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ガロファーノが復活し、アシェル家の「ヴェレッド王のバラ」が実は枯れていなかったことが知られたことで、神官と使者がバラの状態を見に、久しぶりにアシェル家を訪問した。
「蕾がありますね。それも大分膨らんでいる。この調子なら、1週間以内に咲くでしょう」
神官はバラの蕾をそっと手に取り、うっとりとした表情をした。
「我々はこのことを陛下に報告します。咲いたらすぐに、王城に連絡をいただきたい。他の2家でも、蕾が付いたことを確認しております。前回の選定の時も、3家とも同じ日に『ヴェレッド王のバラ』が咲いたという記録がありますので、同じ日に、陛下とともに訪問することになるでしょう」
「分かりました。いつでもお迎えできるように準備しましょう」
「それにしても、枯れたと思われた『ヴェレッド王のバラ』が復活するなど、例のないことです。きっと、クラベル嬢は特別な存在なのでしょう」
神官の目が今までと違うことに、アシェル伯爵が気づく。
「特別、とは?」
「真の『バラの乙女』に違いない、ということです。お小さい頃から頭一つ他の候補者の方よりも優れていらっしゃいましたが、今はもう別格と言ってよいほど違います。クラベル嬢が王太子妃に、そして王妃になられた際には、きっとこのヴェレッド王国に注がれるバラの妖精の加護は、これ以上ないものとなるでしょう」
ガロファーノが一瞬身を固くした。アシェル伯爵は気づかぬふりをして笑みをたたえ、そうですね、とだけ答える。今は、自分が何を知っているのか、家の者以外には悟られない方がいい。
「それでは、失礼しましょう」
使者が催促しても、神官は「ヴェレッド王のバラ」から離れようとしない。
「まだ蕾なのに、この香りですか? ああ、なんと香しい……」
陶酔したように蕾に顔を寄せる神官は、使者から見ても異常だと思われたのだろうか。
「神官殿、我々には陛下に報告するという業務がある。行きますぞ」
「ああ、面倒くさいなあ」
これまでの神官からは聞いたことにないような口調に、その場にいた全員が瞠目する。
「はいはい、行きますよ。離れがたい香りに、酔ってしまったようです。お見苦しいところをお見せしました。失礼」
神官は一瞬にしていつもの姿を取り戻したが、その場にいた者は、この神官に対して何らかの疑念を抱くようになった。正体を知っているガロファーノなど、言わずもがなである。
使者と神官が帰った後、ガロファーノはアシェル伯爵とクラベルに話があると言った。これまではバラの庭園で話し合うこともあったが、最近、大事なことは絶対にバラの庭園では話さない。クラベルとアシェル伯爵の部屋からは、「クリームシフォン」であっても、バラが飾られない状態になっている。全てはガロファーノの指示だった。
「神官のこと、どう思った?」
「まるでクラベルに執着しているように見えた。あれも王族なのか?」
「いや、違う。確認するが、ここにはバラの花も葉もないな?」
「撤去させてあります」
「あの神官だが……あれはバラの妖精だ。姿を人間に変え、神官としてこの国に関わり続けている」
「なんですと! それは、国王も……」
「いや、王族は誰一人知らない。神殿の奥に部屋とバラの庭園があるが、妖精の力で認識阻害が掛けられ、人間はたどり着くことができないようになっている」
「では、ガロが妖精化したから分かったということなの?」
「それもある。人間として死にかけた時、生きるために人間を捨て、妖精になればいいと教えてくれたのは、神官姿のバラの妖精だった。だから、俺はバラの妖精を信じていた」
「信じて、いた?」
「そう、今は信じていない。理由は、もう気づいているだろう。ベルを狙っているからだ」
「なぜ、クラベルを?」
クラベルは蒼白になって聞いている。
「正確に言うと、ベルがほしいわけではない。ベルは真の『バラの乙女』で間違いない。選定された瞬間、他の候補者たちの中に残っているローズの欠片がベルに転移し、ベルの中でローズの魂が一つに戻る。バラの妖精は、今回の真の『バラの乙女』によって、ローズの魂は完全復活すると計算している。ベルの体の中にローズが宿る。ベルの体には、俺が渡した命があるから、現在ベルは半妖精だ。バラの妖精が、ベルの体からベルの魂を抜いたら……」
「ベルが、ローズの器?」
「そう。そして、かつて人間だったローズに与えられなかった加護を、半妖精になった器を持つローズになら与えることができる。半妖精だから、寿命も長い。俺の半分を与えてあるから、500年は生きられる。数十年しか一緒に生きられなかったローズに対するバラの妖精の未練から始まった『ローズ復活計画』が、ここで完成するということだ」
「何という恐ろしいことを……」
自分の体が乗っ取られると知ったクラベルは、震えている。ガロファーノはクラベルを抱き寄せた。
「実はね、アシェル家の『ヴェレッド王のバラ』が、俺にこっそり教えてくれたんだ。おおっぴらに動くとバラの妖精に気取られるから、ほんのわずかな時間だったが。あのバラは俺がバラの妖精に嘘の情報を与えられていたことも教えてくれた。バラはそのことにも怒っていた。それに、バラの妖精の計画を、あのバラはどうしたら潰えさせることができるかと悩んでいた。あのバラはね、ベルのことが大好きなんだ。苗の時から一緒に育って、ベルに大切に世話してもらったから、バラの妖精の命令に従わずにベルを守りたいと考えてくれている。だが、バラがあれば、バラの加護の力を持つ者はバラを通して情報収集することもできてしまう。バラから離したのは、そういうことだ」
「では、国王とバラの妖精と、その両者からクラベルを守らねばならないということなのだな?」
「そうだ。国王については、俺の方が力が強いから何とでもなるし、バラの妖精も国王にベルをやりたくないから、国王を押さえる時に協力してもらえるだろう。そこまでなら、伯爵たちも、あの形で動けるだろう?」
「だが、バラの妖精の方は……」
「どう出るか分からないが、俺が何とかする。最悪、転移して逃げることも考えている」
「追いかけてくる可能性は?」
「あるさ。だから、バラの咲かない所まで逃げようと思う」
「そんなところがあるのですか?」
「大分遠いよ。できるだけ遠くまで転移して、バラのない島までは船で行くことになると思う」
「そんな遠いところへ……」
「クラベル、そうなったら伯爵たちとは二度と会えないと覚悟してほしい。それが嫌だというなら、今思いつく手段はない」
「お父様、私……」
「なんだい、クラベル」
意を決した様子で、クラベルが顔を上げた。目には強い力がこめられている。
「私、ガロに付いていく。親不孝になってしまうけれども、許してください」
アシェル伯爵は、涙をぐっとこらえた。
「お前たち2人を引き離そうとするのは、愚か者だけだ」
「ごめんなさい、お父様」
「そこはありがとう、と言いなさい」
「はい、ありがとうございます、お父様」
泣き出したクラベルの背をそっとさすりながら、ガロファーノはアシェル伯爵に約束した。
「今度こそ、守る。俺はもう人間ではない。妖精として、使えるものは何でも使ってやる」
「今はまだ仮定でしかない。当日のバラの妖精の動き次第だ」
クラベルは、今は泣くことしかできない。
「辛い時は、泣きたいだけ泣くんだ。そうしないと、心が死んでしまうから」
ガロファーノの胸に縋り付いて泣くクラベルを抱きしめながら、ガロファーノは今度こそクラベルを守り切ると神に誓った。
読んでくださってありがとうございます。
次回、いよいよ対決が始まります。
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