ヤービダヌ
(ほう。ルシベスという奴は、ここに住んでおるのか。ではワシは、邪魔の入らぬこの場で、ルシベスを殺らせてもらおうかのぉ)
「じゃあ、行ってきます」
春騎は、相変わらず誰もいない家へ向かってそう言うと、鍵の確認をして学校へと向かった。
普段と何も変わりない、登校時間。の、筈だった。しかし、春騎の周りに、他の生徒の姿が見えない。春騎は、一人で登校していた。
「ようやく、出てきおったんかいな。もう、待ちくたびれたで……」
登校途中、突然現れた中年太りの、いかにも喧嘩とは無関係そうな男が、春騎へ話し掛けた。
『うわぁ! 変なオヤジ襲来だ! ヤベッ! 関わったら、長そうじゃねぇかぁ……』
なるべく、目を合わせないようにして、春騎は横を通り過ぎようとした。
しかし男は、それを阻止するが如く、春騎の後ろから肩を掴んで離さなくなった。
『このオヤジ、超ヤベェ! 能力解放して逃げる? 一般人にそんな事したら、ヤバイっしょっ!! どうしよう……。あ〜! マジでオヤジ、ウゼェんですけど!!』
男の掴んだ手を振り解こうと春騎は、無我夢中で暴れた。そして結局、「あ〜! もう、放せっつーの!! 遅刻すっだろぉが!!」と大声を出すと、男を投げ飛ばしていた。
『うげ!! やっちまったぁ……。ここは、そのままそろーっと……、そろーっと……』
「って、何処行くんじゃい我ぇ!! 人んこと、あんだけ投げ飛ばしくれて、なんにも言わんと逃げよういうのは、あかんのとちゃうんやないか!?」
「うわぁぁぁ!! 起きやがったぁ!! あれだけぶっ飛ばされて、起きやがったぁ!!」
逃げようとするも、どうしたら良いかわからない状態に陥り、春騎は、オッサン・進行方向を交互に見ていた。
男は、春騎の側までやってくると、額にかいた汗を、ポケットからハンカチを取り出して拭いている。
「ワシは、邪闇種七闘鬼が一人、ヤービダヌ。ルシベスやろが!! 逃げんと、勝負せいや!」
ポケットにハンカチをなおすと、そう叫んで、仁王立ちになった。
「嘘ぉ! 七闘鬼ぃ!! この前の小さなオッサンの方が、強そうだったじゃん!! よっしゃぁ!! 当たりだ! やってやるぜ!!」
仁王立ちのヤービダヌの前に立つと、気合いと同時に深紅の武具を身にまとった。
しかしヤービダヌは、襲ってくる様子もなく、仁王立ちのまま、春騎に向かって右手を伸ばすと、手首から先を曲げて春騎に『来い』とアピールした。
「何をぉ!! ナメてんじゃねぇぞぉ!」
春騎は飛び出すと、右手に持った斧でヤービダヌの頭を強打した。
「弱い」
強打した筈のヤービダヌの声が聞こえた瞬間、春騎はヤービダヌを直視した。
確かに春騎の斧は、ヤービダヌの頭を直撃していた。しかし傷どころか、凹むこともせず、頭に斧が春騎の手を支えに乗っているだけだった。
「えぇぇぇ!! マジでぇ!! 何、コイツ!?」
「斧と盾を振り回す輩だと聞いておったで、えれぇ力持ちだと思っておったんじゃが、ワシの勘違いだったようじゃな。……ほんじゃあ、もう死ねやぁぁぁ!!」
斧が当たっていたヶ所をさすりながら、春騎の方を向くと、形相の変わったヤービダヌは大声で怒鳴り付けた。
叫びと同時だった。ヤービダヌは走り出すと、春騎に突進してきた。春騎は堪えようとしたが、皮膚が異常に硬く、触れても掴む場所もなく、建物のコンクリート壁へと叩き付けられた。
「ガハァッ!!」
口から血を吐き出した春騎だったが、身につけた深紅の鎧が身を守り、身体が潰れることはなかった。コンクリートの壁には、大きな衝撃波を受けたようなヒビが入っていた。
「が! グハッ! っんつぅ身体だよ!! やってくれんじゃねぇかぁ!! もう……、手加減しねぇからなぁ!! ぁあ!!」
フラフラと立ち上がると、春騎は気合いを入れ直した。
「ほう。これまでは、本気や無かった……つぅ訳かいな!? そりゃあ弱いわ。弱くて当然や。オノレ、ふざけとらんと全力でこんかい!! ワシは、ちっともオモロないでなぁ!!」
再びヤービダヌが仁王立ちになると、春騎は「ぉぉぉおおお!」と雄叫びをあげながら、斧を振り上げ走り込んでいった。
春騎は、接近と同時にヤービダヌの腹部へと渾身の一撃を放った。
「ど、どうだ。やったか!?」
「やはり弱いもんは、弱いまんまやなぁ! 期待して損したで」
「く! くそぉ!!」
春騎がもう一撃と構え直した瞬間、ヤービダヌは春騎を捕まえジャンプした。
空中でヤービダヌから逃げようと、もがいた春騎だったが、それも虚しくヤービダヌに押し潰されるように、地面に叩き付けられた。
「グホァ!! ガッ、ガハァッ!!」
更に血を吐き、のたうちまわる春騎。
そんな春騎へ追い撃ちをかけるように、ヤービダヌは高く飛び上がると、身体を丸め、春騎の腹の上に激突した。
何度もヤービダヌは飛び上がり、春騎の上に落下する。
そんな中、春騎の深紅の鎧に無数のヒビが入り始めた。
『のほほほほ。後少しやなぁ。後少しで、鎧も粉砕して、あんたの肉をミンチにしてあげまっせぇ!』
攻撃の手を緩めないヤービダヌ。血を吐き、もがき苦しむ春騎。鎧のヒビは、もうヒビではなく、亀裂と化していた。
「あれぇ……。なかなか、春騎がこねぇから見に来てみれば、面白そうな事してんじゃねぇか!? なぁ、ヤービダヌ」
声の方向を振り返ると、神治が笑って立っていた。
ヤービダヌは、少し驚いたように後退りした。
「気にすんな。俺は止めねぇからよ。好きにやんなって!」
「おい、アルモレヌス! ルシベスが負けそうなのに、えれぇ余裕やないか。ルシベスが死んだら、お前のせいやからな!」
ヤービダヌは少し落ち着いたように、春騎の方へ向き直った。
「おいルシベス! アルモレヌスからよぉ、オノレの抹殺許可がおりたでぇ。所詮、友達いうても、大したことあらへんなぁ」
「おい、ヤービダヌ! 春騎をぶっ壊したいんなら、もっとマジで殺れよ! じゃねぇとお前、死ぬぜ!!」
神治が後ろから叫んでいたが、ヤービダヌは既に聞いていなかった。
「神……治……? マジかよ!? し、しゃあねぇな……、フ、フルパワーで、い……くか!! ぅぅおおおぉぉぉ!!」
春騎は立ち上がると、雄叫びと共に気合いを入れ直した。深紅のオーラが燃え上がり春騎を包み込んでいく。そして、春騎が再び姿を現した時、火炎が揺らめくような鎧と盾を身にまとい、春騎の身体よりも大きな戦斧を肩に乗せていた。
「オッサン! 遊びは終わりだぁ!!」
春騎は飛び出すと、盾を戦斧に付け両手で戦斧を握り締めると、ヤービダヌに斬り掛かった。
「ほぉ。来いや! 来いやぁ!! そのチンケな攻撃が終わった時が、オノレの最後じゃあ!!」
ヤービダヌは再び仁王立ちになると、春騎の攻撃を身体で受け止めた。
「所詮は雑魚や!!」
「へ! 言ってろ!! まずは……、腕一本貰ったぁ!!」
春騎が駆け抜けると、ヤービダヌの左肩から炎が上がり、ヤービダヌの左腕が切り離され飛び去ると同時に、瞬時に焼け炭のようになって地に落ちた。
ヤービダヌの左肩は、焼けたようになり、一滴の血も出ていなかった。
「なかなか、出来るようになりましたなぁ。それじゃあ、ワシも本気で殺らしてもらいまひょうか!?」
腕が無くなったにも関わらず、痛みがないのか、うっすら笑みを浮かべたヤービダヌは、全身に力を溜め始めた。
ヤービダヌの皮膚が、みるみるうちに変化する。型物の肌が水気を失いカサカサになると、渇いた地面のようにヒビ割れると、光沢を浴びた鱗のような形状になっていった。
「十闘鬼が一人、絶対防御のヤービダヌ。本気で行かしてもらいまんでぇ!!」
ヤービダヌは飛び上がると、春騎目掛けて急速落下した。
春騎が落下地点を予測し、攻撃を回避すると、ヤービダヌは地面に激突した。
ヤービダヌが激突したアスファルトは、粉々に粉砕し、砂のようになって舞い上がる。その瞬間、またヤービダヌは大きく空中へ飛び上がった。
「バ、バケモノめ……」
春騎は第二撃の突撃を見つめると、まるで野球バットを握るようにしてヤービダヌの落下を待った。
急速落下するヤービダヌ。打ち返さんと待ち構える春騎。そして、ヤービダヌが春騎のストライクゾーンへ入った瞬間、「うぉぉおお!!」と掛け声と共に、春騎は戦斧を振り込んだ。
ヤービダヌと戦斧が交差した瞬間、黄色い閃光が辺りを包み、光が無くなった時、ヤービダヌの皮膚に突き刺さった戦斧が現れた。
「もうちょっとやったんやけどなぁぁぁぁ!!」
ヤービダヌは不気味な笑みと共に、戦斧を掴むと、身体から引き離そうとした。
「オッサン! 俺の武器は、斧だけじゃないんだぜぇ!!」
その刹那、盾と同化した戦斧は、極大のハンマーに形を変えたと思うと、春騎の気合いと共に、地面へと叩き付けられた。
しかし、地面にヒビ一つ入らない。よく見ると、ハンマーで叩き付けられたヤービダヌは、深紅の巨大な盾の上で、粉のようになり、風に拐われていった。
「おい神治! どうして助けてくれなかったんだよ!?」
「まあ、いいじゃねぇか!? 勝ったんだからよ!?」
「神治ぃ!!」
「アハハハハハ!!」
「逃げんな!! お前!!」
遅刻確実だったが、二人は仲良く? 学校へ急ぐのだった。
『春騎……。まだ、完全に覚醒してねぇのか!? ルシベスの能力……、まだまだ解放させねぇと、春騎……ヤベェじゃんかよ!!』




