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王兄夫妻が新国王夫妻となって6年後、ラクスは10歳になっていた。今日、ラクスは王宮に上がっている。王女シルエーラの将来の伴侶候補として選ばれた年の差5歳以内の伯爵家以上の男児たちが、シルエーラと謁見するために呼び出されたのである。今のところ国王夫妻にはシルエーラ以外の子はなく、このままであればシルエーラは女王となる。王配に選ばれるのは各貴族家の継嗣以外となるから、アシェル家の継嗣であるラクスはいわば人数合わせと言ってもいいはずだ。ラクスはこの退屈な時間に飽きていた。誰もがシルエーラに媚びを売り、シルエーラに気に入られようと躍起になっている。ラクスは早く家に帰ってバラの力を使いこなすための練習がしたかった。
「お兄さん、お名前は?」
突然目の前に現れた幼女と、手をつなぐ少年に、ラクスははっと意識を現実に戻した。
「アシェル伯爵家のラクスと申します。以後お見知りおきを。」
「ラクスね。シルエーラよ、よろしくね。」
「私は公爵家のオレンです。よろしく。」
年下だが相手は王女と公爵家継嗣だ。下手に出るしかない。四分の一でも人間であることが、ラクスには面倒でならない。
「ラクス、あなたバラの力が使えるのよね?」
「それは、王家以外には秘密事項となっているはずですが。」
「いいのよ。知らない人なんていないんだから。いつか見てみたいわ。」
「見世物ではありませんので。」
「そんな言い方をしなくてもいいのでは、ラクス殿?」
ラクスはふんと鼻を鳴らした。
「この場は王女殿下の将来の伴侶捜しの場と窺っております。私は伯爵家の継嗣で、該当しません。どうぞ他の令息たちとご歓談ください。」
「変な人ね。ただみんなで仲良くしてはいけないの?」
「目的がある会です。目的を果たしてください。それが王女殿下の務めです。」
「そう。つまらない人ね。オレン、行きましょう。」
「ラクス殿、失礼する。」
二人が去って行く。オレンも公爵家継嗣なら結婚できないじゃないか。ま、気があったというなら仲良くやってくれればいい。僕には関係ない人たちだ。
だが、ラクスの思惑は外れた。その日以来、オレンとラクスがシルエーラの婚約者候補として毎日を一緒に過ごさねばならなくなったのだ。初めは二人を遠巻きにしていたラクスだが、シルエーラとオレンにお兄様呼ばわりされているうちに、一人っ子のラクスには何だか不思議な感情が湧いててきた。それは、兄弟というものに近い感覚なのかもしれない。頼られるのが心地よかった。すごい、と言われるのもいい気分だった。シルエーラ笑顔が可愛い子だった。オレンはポワポワとして癒やし系だった。
心根の素直な二人と過ごすことでラクスには変化が生まれていた。人間を見下すことが減ったのだ。それは、母クラベルが誰にも言わずに国の邪気を払い続けていたと知ったこともあったのかもしれない。妖精の国は楽しかったが、基本的に他人には無関心だ。関心を持ったら最後、どちらかが死ぬまで執着し続ける。ラクスは要請から関心を持たれないように、こちらからも妖精には関心を持たないようにしてきた。他者との距離感というものがずれているのは、仕方がないことなのかもしれない。そんなラクスにとって居心地のよい二人。それが妖精としてのラクスに悪い影響も与え始めていた。シルエーラへの興味である。女性として好きか嫌いかという話ではない。そもそも幼女にそういう興味を持つことはない。この居心地の良い雰囲気をどうやって出しているのか、なぜ作れるのか、それが気になってしまったのである。
シルエーラは、ラクスがようやく自分に興味を示したと純粋に喜んでいた。オレンと喧嘩をすることもなく、いつも三人一緒にいた。父ガロファーノから、王家はお前が潰すのだと言われてきたが、シルエーラのためならこのまま残してもいいと思うようになっていた。
シルエーラは15歳になった。正式に婚約者と決めなければならなくなった時、シルエーラは悩んだ。本当はオレンを愛している。だが、バラの力が弱まった王家にとって、ラクスの力は喉から手が出るほどほしいものだった。シルエーラは責務と自分の心の間で揺れた。
本当に困った時、相談相手になってくれるのはオレン。だが、物理的に守ってくれるのはラクスになる。オレンにもバラの力の遺伝子は入っているけれども、実際にラクスのように力が使えるわけでもないし、どれほどの力なのか分からなくてはラクスを押す多くの貴族家を説得できない。悩み抜いたシルエーラは、ラクスを婚約者に選んだ。ラクスは将来アシェル伯爵を兼務し、ラクスとシルエーラの子が複数生まれれば、王家とアシェル家それぞれを継ぐことも決まった。オレンは少しだけ寂しそうだったが、おめでとうと祝福してくれた。ラクスもシルエーラも、これで良かったのだと思えた。
だが、その頃からクラベルが意識を取り戻す時間が、極端に短くなっていた。それは、人間の悪意をバラの力を使って浄化しようと妖精としての力を使い過ぎ、寿命が縮んだからだった。ガロファーノはクラベルを叱った。
「どうしてこんなになるまで、俺に黙って浄化なんてしていたんだ?」
「3歳のラクスに、何もできない奴だって罵られたの。それで、私だってできることをしているって見せたかった。それに、王宮では実際に邪気が払えなくなって困っていたでしょう?」
「ベルを王家から守るために、王家を潰す工作をしてきた。だが、ベルがこんなになるまで俺はベルを放っていたのか?」
「あら、直接会うのは1年半ぶりよ。」
「は?」
「あなたは1年半、ここに来なかったの。ラクスには会いに来ていたようだけれど、私には用がなかったのね。」
「ちょっと待て、1年半って・・・。」
「本当よ。ガロはもう私に・・・こんな体になった私になんて会いたくないんだと思っていたわ。」
かすれるような声に、かすかな抗議の響きを聞き取る。何か言おうと言葉を探している内に、クラベルはまた意識を失ってしまった。
「お嬢様の話では、また黒い沼のようなものが夢に出てきて、お嬢様を引きずり込もうとしてるのだそうです。以前同様のことがあった時にはガロファーノ様が助けてくれた。でも今回は自分一人で対処しなければいけない。ガロファーノ様が忙しくて頼るわけにはいかないからって・・・。私たちはガロファーノ様をお呼びしてはどうかと何度も申し上げましたが、お嬢様は首を縦に振ってはくださいませんでした。ラクス様もあの通りで、お嬢様を下に見ていますので・・・。」
「ベルを下に見ているとはどういうことだ?」
「母親として認めていません。力を持っているはずなのにそれを使おうとしない怠惰な半妖精は、能力のない人間と同じと仰いまして・・・お嬢様は、これではラクス様が将来アシェル家を継いだ時に困るからと散々注意なさいましたが、力で捻じふせればいいと取り付く島もありませんでした。」
「ラクスが、ベルを?」
「はい。使用人、護衛騎士、全員証言できます。」
ガロファーノは顔を手で覆った。辛い思いをしているクラベルを放って、今まで自分は何をしていたのだろう。将来のためにと思って自分なりに様々な工作をしてきたが、クラベルはガロファーノに助けを求めることすらできないほど、ガロファーノを遠い存在としてしか認識できなくなっていた。全てガロファー自身が撒いた種である。
ガロファーノは一晩、クラベルに付き添った。意識を探ろうにも、探れなくなっていた。ザイデルバストに魔術を掛けられた時はクラベルの心は魔術に抵抗していたし、黒い靄もまだクラベルの中に入り込んでいる最中だった。だが、今のクラベルは邪気に触れ続けて知らず知らずの内に自分にも取り込んでしまっていた。それも年単位である。クラベルは完全に黒い靄の向こうにいて、その姿を確認することができなかった。これ以上邪気に触れ続けたら、クラベルは壊れる。ガロファーノは決心した。アシェル伯爵にこれまでしてきた工作を伝えた。そして、クラベルを守るために妖精の国に連れて行くと告げ、ラクスの今後を頼んだ。
「ガロ。子育ては分担しろとは言ったが、協力することを忘れていたのではないか?」
ガロファーノには痛い言葉だ。
「どうしても俺の力が必要になったら、『ヴェレッド王のバラ』に伝えてほしい。そうすれば、連絡が取れる。」
ガロファーノはクラベルを抱き上げると、ラクスの部屋に入った。ラクスはこれから王宮に行く所である。
「ラクス。お前は母を壊しかけた。そんなお前にシルエーラを幸せにできるとは思えない。よく見ろ。お前はシルエーラをこんなふうにしないと誓えるか?」
ラクスは黙り込んだ。この件については、自信がないのだ。
「自信がないのなら、シルエーラとの婚約を早めに辞退しろ。バラの妖精は本来愛の妖精だ。人を愛せないお前に、力を使う権利はないものと思え。」
ラクスの返事も聞かずに、ガロファーノは転移した。慌ててアシェル伯爵の部屋に行き、そこで初めてガロファーノとクラベルがもうこの邸には戻らないことを知った。
お別れさえ言わせてもらえなかった。両親に捨てられた。そんな思いがラクスの胸をかき乱す。
「私たちがラクスについている。王女殿下については、ラクスがしっかり考えて決めればいい。お前は私たちの可愛い孫なのだから。」
なぜ優しい母を虐げてしまったのだろう。後悔が渦巻く。シルエーラとオレン、三人でいればいつも楽しかったのに、今日は駄目だった。シルエーラは心配してくれたが、今日は一人にしてほしかった。心を閉ざしたようなラクスに、シルエーラも戸惑いを隠せない。ラクスは今日は帰ると言って、早々に帰ってしまった。おろおろするシルエーラに、オレンがそっと言った。
「ラクスのことだから、きっと何かあったんだ。僕たちのどちらかにでも吐き出してくれるようになると、ラクスもきっと生きやすくなるのに。」
心を開こうとしないラクスと、このまま結婚してもいいのだろうか。シルエーラは不安でたまらない。本当に好きなオレンは、いつでも優しい言葉を、ほしい言葉をくれる。
間違えたかもしれない。
シルエーラの悩みは尽きない。
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