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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの子どもたち編

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2-2

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 ラクスが生まれたのは春バラの終わり頃だった。産後の経過が思わしくなかったクラベルは秋になっても体調が優れず、王家のバラ園の管理を手伝うことができずにいた。アシェル家のバラ園には散歩を兼ねてラクスと乳母と一緒に少し歩くこともあったが、管理上どうしても気になった点だけ確認して、管理は庭師たちに任せていた。


 新年を迎え、葉を落としたバラに新芽が出る兆候が見られ始める時期になると、クラベルはガロファーノがアシェル家の「ヴェレッド王のバラ」の中に隠れて回復していたあの頃を思い出した。枯れたと誰もが思っていたバラに赤い新芽を見つけた時の驚きと喜びが、今でもその瞬間のように思い起こされる。


「お嬢様、王宮から使いが来ております」


 呼びに来た家令の顔が険しい。クラベルは首をかしげた。


「何かあったのかしら?」

「詳細は分かりませんが、よくないことが起きたようです」

「すぐに行きます。ラクスをお願いね」


 王妃関連だろうか。ガロファーノがまた何か王家と喧嘩したのだろうか?


 クラベルは癒えきっていない体を労るようにゆっくり歩く。応接室に入ると、そこにいたのは王妃お気に入りの副宰相と庭師長だった。


「お待たせしました。まだ体が思うように動かず、これでも急いで来たんですの」

「そうですか。まだお体が……」

「ええ。それで、ご用は?」

「庭師から説明申し上げます」

 

 副宰相はちらと庭師長を見ると、庭師長は冷や汗を浮かべたような表情で話し始めた。


「お嬢様、お久しぶりでございます。お嬢様が王宮のバラ園にお見えにならなくなってから、バラの状態が少しずつ悪くなっていきました。弱い品種などは薬剤を撒いても黒星病やうどんこ病にかかって駄目になり、この夏はヨトウムシの被害もかなり出ました。虫を捕っても、薬を撒いても、湧いたように出てくるんです。葉が十分にない状態が続きましたので肥料を与えても駄目で、ある時焦った新人が肥料を撒きすぎて肥料焼けまで起こしてしまいy……今、王宮のバラは全滅に近い状態になっています」

「『ヴェレッド王のバラ』は? 原木や、代々の王たちのものはどうなっているの?」

「代々の王たちのものは全て枯れました。原木がまだかろうじて生きていますが、時間の問題かと思われます。お嬢様、一度見に来ていただけませんか? 王妃様も王兄妃様も、もうどうしたらよいのか分からないと頭を抱えていらっしゃいます」

 

 今この国の恵みを事実上コントロールしているのは、アシェル家にある「ヴェレッド王のバラ」である。したがって、王宮のバラに問題があったとしてもこの国の農業の影響はない。だが、王宮のバラが枯れたということになれば国の一大事だ。王家にバラの栽培能力がないということになるのだから。


 すぐに王宮に行くべきか。だが、体がまだ言うことを聞かない今、王宮に行って倒れるのもよくない。どうしたらよいのか。


「ガロ」


 クラベルの呼びかけに、ガロファーノが転移してくる。


「どうした、ベル。」

「王宮のバラのこと、知っていたの?」

「もちろん知っていた。だが、あの王妃が自分でやると言って俺のアドバイスを全て拒否した。王も王妃のやりたいようにやらせてくれと言ってきたからな。それで、バラを全部駄目にした」

「なぜバラが駄目になったの?」

「王宮のバラは、ただ咲かせているわけではない。ヴェレッド王があのバラ園に仕掛けを施していて、王宮の邪気払いの機能を持たせている。枯れたということは、手入れが悪かったか、邪気が多すぎてバラが弱ったか、どちらかだ」


 副宰相と庭師長が思わず耳を塞いだ。聞いてはならないことを聞いてしまったと思ったのだろう。


「構わない。王宮内の邪気の重さには閉口していたところだ。これでバラが邪気を払ってくれなくなれば、王宮は邪気に飲み込まれる。王家に問題が起きるのはそう遠くないことだろうな。とは言え、年単位の問題になるだろうが」

「私、どうしたらいいのかしら?」

「ベルが行った所でどうにもならない。行けばベルが手を入れたせいで駄目になったと言われ、行かなければベルがやらなかったから駄目になったと言われる。そういうことだ」

「副宰相様、庭師長。私、行けません。体がまだ戻らず家での作業もできないほどだと王妃様にお伝えください。それから、邪気の話は内密に」

「は、はい、かしこまりました」


 2人は逃げるように帰って行った。


「一悶着ありそうね」

「王妃がこれをアシェル家に対する攻撃に使うのは間違いない。アシェル家の邸は所詮伯爵家で、本来警備上の問題がいくつかある。だが、それは俺の力でなんとでもなる。問題は外に出た時と、内部に長期的に侵入された時だ。使用人は新しく入れない。今いるものについても用心が必要だ」

「そんな……」

「病人が出て薬代に困っているとか、親戚の借金を返す羽目になったとか、本人ではない所で問題を抱え、弱みを握られることもある。本人に問題がなくてもそうやってお金をちらつかせ、あるいは人質を取って、意のままに動かそうとする輩もいる。注意しすぎることはない」

「そうだけど」

「いつも俺の目の届く所にいられればいいが、俺にもやらねばならないことがある。用心してくれ。ザイデルバストの時のようにベルやラクスを攫われたら、俺はこの国を滅ぼしてしまうかもしれないから」

「危なかったら呼ぶわ。」

「バラの葉を必ず身につけろ。葉が生きている内は、ベルの持つ葉からベルの気配をたどれるから」

「分かった。気をつけるわ」

 

 ガロファーノはクラベルにキスをすると、どこかへと転移していった。ガロファーノは王家に対してもつ不信感から、王家を壊すための活動をしている。具体的に何をしているのかを教えてくれたことはない。クラベルに聞かれたくないようなことをしているのだろう。だが、それを追及するつもりはクラベルにはない。ガロファーノがクラベルを守ることこそあれ、迷惑を掛けたり裏切ったりする可能性はないと信じているからだ。


 クラベルは父親に、エリヤ王妃からの命令を出産後の体調不良を口実に拒否したことを伝えた。ガロファーノと相談の上で、ということはもちろん添えておく。


「王妃の動きは確かに怪しい。実家の侯爵家はアシェル伯爵家に手を出すなと言っているようなのだが。『バラの乙女』に選定され、王妃になってしばらくは大丈夫そうだと思ったが、やはり権力は人を狂わせるのか、それとも……」

「それとも?」

()()の『バラの乙女』と言われ続けることに耐えられなくなったのか」


 それを言われると、無理を言って『バラの乙女』として王妃になることを拒否した自分が悪いようで、クラベルは居心地が悪くなる。


「いいんだ。ベルにはガロしかいない。ガロにもベルしかいない。ガロが王位に就けないようにしたのは、前のバラの妖精と前王のせいだ。責任を取るのは、彼らだ」


 アシェル伯爵はクラベルを見た。元々華奢であったが、「バラの乙女」選定の騒ぎで一気にやつれた。妊娠を機にお腹の子供のためにと少しは食べる量も増えたが、まだ出産のダメージから体が回復していない。クラベルのことは基本的にガロファーノの任せればよいと常日頃言っているアシェル夫人でさえ、流石にこれは体力がなさ過ぎるのではないかとあれこれ世話を焼いているようだ。


「邸の警備は一段階上げておく。バラたちの侵入者を捕獲してくれる。他所にいるより、ここにいる方が何倍も安全だ。ベルはラクスをしっかり守りなさい」

「はい、お父様」


 部屋を出て行ったクラベルの背を見て、アシェル伯爵は思う。クラベルはそう遠くない将来、もしかしたらアシェル伯爵を継ぐ前に、ガロファーノと妖精の国に行ってしまうのではないだろうか。そして、ラクスをアシェル伯爵に育て上げるのは自分たちの仕事になるのだろう、と。


・・・・・・・・・・

 

 それは突然の発表だった。王宮のバラが全て枯れたと全国民に通達されたのだ。代理の「バラの乙女」であるエリヤ王妃の声明は以下の通りである。


 クラベルが妊娠・出産を理由に王宮のバラの管理を放棄したこと。

 本来の「バラの乙女」であるクラベルがバラに管理をするという約束で自分たちは代理の王と王妃になったのに、クラベルに協力してもらえないこと。

 このままで国の農業に影響が出てしまうこと。

 王妃は国と民を思い、クラベルの所業を憂えていること。

 そして、全国民に、クラベルとアシェル伯爵家を糾弾するように求めるということ。


 要するに、クラベルがやると言った仕事をしないから王宮のバラが枯れた。クラベルのせいだ。みんなでクラベルを責めよう。自分も代理とはいえ「バラの乙女」に選定された身であるのに、バラを枯らしたことをクラベルに責任転嫁しているのだ。アシェル伯爵を当然通さなかったこの通達を聞いても、国民は何も動かなかった。一部貴族に動きがあったようだが、国民が動かないので動けない。


「どうして? クラベルのせいだって言っているのに!」

「誰もクラベルのせいだと思っていないからだと思うが」


 ザイト王は眉間に寄った皺をほぐそうと先ほどからずっと指でもんでいる。


「妊娠出産で女性が土いじりしないというのは、おかしな話ではないだろう。そんなことでクラベルに責任転嫁できると思ったお前の考えが、私には分からない」

「だって、私ではどうにもならないから助けてってお願いしたのに行けないの一点張りよ? 故意に私に失敗させようとしたとしか思えないわ」

「バラが弱って時に肥料をやり過ぎたと聞いている」

「それは……」


 そう、バラが弱っていることに気づいて焦ったエリヤ王妃が肥料をやり過ぎて肥料焼けを起こし、根を傷めてしまったのだ。だから、クラベルは何も悪くない。相談を受けた元「バラの騎士」であるザイド王も肥料に頼るなと助言したが、聞き入れられなかったのだ。


「私の言うことは聞けないが、クラベルの言うことなら聞けるのか?」

「そうじゃないわ、急がないとと思って…」

「で、結果枯らした。もっと大変なことになったな。王宮のバラ園には『ヴェレッド王のバラ』の原木、代々の王たちの『ヴェレッド王のバラ』、そして各貴族家で育成したバラが全て揃えられていた。この意味が分かるか?」

「え?」

「全ての貴族家のバラがあるということは、バラの力を使える私ならば各貴族家の内情をバラを通じて全て分かるようになっていたということだ」

「で、では、諜報部員は……」

「あれらはバラの見聞きしたことを元に、証拠を持ってくるのが仕事だ。だがエリヤが枯らしてしまったから、王家が各貴族家を直接見張る方法がなくなった。最も、バラの妖精から直接干渉されることもなくなったわけだが」


 エリヤ王妃はバラの力が使われているところを見たことがない。そんな魔法じみたものだと思っていなかった。それ以上に、バラの力を使える王家の人間と王家以上の力を使えるバラの妖精のことを恐ろしいと思うようになった。これまで愛していたザイト王が化け物に見えて、エリヤ王妃は思わず後ずさった。


「どうした?」

「いえ、何も」


 だがザイト王は気づいている。エリヤ王妃が自分に嫌悪感を持ったことを。バラのあざはクラベルの元に飛んで行ってしまったが、エリヤ王妃が生まれてすぐ、バラの乙女候補として認定された時から一緒にいるのだ。そして、エリヤが自分のバラの乙女だと自分で認定したのだ。あの時、そして成長するにつれて強くなっていった、エリヤが自分を思う時にエリヤの放つ香りを、ザイトは今でも覚えている。出る香りの量はかすかになったとはいえ、バラの妖精の血を受け継ぐザイトにはその香りを嗅ぎ分けることができる。


 とうとう、離れてしまったか。


 ザイト王には悲しみもあるが、これでガロファーノとクラベルを敵視するエリヤ王妃と一線を引くことができるという安堵感もあった。これからヴェレッド王国はどうなっていくのか。ザイト王には分からない。ビジョンも持てない。ただ、アシェル伯爵とガロファーノに付いていこうと思うばかりであった。


読んでくださってありがとうございます。

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