんな知らせがラクスの元に届くようになった。バラたちは人間に壊されようとして悲鳴を上げている土地の声を、率先してラクスに届けるようになった。ラクスはバラの声に応え、自然の声に耳を傾けた。人間と自然の調停者として、いつの間にかラクスは「緑の妖精」と呼ばれるようになっていた。セレサの自然と共存したいという願いを叶える。その思いを持ち続けたまま、月日が経った。ラクスが木を植え、水を通し、開いた土地は農業の先端を行く土地と呼ばれるようになった。
・・・・・・・・・・
約束の1000年が来た時、ラクスの前に妖精の国の門があらわれた。
「ガロファーノもクラベルも、オレンもシルエーラもいない。だが、お前には妖精として死ぬ権利がある。だから、門を開いた。」
妖精王はそう言ってラクスを迎え入れた。ラクスの周りには、黄金のバラが咲き乱れている。アシェル家の庭で咲き誇っていた、あの黄金のバラだ。ラクスはその根元に身を横たえた。
「お前は罪を自覚し、人と大地の絆を結ぶために働いた。それを認めて、死ぬ前に一つだけ願いを叶えてやろうと思う。何がいい?」
ラクスは少しだけ考えた。そして、妖精王にこういった。
「黄金のバラを絶滅させてほしい。」
黄金のバラは、人間の娘ローズに執着したバラの妖精エグランティエが生み出した、執着そのものと言える花だ。バラの妖精の血を引く者たちを「呪い」から解放するには、この黄金のバラをこの世から消せばよいと気づいたのは、つい最近のことだ。ラクスは、バラの妖精の血を受け継ぐ者が、その血が薄まったとは言え一人の女性に執着して苦しんでいる姿をたくさん見てきた。同じ血の呪いを持つ者として、どうしたら良いのか考え続けてきた。人間の世界には既にないはずのヴェレッド王の黄金のバラだが、もし地上のどこかに存在しつづけたならば、きっとこの呪いは生き続け、子孫を苦しめるだろう。だから、ラクスは願ったのだ。一人の女に執着して苦しむ、そんな歪な愛がこの世からなくなることを。
シルエーラにもヴィーシニアにも本気になれなかったが、唯一セレサだけは愛せた。そのセレサの死別後の700年が、どれほど寂しいものだったか。二度と同じ思いをする者がいてほしくない。妖精王は、良かろう、と一言告げた。
次の瞬間、黄金のバラから蔓が伸びてラクスの体を包み込んだ。蔓が元に戻った時、ラクスの姿はなかった。そして、バラから黄金のバラが咲くことはなくなった。バラの妖精の血を引く者たちも、執着する愛から解き放たれた。
ラクスが最後の瞬間に見たのは、セレサが腕を広げて笑顔で自分を待つ姿だった。ラクスを呼ぶ懐かしい声が聞こえる。セレサの周りには、白いバラが咲いている。これは、「クリームシフォン」だ。
「クリームシフォン」は・・・アシェルの、純粋に人を愛する心は残ったんだな。
白いバラは何も言わないが、肯定するように揺れていた。
読んでくださってありがとうございました。
第二部は甘い愛ではなく、愛とは何か分からずに苦しむ人、執着型の愛の苦しさのようなものを書いてみたいと思って書きました。甘い物がお好きな方にはお口に合わなかったかも知れません。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
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