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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの子どもたち編

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2-3

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 エリヤ王妃はクラベルに責任を押し付けられず、逆に国民や貴族たちからバラの管理能力に問題有りと糾弾されることになった。


 こんなはずではなかったのに。


 エリヤ王妃は本来聡明な女性である。クラベルに対する自分の劣等感が生み出した幻想によって本来の思考ができなくなり、誰もが悪手だと思うような手ばかり打つようになっている。この現状を変えようと打つ手もまた悪手であった。父侯爵は娘の異変に気づき、アシェル伯爵とクラベルのことを考えるな、放置しろと助言したが、エリヤ王妃が首を横に振った。


「このままでは、王家がないがしろにされかねない。それに、私にはまだ子どもがいない。アシェル家には嫡男が誕生しているのよ!急がないと、その子に王位を取られてしまう」

「子どもは授かり物だ。焦ったところでどうにもなるまい」

「でも、そこで権力のバランスが崩れるのよ!」


 エリヤ王妃は爪を噛んでいる。侯爵令嬢だった頃にはなかった癖だ。侯爵は、娘が王妃になることに賛成したことを後悔した。あのまま、バラの騎士だったザイドと2人で侯爵家にとどまっていれば、2人ともこんな苦労はしなかっただろうに。ガロファーノとクラベルを恨みたい気持ちもあったが、ガロファーノを妖精にしてしまったのは前国王と前バラの妖精だ。


 はあ、と大きくため息をついた侯爵は、愚痴をこぼせる相手を探しにとぼとぼと歩いて行った。


・・・・・・・・・・


 しばらく後、エリヤ王妃からアシェル伯爵とガロファーノに対し、このような申し出があった。


「今後王女が生まれたら、ラクスと結婚させてラクスを王にする」


 エリヤ王妃が自分の血筋を残し、王太后となった後も侯爵家の影響力を王家に残すために思いついたのが、この政略結婚だった。だがアシェル伯爵とガロファーノに一蹴された。


「王女が生まれなかったら、ラクスはどうなるのですか? ラクスにいつまで結婚するなと言うおつもりですか? それとも、アシェル家を断絶させようという策略でしょうか?」


 アシェル家にだって、ラクス以外の子どもが今後生まれる可能性はもちろんある。だが、まだ生まれてもいない子どもという材料を使ってまで取引をしようとするエリヤ王妃に、アシェル伯爵もガロファーノもうんざりしていた。


「すぐにやっていいのであれば、バラの力を使ってこんな国乗っ取れるのに」


 ガロファーノの思考は、極僅かずつだが妖精に引きずられるようになってきていた。それは、執着する人間以外のことはどうでもよく、他人の不幸を顧みない性格になりつつあるということだった。アシェル伯爵との関係はこじれていないが、アシェル家以外の者とのやりとりにおいて、この傲慢さや自分勝手な点が少しずつ露呈し始めていた。


「駄目だ。クラベルやラクスに悪意が向けられるようなことはしてはならない。それは夫として、父として、やってはならぬことです」

「分かっている。駄目だな、人間の時のような忍耐が少しずつ失われている。それが自分でも怖い時がある」

「私が付いています。ガロは私の息子なのですから」


 こういう時のガロファーノは、人間らしい表情になる。以前の、屈託のない明るさ一杯の顔だ。


 このまま大人になれたら、みんな幸せなのに。


 アシェル伯爵は、クラベルの元に向かって転移したガロファーノを思う。全て、前バラの妖精エグランティエが人間の娘ローズに執着したことから始まった「呪縛」だ。バラの妖精の力を手に入れた王家の男たちは、一人の女性に執着するという問題も今も内にはらんでいる。相思相愛ならよいが、一方的に愛され、夫を殺されて無理矢理妃とさせられた女性もいたという王家の、いやバラの妖精の愛は、人間には重すぎる。


 では、人間の愛とは一体何なのだろうか。お互いを求め合い、結婚しても、他に目移りする者が一定数いる。それは愛が少ないというこのなのだろうか。それとも、多くの者に愛されたいという願望なのだろうか。いや、自分の子孫をできるだけたくさん残したいという動物的な欲求から来るものなのだろうか。夫人一人を愛し続け、他の女性を「愛する対象」とだと思えたことのないアシェル伯爵には分からない。愛とはきっと、人の数だけ存在する。その愛の定義が一致しているか否かで、2人の愛が続くかどうかもかわるだろう。他人の愛を、いいとか悪いとか判断することではない……倫理的な問題を除けば。アシェル伯爵は、いつかガロファーノの愛が重すぎてクラベルが参ってしまうのではないかと危惧している。それほどに、ガロファーノはクラベルに執着している。


 悩みは尽きないものだな。


 アシェル伯爵は、クラベルが作ってくれた「ヴェレッド王のバラ」の押し花のしおりを手に取った。その金色は不気味なほど枯れても光り続けていた。


・・・・・・・・・・


 アシェル家のヴェレッド王のバラだけが正統なヴェレッド王のバラとなったことで、大きな問題が発生した。アシェル家にある「ヴェレッド王のバラ」が枯れた場合、この国の農業を加護するものがなくなってしまうことになったのだ。つまり、アシェル家が「ヴェレッド王のバラ」を枯らせばこの国の農業は加護に依存できない本来の農業の形に戻ることになる。逆に、アシェル家が国唯一のバラを保護しているのだからアシェル家が実質上王家だと主張する人々も増えていった。アシェル家に対する期待と恐れの視線が増え、アシェル家の使用人たちでさえ、外を一人で歩くのを控えるようになった。誘拐される可能性を考え、下女の使いにさえ護衛騎士を付けるほどの徹底ぶりである。立ち入りは以前にも増して厳しくなり、朝になるとバラの蔓が何人も抱え込んで騎士たちを待っていることが増えた。人々の癒やしと活力の源であったはずのバラが、暴力と負の心の温床になりつつあった。それと同時に、国へ恵みをもたらしているのはアシェル家だとして、王家への不満が高まるようになった。エリヤ王妃は更なる劣等感に苛まれるようになっていった。


 エリヤ王妃の悩みが深まったのは、実は王宮のバラが全て枯れたことも一因であった。ザイド王はそのことについて言及していなかったが、バラには邪気を払う力がある。王宮のバラは、各家のバラと通じて情報を収集するだけでなく、国中のバラを通じてその邪気を王宮に集め、「ヴェレッド王のバラ」の強い力で浄化していた。王宮に住む者に邪な者が少なかったのは、この邪気を払う力によるものでもあったのだ。その邪気を払う力が王宮から失われたことで、王宮内の邪気が滞留し、王宮内の人々の心を蝕み始めたのだ。もちろんアシェル家の「ヴェレッド王のバラ」にも邪気を払う力はある。だが、まだ若いその木1本では、農業生産の加護を維持するので精一杯だったのだ。


 赤ん坊だったラクスも、3歳になった頃からバラの力の使い方をガロファーノに習うようになった。制御に失敗する可能性があるからと妖精の国に出入りするようになったラクスは、妖精たちとも触れあってくるのだろう、次第に力を使いこなせるようになっていった。それと同時に、ラクスとクラベルとの間に心の距離ができるようになっていった。クラベルは半妖精だが、ラクスは4分の3が妖精である。クラベルは妖精として再出発を始めたばかりのガロファーノから命をもらったが、ラクスはバラの妖精になってからの子である。当然妖精としての力量に差がある。さらに、クラベルは妖精として生きていくつもりはないので、妖精の力の使い方を敢えて学んでいなかった。それがラクスには怠惰だと映ったらしい。クラベルは伯爵としての仕事を学んでいるのだというと、ラクスは鼻を鳴らして自室に立ち去った。クラベルはラクスの態度がこれからの人格形成上よくないとガロファーノに相談したが、ガロファーノは今はラクスが力を付けることの方がが大切だから我慢してほしいというばかりだった、クラベルとガロファーノの間に再び隙間ができていることに、ガロファーノは気づかなかった。


 それでも、クラベルはガロファーノを、ラクスを、愛していた。何とかしようとして一つだけ妖精としての自分にできることを見つけた。それは、バラを通じて国中の悪意を浄化することだった。クラベルはガロファーノから聞いて、王宮のバラ、特に「ヴェレッド王のバラ」が全て枯れたことで、邪気を払う力が削がれたことを知っていた。アシェル家の「クリームシフォン」を各家にや王家に贈り、その「クリームシフォン」を通じてアシェル家に邪気を寄せ、アシェル家の「ヴェレッド王のバラ」に浄化させることである。そのためには、まだ若い「ヴェレッド王のバラ」に負荷を与えることになる。ガロファーノに黙ってこの仕事をするために、クラベルは妖精の力を使えるようになる必要があった。それは、「ヴェレッド王のバラ」が教えてくれた。


「力 ヲ 分ケ与エルタメニ 指先カラ 細ク 長ク 引ッ張リ出スヨウニ イメージシテ。ソウソウ、ソンナ 感ジダヨ。」


 「クリームシフォン」はこれまで非売品だったから、販売すれば飛ぶように売れた。次々に売れていく。「クリームシフォン」に、クラベルは祈りを込めた。


 みんな、大変だけど、邪気をアシェル家の「クリームシフォン」たちに送ってね。


 「クリームシフォン」たちはよく分かっている、とでも言うようにさわさわと揺れた。途中でガロファーノになぜ「クリームシフォン」を売るのかと問われたが、貴族に恩を売りたいのだといえば、首をかしげながらも納得してくれた。「クリームシフォン」を通じて集められた邪気はアシェル家の「ヴェレッド王のバラ」によって浄化される。浄化後に力を欲する「ヴェレッド王のバラ」には、クラベルが自分の力を渡す。そうやって、少しずつ国の邪気を払おうとしたが、払うべき邪気は国中に溢れており、クラベルの負担は重かった。クラベルは顔色の悪さを化粧でごまかすようになっていった。ガロファーノは昼間いないことが多く、夜の光の下ではクラベルの顔色の悪さは見抜けない。だが、抱きしめた時のその体の細さに違和感を感じ、クラベルに何か無理をしていないかと聞いたことだあった。だがその時、クラベルは夏バテだと言って笑ってごまかした。バラたちも、このときばかりはガロファーノに何か聞かれても何も言わなかった。邪気の浄化不足は既に危険な所まで来ており、ガロファーノがやらない以上バラたちも他の動植物たちのために動かざるを得なかったからだ。


 クラベルは、少しずつ、寿命を縮めていった。


読んでくださってありがとうございます。

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