23
読みに来てくださってありがとうございます。
決戦です。死に関する表現がありますので、苦手な方は戻ってください。
よろしくお願いいたします。
アシェル家の「ヴェレッド王のバラ」が膨らみ、花弁の先が開き始めた、と庭師たちから報告が上がった。数日前から花弁の色も確認されているが、敢えてこれについては報告しないこととし、王城に使いを走らせた。
全てはおそらく今日、決する。
ガロファーノ、クラベル、アシェル伯爵夫妻は、それぞれの思いを胸の内に秘めて、国王、神官、使者の三者を待った。ガロファーノはクラベルの腰をしっかり抱き寄せて、絶対に離すまいという意志を見せている。
王たちの到着が知らされた時、クラベルは体に違和感を感じていた。小さな違和感で、説明が難しい。
「ガロ、何だか体が変なの。はっきり何がどうとは言えないんだけど……何だか怖い」
「しっかり俺に掴まっていろ。いいな?」
国王たちを玄関ホールで出迎える。国王の目がクラベルと、クラベルを抱きしめたままのガロファーノに注がれる。
「国王の前でも抱擁を解かぬとは、無礼だな」
「前に言ったはずだ。俺は、人間の理に縛られない」
「ふん、いつまでその虚勢が持つかのう」
神官の目は、それ以上に恐ろしげに爛々と輝いている。
「さあ、『ヴェレッド王のバラ』を早く見に行きましょう!」
ガロファーノとクラベルはお互いの手をぎゅっと握りあい、庭園へと向かう一行に付いていく。
「ヴェレッド王のバラ」は、数時間経過したことで、完全に花開いていた。その姿を、クラベルもガロファーノも初めて目にする。黄金に輝くバラは、まるで金細工のバラのようであり、近づくことさえはばかられるような荘厳な雰囲気を纏っている。
「黄金のバラ、だな」
国王がささやくように言う。
「他家のバラも、見たことのない薄い水色と濃い紫のバラでした。ですが、アシェル家のバラは、誰が見ても黄金です。黄色という者は誰もいませんよ!」
神官の目がさらに輝きを増している。
「クラベル・アシェル。あなたを真の『バラの乙女』に選定する」
神官の言葉に、クラベルは頭を垂れる。
「素晴らしい。王城の『ヴェレッド王のバラ』も黄金だが、ここまでの輝きはない。なんと素晴らしい能力だ……アシェル伯爵、本来ならば、クラベルが王太子妃、ガロファーノが王太子となるはずだった。しかし、ガロファーノは既に人ではない。妖精は王にならないとの盟約に従い、ガロファーノは王族からも外されている。『バラの騎士』たるガロファーノが王太子になれぬ以上、王家としてその能力を保護するため、先日命じたとおり、クラベルは側妃として召し上げる。今日、このまま連れ帰る。よいな」
クラベルに手を伸ばそうとした国王の前に、ガロファーノが割り入ろうとすると、その前にさらに別の人影が立ちはだかった。
「真の『バラの乙女』は正妃として扱われるべき存在。側妃など、その価値を落とすような扱いは控えよ」
「神官の分際で、随分な命令口調だな。不敬罪で捕らえよ」
近衛騎士たちが神官を囲もうとした時、ガロファーノはクラベルを連れて部屋の壁際まで下がった。神官の目が怪しく光っている。
「王よ。俺に指図するのか?」
「???」
王は神官の瞳と髪が真っ赤になっていることに気づくと、
「まさか、お前はバラの妖精だったのか!」
と叫んだ。そして、近衛騎士達たちに早く捕らえよ、と命じた。
「近衛たち、俺はバラの妖精だ。王と俺、どちらが上位か、お前たちなら分かるだろう?」
近衛騎士たちはそう言われても、国王を守るのが仕事だ。
「バラの妖精、どうか引いてください。我々はあなたと戦いたくないのです」
「嫌だね。クラベル、そろそろ『始まった』のではないか?」
クラベルは、先ほどから首にあるバラのあざの辺りにチリチリとした痛みを感じていた。体の違和感との関係は分からないが、かゆみと痛みが少しずつ増してくる。
「ガロ、あざが痛い」
「ベル、見せろ」
クラベルのバラの蕾のあざは、ここのところアシェル家の「ヴェレッド王のバラ」の蕾と同じような形に姿を変えていた。毎日少しずつ、蕾の形が膨らんでいたのだ。それが、今は……
「他の2人から、ローズの欠片が転移したんだ。あざが花開いて、金色に光っている!」
「そう。ローズの欠片がまもなく1つになる。ローズが復活する。ローズが私の隣に帰ってくる!」
クラベルはあまりの痛みに、首筋を押さえてしゃがみ込んだ。ガロファーノができるだけ痛みを抑えようと手を添えるが、痛みは少しも減らない。
「痛い、痛い!」
「ローズ、早く出ておいで。俺はここにいる!」
王を捕らえることもできず、ローズの復活が始まり、バラの妖精は自由に動ける状態。最悪のパターンだ。
まずい、王だけでも何とかしないと。
ガロファーノは、クラベルをしっかりと抱きしめたまま、近衛たちに向かっていった。
「近衛、お前たちの主は国王だ。だが、その国王が間違った行動をし、国を滅ぼしかけているというのに、それでもお前たちは国王を守るというのか?国を滅ぼす手助けをすることが、近衛の仕事なのか!?」
近衛騎士たちは戸惑っている。
「そうだ、こいつは真の『バラの乙女』の価値を見誤り、その美しさに、ただの女として自分のものにしようとしたのだ。ローズの器を汚そうとするなど、俺が許さん」
バラの妖精が右手を振り上げると、つるバラの枝が瞬時に伸び、国王を拘束した。
あの時と同じだ。
ガロファーノは気づいた。バラの妖精は国王からバラの力を奪おうとしている。嘗て自分がそうされたように。果たして、国王の体からバラの力が吸い上げられ始めた。
「や、やめろ、儂からバラの力を奪うな!」
「嫌だね。俺の計画の邪魔をする奴は、『うちの子』であっても許さない」
バラの妖精は、本気でバラの力を奪っている。ガロファーノの時は手加減されていたのが、今なら分かる。つるバラの棘にも刺され、血を流しながら絶叫している国王が、突然拘束を解かれた。つるバラが、国王を地面に放り投げたのだ。国王は精気を全て失い、干からびた姿で横たわっている。やがて国王の姿は原型を留めることなく、さらさらと砂のように崩壊してしまった。そこに残っているのは、二掴みほどの砂の山だ。
「こいつと同じようになりたくなければ、立ち去れ。クラベル以外は全員、大地に返してやる」
黄金色に輝くバラの花が、風もないのに揺れている。近衛たちには、バラの花がバラの妖精の命令に答えようと準備している姿に見えた。1人、2人と後ずさりし、邸の中へ駆け込んでいく。
「おや、お前はいいのか?」
痛みに気絶しかけているクラベルをしっかりと抱きしめたガロファーノに、バラの妖精が言う。いつの間にか神官の姿から、バラの妖精の姿に変化している。真紅のバラのような、真っ赤な目と真っ赤な長い髪を、まるで血を吸ったような色だとガロファーノは思った。
「ベル、大丈夫か?」
「ガロ、誰かがいる……」
「ローズか?」
「多分……」
苦しそうな表情のクラベルを抱えたまま、ガロファーノはバラの妖精をにらみつけ、剣を抜いて剣先をバラの妖精に向けた。
「ベルの体は、ベルのものだ。お前には渡さない」
「お前と俺の力の差を分かっていないようだな。お前は俺の計画を進める上で、非常に役に立った。お前がクラベルに命を渡さなければ、クラベルの体を半妖精化させることはできなかったからな。妖精体になる前にきちんと仕事をしてくれたお前は、バラの妖精でなくとも、下位妖精として十分に可愛がってやろうと思っていたのだが……」
「俺は、お前になど使われない。俺はベルと一緒に生きていくんだ」
「そうか。ならば、お前は邪魔だな」
気づくまもなく、バラの妖精の右手から飛びだしたつるバラに拘束される。持っていた剣はつるバラにたたき落とされた。クラベルは左手から飛びだしたつるバラに拘束され、バラの妖精の元に近づいていく。
「ガロ!」
「ベル!」
クラベルを拘束したつるには、棘がない。そっと包むようにクラベルを拘束している。
「待っていたよ、クラベル。そのあざを見せておくれ」
「いやっ!」
だが、バラの妖精の力の前にクラベルの首があわらになり、バラのあざが爛々と黄金色に光っているのが見える。バラの妖精が黄金のバラのあざに手を触れると、その光はより一層強く輝き、「ヴェレッド王のバラ」の花たちが強く揺れだした。ガロファーノはバラの妖精に向かって、右手からつるバラを出そうとしたが、バラの妖精のつるバラから飛びだした新しいシュートによって断ち切られてしまった。
「先にお前を片付けようか?」
ガロファーノを拘束する力が強くなる。妖精の力が吸い上げられていく。
「ベル!」
「やめて!ガロを離して!」
「嫌だね、あれは邪魔だから、きちんと消しておかないといけないいんだよ」
「駄目、ガロじゃなきゃ嫌!」
「どうせお前の意識もまもなく消えるんだ。一緒に消えれば、さみしくないだろう?」
ガロファーノの拘束が今一段階強くなる。苦しい。ベルを助けたい。ガロファーノの苦悶の表情に、クラベルが絶望の色を浮かべる。
「ガロ!」
その時、目のくらむような黄金の光が周囲を包んだ。クラベルのあのあざから放たれた光だ。そして、クラベルの心の中から、知らない女性の声が聞こえた。
「もうやめて、エグランティエ」
エグランティエ、と呼ばれて、バラの妖精の動きが止まる。クラベルの目を覗き込む。
「……ローズ?」
「あなた、私たちの子孫に何をしているの?」
クラベルの口から、クラベルの意志と関係なく言葉が紡がれる。
「ローズ! やっと会えたね! 君も会いたかっただろう?」
クラベルを抱きしめ、狂喜するバラの妖精に、クラベルの口からローズの言葉が出てくる。
「は? 何言っているの? 私があなたに会いたいわけないでしょう?」
バラの妖精エグランティエの顔から、笑みが消える。
「どういうこと? だって君は、先に老いて死んでいくのが辛いって言っていたじゃないか。だから俺は、君と一緒に生きるために、君を作り直したんじゃないか。君のために器を何度も作り直し、君の魂を何度も呼び戻して……」
「エグランティエ。あなたは私の魂を引き裂いた。嫌だって言っても、あなたはニコニコしながら、私の魂を散り散りに引き裂いた。魂を引き裂かれた時、私がどれだけ苦しんだと思うの? 魂を引き裂かれるのは、地獄に落ちた者と同じ扱いなのよ! 私が今、ここで妖精として復活しても、命がつきた時には、私の魂はまたバラバラになる。もう二度と輪廻の中に戻ることができない。罪人でもないのに罪人と同じ扱いを受けなければならない私の気持ちまで、あなたは考えなかった。あなたはただ、自分の欲求に従っただけ! 私をおもちゃのように扱っただけよ! どうしてそんなあなたと一緒になりたいと思えるわけ? あり得ない! 許さない!」
クラベルの口から飛びだしたローズの恨み言は、バラの妖精の予想外だったのだろう。意識がクラベルの中のローズに向いており、ガロファーノの拘束が解けている。
「「クラベル(私)の体は、クラベル(私)のものよ!」」
クラベルとローズ、2人の意志がバラの妖精に言葉となって突き刺さる。
「そんな、俺はただ、君と、ローズと一緒に、楽しく過ごしたかっただけなのに……」
クラベルを拘束していたつるバラが、力なく地面に落ちる。ガロファーノはその瞬間を見逃さなかった。クラベルを自分の腕に取り戻すと、つるバラを出そうとする。だが、妖精の力をほとんど奪われたガロファーノには、もうつるバラを出す力もない。
「ベルは渡さない。ローズもお前を拒否した。お前はただの極悪人だ!」
「うるさい、黙れ! ローズを返せ!」
バラの妖精から飛びだしたつるバラが、ガロファーノとクラベルを拘束しようとした時、つるバラはバチン、という音と同時に弾かれた。
「何?」
クラベルの首のあざの光に同調するように、「ヴェレッド王のバラ」の花から黄金色の光の粒があふれだし、ガロファーノとクラベルを包んでいく。そこに、白い光も流れ込んでいく。
「これは?」
「ヴェレッド王のバラ」同様に「クリームシフォン」の花からも白い光の粒があふれ出し、黄金色の光の粒と一緒になって2人を包むとガロファーノの中に入っていく。
「そんなばかな。バラよ、お前たちの主は俺だぞ! なぜあいつに力を与えるのだ?」
〈エグランティエ。嘗テノ バラ ノ 妖精。アナタハ 我々ヲ タダノ道具トシテシカ 扱ワナカッタ。ローズ モ クラベル モ 我々ヲ 可愛ガリ 手ヲ 傷付ケナガラ 世話ヲ シテクレタ。我々ハ 妖精ヨリモ ローズ ト クラベル、ソシテ バラ ノ 力ヲ 継グ者トシテ ガロファーノ ヲ 選ブ。コレハ バラ ノ 総意ダ〉
ガロファーノと共にこの世に生まれた「ヴェレッド王のバラ」が、エグランティエに通告する。
「認めない、認めないぞ!」
「認めなくても、もうバラはお前に力を貸さないそうだ。お前の真名も手に入った。これからは俺がバラの妖精として立つ。お前はこのまま神と妖精の審判に掛けられるがいい、エグランティエ!」
バラたちから力を与えられたガロファーノの右手からつるバラが飛びだし、エグランティエを拘束する。すさまじい勢いでエグランティエの妖精の力が吸い上げられていく。エグランティエはつるバラをつかもうとしたが、飛んできたバラの葉に手を傷付けられた。
「本当に、俺はバラから見放されたのか?」
「お前は命をもて遊びすぎた。お前の魂も引き裂かれるだろう。これで終わりだ!」
エグランティエを、バラの花びらが竜巻のように囲んでいく。そこにはピンク色、黄色、赤、紫、様々な色のバラが、渦となってエグランティエを閉じ込めていく。中から国王の時と同じような絶叫が聞こえる。その声は少しずつ、小さく弱くなっていく。
やがて、バラの花の渦は消えた。エグランティエは、親指ほどの妖精の姿で倒れていた。
「もう、力を失っているわ」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
クラベルの中からローズの魂が出て、霊体となった。ローズはエグランティエをその手にそっと載せた。エグランティエは意識を失ったまま、うわごとのように謝罪の言葉を口にしている。
「私が、神様の所へ連れて行きます。審判を受けさせないとね」
ローズはクラベルの頭を優しく撫でた。
「私のせいで苦しい思いをさせて、ごめんなさいね。こんな人でも、私が生きている時は、とても優しい人だったのよ。私との別れが辛くて、周りが見えなくなったのね」
「ローズ様……」
「ガロファーノ、いえ、新しいバラの妖精、あなたにも辛い思いをさせました。国王も、エグランティエもいないこの国がどうなるか分かりませんが、もうあなたたちを引き裂く者は誰もいないわ。しばらく混乱するでしょうが、幸せになってね」
ローズの姿が大気に溶ける。さようなら、とも言えぬ間に、ローズは消えていった。
読んでくださってありがとうございます。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




