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ガロファーノと一緒にいることだけが、クラベルの望みだというのに。クラベルが真の『バラの乙女』として、黄金のバラを咲かせたとしても、それによって選ばれるべき王太子がいない……この場合、どうなるのだろう?
「妖精は王様になれないの?」
「ここは人間の国だからね」
「……私は、どうなるの?」
「そこが難しい所なんだ」
2人はもう一口アイスティーを飲む。既にぬるくなっているが、喉の渇きを潤すことはできる。
「『ヴェレッド王のバラ』を咲かせる能力を持つ人物は3人。その中で、真の『バラの乙女』だけが黄金のバラを咲かせる。黄金色になるのは、『バラの乙女』と『バラの騎士』が心の底から信頼し合っていることを『バラの騎士』が実感できた時だけ。だから、もしベルか俺、どちらかが信頼できないと少しでも思えば、たとえベルがローズの欠片の中心だったとしても、黄金にはならないんだ。『バラの騎士』は、香りで自分の欠片かどうか分かるが、それだけじゃない、香りから『バラの乙女』が自分をどう思っているか。分かるんだ」
「ガロが私から離れていこうとした時もそうだったの?」
「ある程度の距離であれば、香りは分かる。術に掛けられていたとはいえ、あの時のベルは本当に嫌な香りだった。ベルが匂うんじゃないよ、あざから強烈な違和感のある香りがするんだ。近づくなって拒絶しているのがよく分かったよ」
「あの時は」
「いいんだ、あれはもう過去のこと。今のベルはあまりにもいい香りで、近づきたくてたまらなくなる。我慢しているんだからね?」
「……はい」
そういうことらしい。
「話を戻そう。今のベルと俺なら、黄金のバラが咲くことは間違いない。他の2人は、言うなればスペアでね。バラの蕾はつけるけれども、違う色の花が咲くんだ。その木はもう枝変わりしたと見なされて、『ヴェレッド王のバラ』ではなくなる。真の『ヴェレッド王のバラ』を咲かせるほどに心を許しあう人とでなければ、バラの力や国の様々な秘密を共有できないし、協力もできない。民を見なかったり、この国の力の源であるバラの管理ができなかったりする王妃が稀にいるくらいなら何とかなるが、それが続いたら国が成り立たなくなる。民を愛し、守ってくれるバラを大切に守り、自然と神の恵みに感謝できる、そういう人……つまり、バラの妖精にとってのローズのような人が、必ず定期的に王家に入ることによって、間違った方向に行こうとする王家の軌道修正をするんだ。それが『バラの乙女』と『バラの騎士』なんだ」
「バラの妖精が国の軌道修正のためにローズの魂を利用しているの?」
「ローズが望んだんだ。生まれ変わっても、バラの妖精とその子孫の傍にいて、守り続けたいって。バラの妖精が神に掛け合い、ヴェレッド王とローズも含めて話しあい、作り上げたシステムなんだ。人間の力だけでは、こんなシステムを作るのは無理だ」
ここまでの話、理解できた?
ガロファーノの言葉に、完璧ではないわ、とクラベルが答える。
「まあ、おおよそ分かってくれればいい。ここから、俺たちに与えられた選択肢を話すよ」
ガロファーノは、どれもすぐには選べないと思うよ、と釘を刺した上で、クラベルに提示した。
1つ目は、スペアシステムを使うこと。
「黄金でなくても花を咲かせた2人のどちらかに、真の『バラの乙女』の座を譲り、その乙女が選んだ『バラの騎士』が王太子になる。この場合、2人のどちらを、どんな規準で選ぶか問題になるし、選ばれなかった方が納得しなければ、国を二分した争いが起きるかもしれない。そんなことになれば国が荒れ、この国がなくなる可能性もある。責任を取って、アシェル一門はこの国を出なければならなくなるだろう。一族全員の了承を得るのは難しいだろうと思う。俺とベルも、妖精と人間という理由だけではなく、アシェル一門からの反対で一緒にはいられないかもしれない。駆け落ちできればいいが、国境はバラの生垣で守られているから、バラの力を使われたら国から出ることもできないかもしれない。先にどちらかと話をつけて、地植えしてあるバラを交換できたとしても掘削痕で分かるし、神官と使者の目はごまかせないからね」
2つ目は、スペアシステムの奥の手を使うこと。
「スペアシステムは、ペアではなくても有効なんだ。厳密に言うと、真の『バラの乙女』が自分の『バラの騎士』との間で黄金のバラを咲かせたとしても、王太子に選ぶ『バラの騎士』が自分の騎士である必要はない。選定時に他の乙女の騎士を選ぶこともできるんだ。まあ、自分の騎士と同じかそれ以上に信頼できるという自身があれば、の話だがな。だから、真の『バラの乙女』はクラベル、『バラの騎士』は他の2人の騎士から選ぶ、という選択肢だ。これだと、アシェルの一門に迷惑はかからないが、俺とベルは一緒になれない。それに、もしその騎士の『バラの乙女』が騎士を心から愛していたら、2人の仲を引き裂くことになる」
そして3つ目。
「人間ではない俺は、今のように人間の姿を取ることができる。だが、バラの妖精とローズ同様、俺は若いままベルが先に死んでいくのを見ることになる。俺にはそんなことはできない。元々妖精として生まれ、妖精の感覚で生きているバラの妖精と違い、俺は人間として生まれ、人間の感覚を持っている。この世にたった1人残されていくなんて、そんなの嫌だ。一緒に時を重ねるにはもうこの方法しかない……ベルも妖精になるんだ。」
「そんなことできないから、バラの妖精はローズと最後まで一緒にいられなかったのよね? 矛盾しているわ!」
「普通なら、ね。でも、ベルは特別なんだ。俺はバラの力を使って、ベルに俺の命を分けた。つまり?」
「……私の中に、ガロの命が……妖精の要素があるの?」
「そう。人間の姿を捨て去れば、ベルは俺と同じように妖精になれる。その場合、俺たちは妖精として生きることになるから、ベルは王太子妃・王妃になれないし、アシェル家も継げない。残りの2人が真の『バラの乙女』の座を巡って争うことになる可能性も残されたままだし……。だからベル、伯爵たちとしっかり相談してほしい。誰にも迷惑を掛けずに俺たちが一緒になる方法はないんだ。他の方法がないか、一晩中考えた。朝食に遅れたのも、考えていて時計が見えていなかったからなんだ」
クラベルはただガロファーノと一緒にいるというだけのことが、なぜこんなに難しいのか分からない。だが、ガロファーノが人間の姿を失わなければならなかったのは、計画を企んだザイデルバスト、その成就のために力を貸したルーチェ家、ザイデルバストの術に引っかかったクラベル……どれ1つとっても、ガロファーノに責任はない。
「考えるわ。お父様たちが帰ってきたら、ちゃんと相談もする」
ガロファーノは立ち上がると、クラベルの前に片膝をついた。忠誠と愛を伝える、騎士のポーズだ。
「俺はクラベルと生きる未来を望んでいる。クラベルが同じ未来を望んでくれるなら、俺の全てをクラベルに差しだそう」
ポケットから小箱を取り出す。
「これは、去年のデビュタントの時に、お祝いとして渡そうと思って作っておいたんだ。昨日戻ったばかりだからベルに渡せるものはこれしかないんだ……普段使いしてくれるとうれしい」
それは、中央に金のバラ、そのサイドに少し小振りな白いバラが寄せられた指輪だった。
「白いバラは、ホワイトオニキスなんだ。目的を達成させたい時のお守りとしてよく使われていると聞いた。今の俺たちには、2人で幸せになるという目的がある。だから、そのためのお守りだと思って」
ガロファーノはクラベルの左手を取ると、その薬指に指輪をはめた。
「かわいい……」
ぽうっとした表情で指を見つめるクラベルを、ガロファーノはそっと抱きしめた。
「どんな結論になっても、ベルを守る。覚えておいて」
ガロファーノは手を離すと、「ヴェレッド王のバラ」の様子をちらと見る。
「ベル、あそこに小さな蕾があるの、見えるかい?」
「え? どこ?」
あった。確かに小さいが、蕾がある。5つはあるだろうか? 昨日昼間に確認した時には、蕾なんてどこにもなかったはずなのに……。
「少し出かけてくる。帰りは遅いかもしれないが、伯爵たちには心配いらないって伝えて」
ガロファーノの姿がその場から消えた。
ガロは、人間ではなくなった。本当に妖精になってしまったんだ。
遠くで馬のいななきと人の声がする。伯爵夫妻が帰ってきたのだろう。クラベルも立ち上がる。自分はこれからどう生きていくべきか、自分の道を切り開くために。
・・・・・・・・・・
アシェル伯爵は、王から聞かされた話をどのようにクラベルに伝えるか、迷っていた。夫人も頭を悩ませている。結論が出ぬまま、アシェル家の門をくぐり、玄関に馬車が横付けされてしまった。
先にガロファーノと少し話をしようと思っていたアシェル伯爵だが、家令からクラベルの伝言として、ガロファーノがどこかへ行ったこと、帰りは遅くなるが心配いらないと言っていたことが告げられる。
遅かったか?
だが、クラベルさえいれば、話はできる。
「少し休むが、クラベルと昼食後に話がしたい。伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
去って行く家令の後ろ姿を見て、肩の端が若干下がっているような気がする。家令も年だ。全て片が付いたら、少し長めに休みを与えよう。
アシェル伯爵はもう少しだけ頑張ってくれ、と家令の背中に無言で語りかけた。
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