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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの乙女とバラの騎士編

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読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 時は、クラベルが意識を失った所まで遡る。


 ガロファーノはクラベルに別れを告げた後、荷物をまとめていた。といっても、持ち出そうとしたのは、クラベルに合わせて選んだ青いリボンと、クラベルが作ってくれた青い剣帯用房飾りの2つだけだ。デビュタントのお祝いに渡そうと思っていた指輪は、アクセサリーケースにしまったままにした。


 さて、これからどこへ行こうか。王城に戻るべきだと分かっているが、これまで「バラの騎士」最有力候補と言われたきただけに、脱落者として戻るのは忍びなかった。


 「ガロファーノ様!」と叫ぶ声と、ドンドンとガロファーノの部屋の扉を強く叩く音がした。


「どうした?」


 ガロファーノが扉を開けると、ページボーイの少年が慌てた様子でガロファーノの手を握った。


「お嬢様がお倒れに! 意識がありません! ご主人様からガロファーノ様をお連れするようにと-」

 

 ページボーイの言葉を最後まで聞かずに、ガロファーノはクラベルの部屋に戻った。先ほどは開くことのなかった扉が開いている。中に入ると、伯爵夫妻が青ざめた様子で、医師の処置を受けているクラベルを見つめていた。


「何らかのショック症状かと思われますが、意識がなく、心臓の音も弱まっています。このままでは心停止する可能性もあります」


 伯爵夫妻の取り乱す声が、部屋に響く。ガロファーノは呆然として、クラベルの顔を見つめた。

 

「ベル?」

 

 返事はない。


「ベル?」


 二度繰り返したところで何か変わるわけがない。


「ベル! 起きるんだ!」


 クラベルは静かに、深い呼吸をしている。強い心的ストレスに耐えられなくなると、体が異常な興奮状態を押さえようとして過剰に反応し、意識を失ったまま、まさに眠るように死んでしまうことがあるという。親しい人の死に接した時、悲しみの余りにこのような意識の失い方をし、そのまま逝ってしまう、という例は少なくない、と医師が説明しているのが聞こえた。


「ベルは、僕との別れがそんなに辛かったの?」


 クラベルに拒絶された。クラベルを解放するためならばと、クラベルの側を離れる決断をしたのに、クラベルの本心は違ったのか? それならば……。


 突然、ガロファーノの脳裏に、クラベルを助ける手段があると浮かんだ。こんな知識は今までなかったはずだ。ということは、これはバラの力の一つなのだ。これなら確実にクラベルを救うことができる……但し、代償がどれほどのものになるのか、ガロファーノには分からない。それでも、ガロファーノは迷うことなどなかった。


「伯爵、今からベルを助ける」

「ガロ、どうするんだ?」

「僕の命を、半分ベルに渡す。伯爵、必ず助けるから、今からすることは許してほしい」


 アシェル伯爵の返事を聞く前に、ガロファーノはクラベルに口づけた。息を飲むアシェル伯爵夫妻を気にする余裕もなく、深い口づけを続ける。


 ベル、僕の命を半分あげるから、僕の命を吸い取って……。


 それでもクラベルは人形のように動かない。ひたすら、命を注ぐことをイメージして、口づけを続ける。ふと、クラベルが涙を流しながら、真っ黒い靄のような物にとらわれているイメージが浮かんだ。


 何だ?


 ガロファーノは靄に近づく。よく見ると黒い靄だと思った物は、その霧のような粒1つ1つが、魔術の呪文のスペルであることに気づいた。


 魔術? 禁止されているはずのものに、どうしてベルが取り込まれているんだろう?


 さらに見ていると、靄は少しずつクラベルの心臓に入り込んでいる。魔術のスペルを読み解こうと指を伸ばすと、バチン、と結界のような物に弾かれた。


 触れないのなら、読むしかない。


 目を皿のようにして、スペルを読む。魔術のためだけに使われる言語にそれほど精通していないガロファーノには、骨の折れる作業だ。いくつか読み取れた時、ガロファーノは怒りで我を忘れそうになった。


 これは、心を歪めて意のままに操るための術じゃないか!?


 パズルのピースがピタッとはまった。突然クラベルがガロファーノを拒絶したのは、魔術で心を操られていたからだ。そして、操っていたのは……

 

「ザイデルバストめ!」


 スペルはどんどんクラベルの心臓に吸い込まれている。この靄が全て吸収された時、ザイデルバストの術が完成するのだろう。クラベルが涙を流しているということは、完全に支配されているわけではないということだろう。


 ならば、解くのみだ。


 ガロファーノはもう一度靄に手を伸ばす。再び結界に弾かれ、指先にしびれが走る。


 こんなもの、クラベルの辛さに比べたらなんともない。


 ガロファーノは右手からつるバラを呼び出し、その手に巻き付けた。そのまま右手を靄の中に突っ込むと、全身に弾かれた衝撃が走った。


「うっ」


 思わずうめき声が漏れる。だが、ガロファーノは、つるバラに巻かれた右手を、ひたすら靄にたたきつける。全身にしびれが回り、右手に裂傷が走るが、これはあくまで現実ではない。意識の世界の中で起こっていることだ。思いを込める。


「ベル、目を覚ますんだ!」

 

 ガン、ガン、叩き続ける。


「ベル、他の男の言葉なんて、信じちゃ駄目だ!」


 クラベルが小さくイヤイヤと首を振っている。


「ベル! 迎えに来たよ! こっちにおいで!」


 ガロファーノの拳が靄に触れた瞬間、バリンという音がして、ガロファーノは靄の中に飛び込んだ。


「ベル!」


 クラベルの心臓から、黒い靄が逆流して放出されている。勢いよく流れ出した黒いスペルは、ガロファーノのつるバラに触れると雪のように解けて消えていった。すっかり黒い靄がなくなった時、クラベルが笑顔でこちらを見た。意識が一瞬にして現実世界に戻る。


「ベル?」


 顔色を見ると、目は開いていないが、先ほどまでの青白さを明らかに脱している。


 ああ、これでもう大丈夫だ。


「もう大丈夫。幸せになるんだよ」


 そう言って、唇を合わせるだけのキスをする。体が怠い。命を半分渡すことの代償なのだろうか。それとも魔術を解いたことの代償なのか……伯爵夫人がクラベルに駆け寄り、抱きしめて、声を上げて泣き始めた。


「ガロ、ベルは……」

「もう、大丈夫だ。掛けられていた魔術も、解除した」

「魔術?」

「ベルは、ザイデルバストに、魔術を掛けられて心を操られていた。何とか解いた。それから、命も半分、渡せたよ……」

「なんだと! いや、それよりも、そんな青い顔をして……ガロが倒れてしまう! 医師に」


 アシェル伯爵が言い終わらぬうちに、クラベルの部屋にドンという衝撃音が響いた。アシェル家に確認しに来ていた、いつもの神官だ。


「ガロファーノ、お前を罪人として連行する。許可を得ずこのバラの力を使うことは禁じられている。知らなかったわけではなかろう」

「……この力のことはつい先ほどまで知りませんでしたが、バラの力を無断で使ったことは認めます」

「では、拘束するが、決して抵抗するな。抵抗した時にはお前を殺さねばならない」


 つるバラがガロファーノを拘束する。


「待ってくれ、ガロは死にかけた娘を助けるために-」

「だからこそ、使ってはならない力なのだ。このまま連行する」


 アシェル伯爵はガロファーノを見た。青白く今にも倒れそうな様子だが、これまでにないほど穏やかな顔をしている。


「ベルのためなら、僕はなんでもする。ベルのこと、お願い……」


 ガロファーノの言葉は最後まで聞けなかった。神官がそのままガロファーノと共に姿を消したから。


 アシェル伯爵は、クラベルに縋り付いて泣く伯爵夫人の横に這うようにして歩いて行くと、幸せそうな笑顔で眠ったままのクラベルと妻を両腕に抱え込んで、声をあげて泣いた。


・・・・・・・・・・


 王城へと転移させられたガロファーノは、罪人として王族用の取調室に入った。つるバラのに拘束されたまま床に座っていると、父王が入ってきた。


「ガロファーノ、久しぶりだな」

「ご無沙汰しております」

 

 王は椅子に座ると、ガロファーノを見下ろす形になった。


「お前の『ヴェレッド王のバラ』が枯れたそうだな」

「ザイデルバストはベルに禁じられた魔術を掛け、心を操っていた。その罪はどうなるのです?」

(こた)えないか。まあ、よかろう。ザイデルバストは見つかり次第処罰するが、未だ見つかっておらぬ。それゆえ、処罰しようにも処罰できないのだ」

「そうですか」

「……なぜバラの力を使った? お前には、クラベル嬢を探し、取り戻すためにのみ使うことを許可した。命を分け与える力は秘儀であり、誰にも知られてはならないものだぞ!」

「命を渡さなければ、ベルをこちらの世界に取り戻すことができませんでしたから」

「屁理屈をこねるな! よかろう、お前とて禁じられた力を使ったのだ。これ以上使えないよう、お前からバラの力を抜き取ることにする」

「何だと?」

「バラの力がなければ、お前がそれほどまでに大切にしているクラベル嬢を守り切れぬだろう。ああ、心配するな。(わし)がもらい受けよう。『バラの乙女』候補からも外れたのだから、側妃とすれば王家で保護できる」

「ふざけるな! どうしてお前なんかが、ベルを!」

「王だからな。全て儂の思うままさ。神官、これからバラの力を取り上げよ」

「かしこまりました」

「待ってくれ、ベルを助けるだけの力を」

「お前は『バラの騎士』ではなくなった。クラベル嬢を守る必要も義務もない。そして、バラの力を失ったお前は、王族でさえない。陛下に対する無礼な発言は不敬罪となると心得よ」

「……っ」


 拘束を解こうとしたガロファーノを、つるバラがさらに締め上げる。それと同時に、ガロファーノは力がどんどん抜けていくような感覚になった。


 ああ、力が奪われている。


 絶望的な状況の中でガロファーノは抗った。だが、力はどんどんつるバラに吸い上げられていく。やがてつるバラの締めつけが緩み、ガロファーノはそのまま床に倒れ込んだ。


「そういうわけで、お前は王城にいてはならない身分の者だ。せいぜい生きるがいい」


 ガロファーノは、神官によって王城の外に連れ出された。神官は王の僕であり、自分たちを優しく見守ってくれていたのではなかった。裏切られたような気がした。その上、体中から全ての力が失われて指一本動かすことさえ辛い。門の外に寝かされたガロファーノに、神官は耳打ちした。


「動けないなら、動けるようになる方法がある。知りたいか?」

 

 小さく頷いたガロファーノに、神官はささやいた。


「人間を辞めればいい。どういうことかは、お前の本能が知っているはずだ」


 それだけ言うと、神官は姿を消した。


 人間を辞める……どういうことだ?


 ガロファーノは、自分の体からバラの力が抜けたことで、自分の体が内向きに崩壊し始めているのに気づいた。


 このままだと死んでしまう。


 一瞬だけ、それでもいいと思った。だが、クラベルの拒絶がザイデルバストによって作られたものだったと知った今、クラベルの傍に戻りたいと思う気持ちが勝った。


 体が壊れる。どうしたらいい?


 体? 人間として死ぬ?……半妖精の自分は、人間として死んだ時、どうなるのだろう?


 ガロファーノは考えた。このままならば、人間の体は崩壊して跡形もなくなるだろう。だが、妖精の部分は人間の体に影響されないはずだ。つまり……


 人間デアルコトヲ 捨テ、妖精デアルコトヲ 選ベバ ヨイ。


 ガロファーノは自分の意識の中に入り込んだ。先ほどクラベルの意識の中に入り込んだ経験があったからか、思いの他スムーズに入り込めた。そして、自分の意識を人間の肉体から切り離す……


 気がつくと、ガロファーノは光る玉のような姿になっていた。人間としての自分の体が、砂のように崩れていくのが見えた。服は残っているが、きっと誰かが回収するだろう。ガロファーノはそのままアシェル家に向かった。妖精体として動くのが初めてだし、疲れ切っていることもあって思うように進まない。それでも、クラベルに会いたい一心でアシェル家にたどり着いた。だが、建物にどうやったら入れるのか分からない。庭に回り、「ヴェレッド王のバラ」の前にたどり着く。枯れた「ヴェレッド王のバラ」が、ぽつんと立っている。自分の分身が死んだ……はずなのに、死んだという感覚が持てない。


 どういうことだ?


 疲れ切った体を引きずるように、「ヴェレッド王のバラ」の周りを飛ぶ。違和感を感じて、耳をシュートにつける。


 まさか……


 もう一度耳をつける。ごくわずかで、人間では決して聞くことのできない弱々しい音だが、確かに水を吸い上げる音がする。


「生きていたのか……」

〈アア 生キテイタ。危ナカッタガ オ前ガ 彼女ヲ モウ一度 信ジラレルト 思ッタノガ 伝ワッタカラ……〉

「話が、できるのか?」

〈当然ダ。私ハ オ前ノ 手ニ 握ラレテ 共ニ 生マレタ。オ前ガ、人デナク 妖精ナラバ 簡単ナ コトダ〉


 バラが大好きだった。だが、その愛しさは、言葉を交わせるだけでここまで募るものなのだろうか?


〈サア 中ニ 入レ。オ前ハ 死ニソウダ。体ヲ 休メ 妖精トシテ 知ルベキコトヲ 知ルガ ヨイ〉


 ガロファーノは自分の意志とは関係なく、「ヴェレッド王のバラ」の中に吸い込まれた。自分がいるのがバラの中だということは分かるが、どこにいるのかは分からない。温かなゆりかごの中にいるようで、ガロファーノはそのまま意識を手放した。


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