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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの乙女とバラの騎士編

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よろしくお願いいたします。

 手がかりのないまま、1ヶ月が経った。王都周辺は夏を迎えていた。神官たちによると、王城を出る時、命を半分削ったばかりのガロファーノの顔は青白く、まっすぐに歩くことも難しい状態だったという。そう遠くまで行けるはずがないと予測して王都とその近辺を探したが、それらしい男は見つからない。


 アシェル伯爵が王城での仕事を終えて邸に戻ると、クラベルは枯れてしまった『ヴェレッド王のバラ』の所にいるという。どうしても行きたいと無理を言い、車椅子で連れ出したのだと家令は言った。オルテンシアの手のものによって荒らされた庭園は、庭師たちの手である程度整備され、来年の花付きはあまり期待できないものの、枯れることは何とか防げた。すべてガロファーノが庭師たちに指導しておいてくれたおかげである。


 あの時、バラの白と緑で埋め尽くされた奥の庭園は今、葉を減らし、枝の間から地面に敷いた藁の黄土色がよく見える、寂しいものになっている。クラベルは、『ヴェレッド王のバラ』の枯れた幹にそっと触れていた。分枝によって生命力に刺激を与えようと、ガロファーノがほどほどのサイズの枝にはさみを入れた痕がある。だが、その切り口は乾いて茶色になり、根から水をあげていないのがよく分かる。


「ガロ……」


 クラベルはそっとその切り口の辺りを指で撫でた。


 ごめんね、ガロ。私、だまされていたの? ガロの口から、本当のことが聞きたい。今なら、ちゃんと落ち着いて聞けそうな気がする……


 あ、と思った時には、残っていた太いとげで指を傷付けてしまっていた。


 痛い。指も、私の心も、そしてきっと、ガロの心も……


 クラベルの涙と指の血が、わずかに残っていた「クリームシフォン」の花弁の上に一滴、二滴と落ちた。オフホワイトの花弁に、血がにじんた。次の瞬間、血が吸い込まれるように色を失った。

 

「え、何?」


 クラベルが庭にいると聞いて、庭に向かい様子を見ていたアシェル伯爵は、クラベルの様子がおかしいのに気がついて、傍に寄った。


「クラベル、ただいま。どうしたんだい?」

「あの、血が、花弁に吸い込まれて……」


 クラベルの指さす花弁が、風もないのにふるふると震えだした。アシェル伯爵は娘を守ろうと間に割り込む。花弁の震えは次第に大きくなり、中空に浮き上がると、花火のように一枚の花弁が大量の花弁となって降り注いだ。まるで白いバラの花弁の竜巻に中に取り込まれたようだ。家令の名を叫んでみたが、返事はない。向こうからの呼びかけも聞こえないから、この花びらは結界の役割を果たしているのだろう。


「血を流しながら泣いているのは、誰だい?」


 竜巻の渦の中心には、「クリームシフォン」のようないオフホワイトの髪と瞳を持った、明らかに人ならざる人型の存在がいた。


「私に願い事があって、血をバラに捧げたのではないのか?」

「あの、願いを叶えていただけるのでしょうか?」


 クラベルは咄嗟に叫んだ。


「ガロを、ガロファーノを助けたいんです!」

「ガロファーノ? ああ、『うちの子』だね?」

「うちの子?」

「私の子孫で、私の力を受け継いでいる。なぜかその力を今は取り上げられているようだが、『うちの子』に違いないよ?」

 

 ああ、この方が、ヴェレッド王の父である、バラの妖精様なのか。


 アシェル伯爵は姿勢を正し、クラベルはよろめくように膝をついた。


「お願いです。私の命を助けるために、ガロは禁忌とされていたバラの力を使って、命を私に分けてくれました。そのせいで、ガロはバラの力を全て奪われ、放逐されてしまいました。どうか、ガロを助けてください」

「助けるって、どうしてほしいんだい?」

「この邸に連れてきてください。私は最後に顔を見ることもなく、ガロと別れてしまいました。そして、そのショックで命を落としかけ、ガロに助けてもらいました。だから、ガロにお礼も言えていないんです。彼がやはり出ていくというなら、少なくともガロの体をきちんと治してからにしたい。私同様に痩せ細って、命の半分を私にくれたのでボロボロだったと聞いたので……」


 バラの妖精は、ふむ、と言うと、枯れた『ヴェレッド王のバラ』を見た。


「お前は気づかないのか?」

「何にですか?」


 バラの妖精は、「ヴェレッド王のバラ」にそっと触れる。そして、何かを確認し、小さく頷いた。


「ガロファーノは、ここにいる。このバラの木の中で、眠っている」

「どういうことですか?」

「これは他言無用に。『うちの子』たちは、私の、妖精の血を引いている。だから、妖精のように振る舞うこともある。『うちの子』たちは、生まれた時にバラの種を手に握って生まれてくる。そして、その種を育てると、自分の分身である『ヴェレッド王のバラ』になる。この木はガロファーノの木。だから、木の状態と本人の状態は繋がっていて、木が元気だと本人も元気になり、木が病気になると本人も病気になる。妖精だから時々木の中に潜り込んで、疲れた時には大地のエネルギーを直接浴びることもある。ガロファーノは極限まで弱ってしまっていたようだ。他に行く力も無く、妖精の姿でこの木にたどり着いたようだ。枯れかけてはいるが、かろうじて生きている。うまく大地の力を取り込む手伝いをしてやれば、次の春には再び芽吹いて、ガロファーノも人間の姿に戻れるはずだ」

「枯れていないのですか!?」

「春まで待て。小さな芽が出るはずだから、信じて手入れを怠るな。1日でも手入れを怠れば、この木はガロファーノごと枯れ果てる」

「春まで、待たなければなりませんか? 私はガロに、すぐに謝りたい。ガロの話を聞きたいのです」

「私がここで無理にこの木に力を注げば、回復は歪なものになる。肥料を与えすぎると、バラは根を傷めるだろう? 花をたくさん咲かせたいと思った人間がよくやることだが、実際には花付きも悪くなる。それと一緒だ。このガロファーノの木の回復と、ガロファーノ自身の回復のペースが同じでなければ、ガロファーノが目覚めないこともある。それでもやるか?」

「いいえ、分かりました。ガロがどこにいるのか、生きているのか死んでしまったのか、分からなくて、どうにもならなかったんです。お言葉通り、弱った木を回復させるための方法を使って、ガロを待ちます。ガロに聞いてほしいことは、毎日話しかけます。妖精様、ありがとうございます。私、やることができました。もう泣いてなんていられません!」

「お前の『バラの騎士』はガロファーノだったのだろう? あれならきちんとお前に栽培法を教えたはずだ。ガロファーノの言葉を信じて、諦めるな」


 突然、白いバラの花弁がなくなった。家令が慌てた様子で、


「お怪我はありませんか!?」


 と尋ねる。クラベルは父を見上げた。


「ガロ、生きていたわ。それに、こんなに近くにいてくれた」

「ああ、そうだな。クラベル、お前はこのバラをもう一度復活させるために、しなければならないことをするんだ」

「はい、お父様」


 クラベルはそれから、食事を取り、歩く練習をした。歩けるようになるまでは侍女や庭師たちに手伝ってもらって、『ヴェレッド王のバラ』の水やりや、病害虫の予防や、適切な時期の肥料まきを続けた。ガロファーノがバラの中に戻ってしまったのは夏だったから、春までは半年以上ある。初夏に間に合えば、1年延ばしたクラベルのデビュタントに2人で行けるかもしれない。

 

 クラベルは毎日の世話以外に、夜寝る前、日々の出来事や、これからの夢、そしてあの時ガロファーノを信じられなかった理由と、そのことへの謝罪等をバラの木に語った。バラの妖精の言うとおりであればガロファーノは眠っているから、聞いているとは思えない。それでも、ガロファーノが眠る木に話しかけることは、自分の思いを整理したり、嫌なことを忘れたりする、大切な時間となっていた。新しい葉は春にならないと出てこないので、庭師の中には枯れているのではないかと訝しむ者もいたが、すべてお嬢様のお心のままに、という家令の指示に従ってくれていた。


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