#30
それ以降、日が沈みかけるまでの間に四度ほど怪物の群れに襲われたが、全てリュネットとグローリアが先を争うように片づけてしまったので、俺やディーノの出番はほとんど無かった。
もっとも、互いに功を焦って連携が全く取れていないので、二人の圧倒的な強さにも関わらず、見ていてどこか不安になってくるのも事実である。
俺たちが野営の場所として選んだのは、大昔に村落があったと思われる遺跡のような場所だった。建物自体は全く残っていないが、石造りの土台のみがあちこちに散らばっており、間違いなく人の営みが行われていたことを実感させる。
食事も終わったところで手持ち無沙汰になったので、俺は何気なくテントの周辺を見て回ってみることにした。このあたりは開けていて、しかも幸いにして風向きの関係で霧が薄いため、いきなり襲われることも無いだろう、と判断してのことだ。
周囲に散らばる古代の生活の跡は、考古学者や歴史学者が見たら涎を垂らすような代物だろう。教会としても、現在のノストラ=ルーチェ教会設立前の資料については不足しているため、今日この場所で見聞きしたことを書記官たちに伝えでもしたら、間違いなく根掘り葉掘り一晩中いろいろと訊かれる羽目になるに違いない。
そんな中、一際気になる代物を発見した。
見た目はただの石の台座で、高さは俺の腰より少し高いくらいだ。それだけならどうということはないが、何より俺が目を惹かれたのは、その中央に突き刺さったいわくありげな剣である。
剣は見るからにボロボロに錆びついていて、まともに使えるはずはない。持って行ったところで邪魔になるだけだろう。
しかし俺は、その不思議な引力にどうしても抗うことができなかった。恐る恐る近寄ると、慎重に柄に手をかける。やはり柄は完全に錆びついていて、ザラザラとした感覚が掌にちょっと食い込む。
軽く上に引っ張ってみても、全く動く気配はない。
それならばと思い切って力強く引き上げたところ、がすっ、という音がして抵抗がなくなった。もしかして抜けたのか、と手に取った剣をよく見ると――
「……折れてる……いや、千切れてる……」
芯まで錆に浸食されていた剣は、刃の途中から完全に千切れてしまっており、台座の上には錆びた刃が中途半端にひょろっと出ているという何とも情けない姿に成り果てていた。
「ふふふふふふっ」
いきなり上から降ってきた笑い声にぎょっとして振り返ると、すぐ近くの崖の上に腰かけたリュネットの姿があった。股の上までありそうな長くて薄い靴下に包まれた細い足をぷらぷらとさせながら、リュネットは俺に向かっていたずらっぽい笑みを浮かべて見せてくる。
「なんだかんだ言って、ピエトロもやっぱり男の子なんですね」
「いや、男の子がどうか以前にあれは人として抜くだろ? ……そっち行っていいか?」
見上げて話すのも辛いので、崖の後ろから回り込んでリュネットの近くに行くことにする。
岩場を登ってみると、少し高くなったそこからは、下よりも若干霧が薄くなっていて周囲が結構広く見渡せる。
せっかくなので、俺はリュネットの隣に座ってみた。リュネットはこちらに一度だけちらりと視線を向けたが、すぐに元に戻してしまった。
「ところで、何を見てたんだ? まさか俺のことずっと見てたわけでもないだろうし」
「星です」
「星?」
言われて俺も空を見上げてみると、太陽がほぼ沈みかけた空に、いくつもの星が輝き始めているのを見つけた。
高台で薄くなっているとはいえ霧の中から見上げているというのに、ひょっとすると中央大陸の空よりもくっきりと見えているかもしれない。
「私、星が好きなんです」
「そういや、リュネットが使ってる杖にも星形の石が入ってるよな。何か思い入れでもあるのか?」
なんとなく訊いてみただけだったが、リュネットの返答は予想以上に重かった。
「あれだけ星がたくさんあるなら、一つくらいは私のことを大事にしてくれる神様もいるんじゃないかって思えるからです」
裏を返せば、教会が奉じている太陽に住まう神様には大事にされていない、という意味なのだろう。教会関係者の俺としては実に立つ瀬がない。
しかし、十五歳にして『魔法学院で最も優秀な学生』とまで呼ばれてしまうほどの才を持つリュネットをして、神様に大事にされていないと感じてしまうような人生というのは、一体どういう人生なのだろう。これまでのリュネットの言動を見る限り、ただの贅沢で片付けられるような話ではなさそうだ。
「一応、教会の戒律では、異なる神を信仰するのは固く禁じられているんだけどな」
「信じてはいませんよ。ほんの少し、期待しているだけです」
儚げな笑顔でそう言われてしまうと、教会関係者としてはこれ以上告げる言葉が見つからない。しかし、ここで会話を終わらせてしまってはいけない、という感情が本能レベルで芽生えてきて、俺は無理矢理心の中から言葉をひねり出した。
「大事にしてくれる神様を探すより、大事にしてくれる人間を探す方がまだ可能性は高いんじゃないか?」
「じゃあ、ピエトロは私のこと大事にしてくれますか?」
間髪入れずに言い返され、俺の心臓は止まった。
もちろんそれは一瞬のことだったが、鼓動の戻った心臓は今度は出鱈目に脈を打っていてもう訳がわからない。
そんな感じで俺があたふたしていると、リュネットは笑みを浮かべた。先程までの儚げな笑みではなく、いつものいたずらっぽい感じの笑顔だ。
「冗談ですよ。たかだか数日一緒にいたくらいで『お前のことを大事にするよ』とか言う人なんて信用できません」
「……今の、もしかして俺の声真似?」
「さて、そろそろ真っ暗になっちゃいますから、テントに戻って今日はもう寝ましょう」
そう言ってリュネットは立ち上がると、一人ですたすたと歩いて行ってしまった。
「……少しは近づけたのかな?」
俺はそう呟くと、リュネットの後を追うべく立ち上がった。




