#31
何事もなく翌朝を迎え、俺たちは再び古い石畳の道を歩き続けた。
一つ気がかりなのは、昨日より少し霧が濃くなっていることだ。息を大きく吸うと、わずかにではあるが身体が蝕まれるような感覚に襲われるし、精神的にも少し不安定な気分になってくる。
しかも、霧が濃いということは視界も悪いということで、何かに襲われても対応が遅れがちになるということだ。
今日も四回ほど化け物に襲われたが、そのうちの一回は全員の反応が大きく遅れ、危うくリュネットが角の生えた熊の突進を受けそうになるところだった。
俺の投げた釘が熊の片目に突き刺さり、それによって生まれた死角にリュネットが転がり込むことで何とか回避に成功した。もちろん、熊は直後に首を落とされることになったが、あの時はさすがに寿命が縮まるかと思った。
そして夕方になったが、今回はあまりキャンプに適した広い空き地がなかなか見つからない。
仕方がないので、森の一部をリュネットの魔法で焼き払い、無理矢理作った即席の空き地にテントを張ることにした。焼け残った草が焦げ臭い上に、周りの木々のせいで見通しは悪いが、この際贅沢は言っていられない。
食事が終わったところで、何やら落ち着かない様子のリュネットが立ち上がり、森の奥へと一人で歩いて行こうとする。
「あれ、どこに行くんだ?」
「ええと……目的地の場所を正確に測り直すために探査魔法を使ってきます」
「一人で行くと危なくないか? なんなら……」
「近くに人がいると正確に探査できない可能性があります。日が沈む前には戻りますから、心配しないで下さい」
そう言い残すと、リュネットは杖を抱えて森の奥へと消えて行ってしまった。
「リュネットさん大丈夫かな……」
ディーノが心配そうに呟くが、グローリアは気にも留めない様子だ。
「本人が大丈夫って言ってるんだから大丈夫でしょ。それにしてもあと何日で着くんだろうね?」
「場所を正確に測り直すって言ってたから、戻ってきたらわかるんじゃないか?」
「それもそうだね。あーあ、ここの化け物は確かに強いっちゃ強いんだけど、戦っててあんまり面白味がないんだよなぁ……」
「戦いに面白味とか求めるタイプだったのか」
俺が少し呆れた口調で言うと、グローリアは少しむきになって反論してくる。
「すっごく大事なことだよ。ほら、ここの化け物たちって、身体能力は凄いけど結局のところ『飢えた獣』でしょう? 単に食欲に任せて襲ってくるだけの相手をただ殺すだけって、危険なのは間違いないんだけど、なーんか違うんだよねぇ」
「それはなんだ、人間相手の方が戦いの駆け引きとかそういうのを楽しめるとか……?」
「それそれ! あー、でも魔境の怪物と言えばあれ知らない? ほら、ドラゴンとかいうやつ」
「まあ知ってるといえば知ってるけど……昔話によく出てくるアレのことなら」
ドラゴンといえば、昔話では定番の怪物で、多くの人や村を襲ったりして暴れまわるも、最後には勇者に討伐される、というのがお約束になっている架空の生物である――というのが一般的な認識だ。
しかし、ディーノは別の話についても知っていたようだ。
「歴史学者の中には、かつて西の大陸に文明が栄えていた頃、ドラゴンは実際に生み出されて使役されていた、という説を唱える人もいるらしいです。確実な資料があるわけではないので、あくまで推測の域を出ないらしいですが……」
「そう、あたしが聞いたのはたぶんその話繋がりだと思う。なんでも、魔境にはいまだにドラゴンが何匹も生息していて、怪物たちの食物連鎖の頂点に立っているとか何とか」
「そんな話があったのか……でも、それって結局ただ強いだけの化け物と何が違うんだ?」
「それが、ドラゴンには上位種と下位種ってのがいて、下位種はただの強いだけの化け物なんだけど、上位種は普通の人間をも上回る知性の持ち主で、なんと魔法まで使いこなすって話があるんだよ」
グローリアは実に生き生きとした表情で語るが、この状況では正直あまりシャレになっていない気がする。
「さすがにそれは無いだろ、っていうか居たら本気で困るからやめてくれ」
俺は助けを求めるようにディーノに視線を送るが、ディーノは何かを考え込むようにしながらこんなことを言ってきた。
「当時作り出されたドラゴンには成功作と失敗作があって、成功作は使役されたけど失敗作の方は逃げ出して野生化した、なんて説も……」
「ディーノくんも知ってるとなると、これはあながちただの噂話とも言い切れなくなってきたんじゃない? あードラゴンに会えないかなぁ」
「そういうことを言うと――」
俺がそう言いかけた時には、もはや全てが遅かったらしい。
突然、木々をなぎ倒す音とともに、何やら巨大な存在がこちらに向かって突進してきた。
「うわぁっ!」
三人は慌ててそれぞれ違う方向に散らばるように逃げ出した。
大きすぎて姿はよく見えないが、見た感じではとんでもなく巨大なトカゲのようだった。あれをドラゴンと呼ぶにはいくらなんでも不恰好すぎるが、大きさだけで言うなら象の数倍くらいはあるのではないかと思える。
目標を見失った巨大トカゲは、全身をくねらせてただ闇雲に暴れ続ける。周囲の木々がなぎ倒される中、俺は必死になって距離を取るべく森の中を駆け抜けた。
しかし、日が沈みかけて薄暗い森の中、当然足元も見えないまま走っていたため、そこに急な斜面があることに、実際に足を踏み入れるまで全く気が付かなかった。
叫ぶ間もなく、俺の身体は斜面を転がるように落ちて行く。




