17
読みに来てくださってありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
昼食後、クラベルはアシェル伯爵の執務室をノックした。ここに入るのは随分久しぶりだとクラベルは思う。
「大事な話がある。王からの言葉だということを理解した上で聞いてほしい」
「はい、お父様」
アシェル伯爵は1つ呼吸をして、背筋を伸ばした。
「この国は、『バラの乙女』の力で成り立っているということを、ベルはよく理解できているな? 『バラの騎士』から王になった者と、継承順位のみを理由として王になった者とでは、大きな違いがある。何だか分かるか?」
「王妃の、バラの栽培能力が高いとは限らない、ということでしょうか?」
「2番目の理由だな。まあよい。王妃のバラの栽培能力が低い時に起こる問題は?」
「王と協力して『ヴェレッド王のバラ』の管理に当たれませんし、国中の貴族が生み出す新品種の価値を正しく評価できません。それは、貴族の能力を正しく測れないのと同じであり、貴族の不満を誘発します。結果的に、国の根幹を揺るがす恐れがあると思います」
「その通り。お前は本当に賢く育ったんだな。では、1番目の理由はどうだ?」
「……そうですね。『バラの乙女』は候補になった瞬間からずっと『バラの騎士』と共に過ごし、信頼関係を育みます。ですが、そうではない一般的な婚約の状態であれば、幼少時からの交流しかありません。全員が、という訳ではありませんが、信頼関係の強さ、深さに大きな差が出る可能性があると思います」
「そこに隠れた問題点とは?」
「王が、王妃を、信じ切れない……?」
「50点という所か。それに加えてな、そこまで信頼しあえる様子を見て、羨ましい、と思うようになるとは考えられないか?」
「え?」
「特別な力を与えられた存在であり、誰からも認められる聖女のような存在なんだよ、真の『バラの乙女』というものは。その、真の『バラの乙女』と心の底から信頼し、愛し合う息子や息子世代の王族を見て、王は羨ましくなってしまったようだ」
嫌な方向に話が行こうとしている。クラベルは胸の動悸を押さえるために深呼吸しようとするが、うまくいかない。
「ベル、まずは息を吐き切れ! 過呼吸だ!」
それでも、思うように体が動かない。だんだん体がしびれて、前がよく見えなくなってきた。アシェル伯爵は家の医師を呼ぶように使用人に命じると、クラベルの体を前屈みに抱き込み、背中をさすった。
息を止められるか?」
クラベルは何とか息を止めてみる。5秒ほどで
「今度は息をしろ」
まだだ。
「いいか、私の呼吸のペースに合わせるんだ。吐いて……吸って……吐いて……吸って………………」
使用人が医師を連れて戻ってきた。そのままクラベルの呼吸の様子を見、ソファに左を下向きに寝かせる。
「キャンディーはお持ちですか?」
「ああ、眠気覚ましにミントのものがあるが……」
「いいですね。お嬢様の口に入れてください。意識を他に向けることで、本来の自発呼吸に戻します」
「分かった」
アシェル伯爵は使用人に、執務机の上にあるボンボニエールを持ってこさせた。中から1つキャンディーを取り出し、クラベルの口に含ませる。小さなミントキャンディーをなめることで意識がそれる。ミントの清涼感で、気持ちもすっとする。
しばらくすると、クラベルはようやく普通に呼吸できるようになった。
「よほど精神的に参るような……緊張するようなことがあったのでしょう。もう大丈夫ですよ。お嬢様は社交デビューを果たされました。これからも強いストレスにさらされることがあるかと思われます。気持ちをそらす方法や、今のように具合が悪くなった時の対処法など、すこし覚えておくといいかもしれません。必要ならばお教えしますので、お声がけください」
医師は、使用人にほどよく冷ましたカモミールかレモンバームのお茶を運ぶように指示した。ゆっくり飲むんですよ、と言って、医師は部屋を出て行った。
使用人が持ってきたのは、レモンバームティーだった。レモンの香りはするが酸味はなく、砂糖なしでもほのかに甘いハーブティー。
「これとミントをブレンドすると、頭痛にも効くそうですよ」
お茶を持ってきてくれたのは、美味しいお茶に拘って産地から淹れ方まで日々研究している執事だ。ハーブティーのことまで詳しいなんて、知らなかった、とクラベルは思う。
「お嬢様はハーブティーというと、夜に眠れない時のカモミールティーと、風邪を引いた時のエキナセアティー、普段はローズヒップティーばかりですからね。いろんな種類・いろんな効能があって、勉強するだけでも私は楽しいのですよ」
「ねえ、ローズヒップティーってどんな効能があるの?」
「そうですね、なんと言っても美肌効果ですね。お嬢様の白さには、ローズヒップが一役買っておりますよ。それから疲労回復効果、そうそう、免疫力を上げる効果もあります」
「この国の貴族はみんな家にバラがあるから、ローズヒップティーを飲んでいる人は多いでしょうね」
「品種によって効果に違いがあるかもしれませんね。研究結果が出たら、『美肌に特に効くローズヒップティー』なんて売り出すのもいいかもしれませんねえ」
こいつ、できる男だ。
アシェル伯爵は、クラベルの意識をハーブティーの話に上手に持って行った執事の評価を上げた。この男は、絶対に他家に引き抜かれないように育て、将来の家令にするべきだろう。
「それでは私は下がらせていただきます」
執事はクラベルのカップをそっとトレイにのせ、トロリーに片付けると、執務室から静かに退出した。クラベルは落ち着きを取り戻している。今日は話を止めておくべきか、とアシェル伯爵が思った時、クラベルがアシェル伯爵をまっすぐに見て言った。
「取り乱して申し訳ありませんでした。続きを、お願いします」
ああ、この子は強くなった。強くあらねば潰されるだけだということを知ってしまった。
大人になっていくことを喜ぶ気持ちと悲しむ気持ちがない交ぜになって、アシェル伯爵は自分が今、どんな顔を娘に向けているのだろう、と不安になった。
「大丈夫なのか?」
「駄目になったら、もう一度みんなに助けてもらいます」
使用人たちが聞いたら喜ぶだろう。どれほど信頼されているかがよく分かるから。
「分かったよ」
アシェル伯爵は言った。
「王の望みを言う」
まとめると、こういう話だった。
ガロファーノは妖精になったので王太子にはなれない。
真の「バラの乙女」となったクラベルを自分の元に置き、妃にしたい。
但し、「バラの乙女」を側妃としておくことはできないし、「バラの乙女」は「バラの騎士」から相手を選ぶとされているので、公にクラベルを妃にすることもできない。
他の「バラの騎士」たちの中からクラベルがよいと思う者を何人か選んでほしい。
その「バラの騎士」の中で、王の子をクラベルが出産するまでクラベルを王の元に置くことと、王とクラベルの間に生まれた子を王太子の子として扱い、将来の王とすることを了承した者を、クラベルの夫として結婚させ、立太子の儀も行う。
一緒に「ヴェレッド王のバラ」を管理し、その力で国を守ってほしい。
「王はね、いろいろ言っているが、クラベルをほしがっているだけだ。あのザイデルバストとはさすがに親子というところか」
「お父様、ガロは王子ではないの?」
「いや、ガロは王の三男だ。同じ親なのに、ガロは随分と違うな」
「きっと、育った環境がよかったのね」
「うれしいことを言ってくれる娘だ。だが、どうする? 私はこの王命を拒否したいが、私には王命をはね除けるだけの力がない。みんなで隣国に逃げるのことも考えている」
「私も、陛下の言うなりになんてなりたくないわ。ガロが帰ってきたら相談します。ガロからも、私たちが一緒に生きるためには国外に逃げる方法もあるって言われたわ。でもね、一番は私が妖精になって、王国の縛りから離れるのがいいみたい」
「私は、逃げる前提で少しずつ動こう。ベルも、動きを悟られないようにするんだ。いいね。妖精の話は……また明日ゆっくり聞こうか」
「お父様。あの、お母様は?」
「お母様なら、ベルのためなら何でもするよ。大丈夫だ、心配いらない」
「はい、分かりました」
急いでやらなければならないこと、考えなければならないことがある。国王を嫌悪する気持ちから、泣いている暇なんてない。
「私は、ガロと一緒に生きる。そのために、なすべきことをしましょう」
前を向いて、クラベルは自室に戻った。その背は凜として、まっすぐに伸びたカーネーションのようであった。
読んでくださってありがとうございます。
次回、ガロが過去を振り返って、ある人に相談に行きますよ。
評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




