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1月になった。冬とはいえ王都の辺りに雪が降ることは滅多にない。日の光が差し込むので、温室にいると昼間などぽかぽかとして、うたた寝する庭師もいる。新年を迎えたということで、デビュタント前の子どもを除き、貴族は皆新年を言祝ぐ王城のパーティーに参加しなければならない。アシェル伯爵夫妻は、あの日以来どちらかが必ず邸にいるようにしていた。2人ともいないところを狙われ、クラベルを攫われたのである。同じような状況にしたくはなかった。だが、このパーティーだけは自分たちの意志を通すわけに行かない。アシェル伯爵は神官に相談して、神殿の神官を1人、アシェル家に派遣してもらうように願い出た。ザイデルバストがまだ捕まっていない。禁術を使うザイデルバストに侵入されたら、アシェル騎士団をもってしても、クラベルとガロファーノの眠る「ヴェレッド王のバラ」を守り切る自信はない。
神官がやって来た。いつも使者とやって来て「ヴェレッド王のバラ」と2人を見守ってきた、あの神官である。
「クラベル様、その後の体調はいかがでしょうか?」
「ご心配くださいまして、ありがとうございます。体はすっかり癒えました。心はまだ不安定ですが、ガロが戻ってきてくれることだけを頼りになんとか過ごしております」
「そうですか。ガロファーノ様が一刻も早く復活なさって、今年咲くはずの花を是非見たいものです」
「今年、咲くのですか?」
「『バラの乙女』候補が15歳の年に、『ヴェレッド王のバラ』は咲くのです。まずは咲くか否か。次に何色の花が咲くか。それで真の『バラの乙女』が選定されます。『ヴェレッド王のバラ』は春バラの中頃の時期に咲くとされています。蕾がつくのは3人まで。その中で黄金のバラが咲かせた者こそが、真の『バラの乙女』なのです」
「私は、ガロさえこの世界に戻ってきてくれればいいのです。花が咲こうが咲くまいが、そんなことはどうでもいいの」
「はい。待ちましょう」
神官は力強く言った。
「それから、覚えておいてください。ザイデルバストがもし侵入したら、私は彼のバラの力を封印します。何かあったら、すぐに私を呼ぶのですよ」
「ありがとうございます、神官様」
クラベルを0歳から見守ってきた神官は、父というよりも祖父のような存在であった。50歳頃かと思われるが、神官にも使者にも、いつも優しく接してもらってきた。喩え真の「バラの乙女」に選定されなかったとしても、この人たちとはずっと関係をつないでいきたいと、クラベルは思う。クラベルは自室に戻り、魔除けの結界を張ってもらった。両親が戻るまで、今日はこの中から絶対に出ない……自分のためにも、守ってくれる全ての人もためにも。
その日は、何も起こらなかった。アシェル伯爵夫妻は娘のためにできるだけ早く王城を辞したようで、無事を確認すると心の底から安堵した表情を浮かべた。そして、クラベルの部屋に結界を張って隣の部屋で待機してくれた神官にも、お礼をたくさん持たせた。
翌日、クラベルは「ヴェレッド王のバラ」の所に行った。そして、昨日神官が来てくれたこと、何事もなく終われてほっとしていることを報告した。
「早く、ガロの顔を見てお話ししたいわ」
ぽつんと本音がこぼれた。
「じゃ、また明日来るわ」
そう言った時、クラベルの目がある1点で止まった。一番太い幹の低い位置、外側の面に、1カ所だけ緑色の部分が見えたような気がしたのだ。クラベルは近づいて、よく見た。もしかしたら、この緑を今まで見逃していたのかもしれない。この緑があるということは、この木がまだ生きていることの証拠だ。これまでバラの妖精の言葉を信じてバラの世話を続けてきたが、生きているかどうかの確証が持てず、心が折れそうな日がなかったわけではない。それが報われた気がした。
「ガロ、待っているわ。早く戻ってきて」
クラベルの様子がおかしいと少し離れて待機していた侍女が慌てて駆け寄ってくるまで、クラベルはその場に座り込んで嗚咽した。侍女と共に部屋に戻った後、侍女から連絡を受けたアシェル夫妻が部屋にやって来た。
「……ガロが、生きていたんだな」
「はい。きっとあの部分から芽が出るはずです」
「今まで以上に、大切にしなければならないな」
「はい」
クラベルの部屋から出た後、アシェル夫妻は支え合うようにして廊下を歩いた。そして部屋に戻ると、夫人がわっと泣き出した。
「ガロが、帰ってきてくれる!私たちのガロが……」
「ああ、もうガロが二度と傷つかないよう、守ろうな」
その夜、庭師たちの部屋にはいつもなら飲めないような上等な酒が配られた。アシェル夫妻からのねぎらいの品だった。
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