サレネ
いつもと同じ放課後。椅子の背もたれを胸側へして座り、話をする二人の姿があった。
「なぁ神治? ちょっと聞いていいか?」
「は? 何をだよ」
「奴らが探してる、【楔】の核って何だ?」
「あぁ、それか。【楔】の核ってのはだな。【輪廻の楔】ってのがあったのよ。まあ、それの核ってヤツだな」
「はぁ? それじゃ、何の事だか、全っっ然わかんねぇよ!!」
「詳しい説明必要?」
「出来れば」
「面倒臭ぇなぁ……。ちょっと長くなるけど、いっか?」
頬杖を突きながら、話していた二人だったが、神治が欠伸と同時に姿勢を正すと、春騎もそれにならって姿勢を正し、深く頷いた。
「【輪廻の楔】……、これはよ、超常界の魂と物界の魂が、混じり合わねぇように創られた、壁みたいなもんだな。その【楔】にも弱点があってよ、【楔】が【楔】としての機能をする為には、核と呼ばれるエネルギーが必要な訳よ。それが、【楔】の核って訳」
「……って、全っ然長くないんですけど! って言うか、そんな【楔】なんてあったか?」
「昔は無かった」
「昔は……って事は、誰かが創ったんだな! 誰が創ったんだよ!」
「現、超常界超常主。デルス」
「え……。デルス……様? え、でも、現って事は、旧がいるって事か?」
「勿論いるさ! 旧超常界超常主の名は、ラズリセル。ま、名前はどうでもいっかぁ!? で、デルスが超常主になってから、まだ超常界の歴史は浅い」
「てかよ、デルス様が【楔】ってのを創ったんなら、デルス様が核も創ればいいんじゃねぇの?」
「それは出来ねぇ」
「どうしてさ!?」
「超常界と物界を隔てる壁の役割を果たす【輪廻の楔】、これの創造は、今の超常界では絶対に不可能だ。なぜなら……」
「なぜなら?」
「なぜなら……」
「おい! 勿体振るなよ!」
「なぜなら……。【楔】の核は、ラズリセルの魂だからだ」
「え……、嘘……。ラズリセルって、さっき言った旧超常主の……?」
身を乗り出して聞いていた春騎だったが、ラズリセルの魂=【楔】の核の事実を知り、困惑した表情になった。
「あぁ、その通りさ」
「な、じゃあ、どうしてデルス様は、ラズリセル様の魂まで使って、【楔】なんて創ったのさ!」
「超常界と物界の魂が、混じり合わないようにする為だろうな」
「その話からすると、ラズリセル様が超常主の時は、超常界と物界の魂は、混じり合ってたって事になるんじゃねぇのかよ!」
「鋭いな春騎」
「茶化すなよ! それがどうして、混じり合いを拒むようになったんだよ!」
「それはな……。春騎、何を聞いても、ビビるなよ!」
「ああ! わかってる!」
一度、大きく息を吐くと、神治は話を続けた。
「デルスが来たからだよ!」
「デルス様が……来た? 何処から?」
「ここさ!」
「ここ……。ここって、物界かぁ!?」
驚愕の事実を知って困惑気味の春騎だったが、途中で話を放棄する事も出来ず、神治は話を続けた。
「デルスはよ。元々、物界種だ。物界にてナマモノから解放されたデルスの魂は、超常界にやってきた。超常界では肉体を持たねぇから、生物が腐敗する前の記憶を併せ持って寄生する。そして、超常界に寄生したデルスが起こした行動は、ラズリセルの殺害・魂の確保だった。デルスは、ラズリセルから魂を引き抜くと、ラズリセルの魂が、超常界や物界で寄生をする前に、【楔】を創造し、その核として使いやがった。そして、超常界と物界は完全に隔たれた空間となったんだ」
「どうしてデルス様は、【楔】なんて創ったんだよ!」
「デルスの過去は、軍人らしい。戦争で死んで、超常界へ寄生した。だから、勢いでラズリセルをぶっ殺したけど、自分と同じ物界の奴が、自分と同じ行動を起こしたら……。ってビビったんじゃねぇか?」
「そして、【楔】は世界を隔てた……」
「そう。そして、俺がぶっ壊した」
「それ! どうして、ぶっ壊したんだよ!」
暫く間を置いて、神治は遠くを見るような目をした。そして、また大きく息を吐き出した。
「俺はよ。俺も……と言うべきか? 元々は物界種なんだよ。とは言っても、デルスのような型物ではなく、犬なんだけどな」
「へ? 神治って元々犬なの?」
「あぁ……、つっても気の遠くなるような、遥か昔の話だけどよ」
「ちょっと待てよ! でも神治の過去が物界なのと、【楔】の破壊がどう繋がるんだよ!」
「それはよ……。俺が物界から転生して超常界に寄生した時、俺は言葉すらもはっきり知らなかった。そんな俺をさ、とても可愛がってくれた奴がいてよぉ」
「それがラズリセル様ってか」
「春騎……流石だな。そうだ。旧超常界超常主ラズリセル。その身辺警護兵として、一役買われてた」
「でも、ラズリセル様は、デルス様によって殺された」
「元来、幻想生命体である超常種は、簡単には殺せない。魂の寄生こそするものの、実体を持たねぇからだ。しかし、幻想生命体が幻想生命体を襲う場合は違う。同質の構成体だから、簡単に触れれるし、殺せるんだ」
「って事は、あれか? デルスへの復讐って事か?」
「それは春騎の考えが甘ぇ。復讐なんてしたって、何の得もねぇからよぉ。でもよ、俺は、昔みてぇに物界と超常種との隔たりが無い世界に戻してぇのよ」
「それが、神治の真の目的……か……」
春騎はそこまで聞くと、椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぎ見た。
「でもよ! じゃあ、その核ってのは何処にあんだよ!!」
少しの間、じっと何かを考えていた春騎だったが、ガバッと身体を起こすと、神治の方へ身を乗り出した。
神治は、暫く目を閉じたままじっとしていたが、ゆっくりと目を開くと、自分の左胸を指差した。
「ラズリセルの魂は、今、俺の魂と同化している」
「マジ?」
「嘘言ってどうすんだよ!?」
「そっか……。わかった。すまねぇな、変な事聞いてよ」
「いや、いい。聞かれて当然だからな」
二人は、話に疲れたか、机に伏せるようにして、倒れ込んだ。
暫くそのままでいたが、それも長くは続かなかった。
「ねぇ……。流君? 道程君? ちょっといいかな……、今の話、気になったんだけど、ちょっと教えてくれない?」
「へ? って、輪中さん! どったの?」
いきなりの訪問者に、春騎は飛び上がるようにして立ち上がると、女子生徒の方へ向き直った。
彼女の名前は、輪中 望。神治や春騎のクラスメートではあるが、特に今まで、話をした事があるような仲ではなかった。
「で? 何処が気になんだよ?」
神治は、座ったまま望の方へ顔を向けると、頬杖を突いて尋ねた。
「ん〜とね。何処が気になる? って言われても困るんだけどぉ……。どう言ったらいいのかな? 話の中身に興味がある。って感じ?」
「感じ? じゃねぇよ! 何が気になんだよ!! て言うか、お前が気になるような話、してねぇての!」
望の仕草を見ていた春騎は、突然キレたかと思うと、望を怒鳴り付けた。
「うん。そうだと思うんだけど……。何かね、ラズリセルゥとか、デルスゥとか、って響きが気になるんだよね」
「は? 何でそんなのが気になんの?」
春騎は、もうお手上げとばかりに、神治の方を向き、困った顔をした。
神治は、春騎から目を離し、望を見ると静かに口を開いた。
「旧超常界超常主ラズリセル。現超常界超常主デルス。こんな信憑性もねぇ話の何が気になるって?」
「そう。超常界……超常主。ちょっと……待って、ね……。もう一回、聞かせてくれる?」
「はぁ!? ま、いいけどよ。旧超常界超常主ラズリセルと、現超常界超常主デルスが何だって?」
「…………」
「黙んなよ!」
神治の言葉を聞いて、神妙な顔つきになったと思うと、無言になった望に春騎は、怒鳴り付けた。
しかし、神治を見ると、神治も神妙な面持ちで望を見つめていた。
「おいおい神治、どうしたんだよ」
「…………」
「お前もだんまりかよ!」
「ちょっと黙ってろ春騎! こいつぁ、ちょっとしたビッグゲストの登場だぜ!」
「はあ!? 何の事だ?」
望を静かに見守る神治に、困惑の表情を隠せない春騎であったが、とりあえず望の方に顔を向けた。
望は、何かを考えるようにして、じっとしていたが、時折何かを思い出しているのか、「うっ!」とか「ハッ!」とか声を漏らしていた。
「神治? 何が起こってんの?」
痺れを切らした春騎は、神治へ尋ねたが「黙ってろ」と、話を切られ、渋々椅子に座り直した。
その時だった。「ぅぅうあぁぁあぁぁぁ!!」と、望が叫びのようなうめき声をあげた瞬間、望を黄金の光が包み込み、その姿を再度現した時には、黄金の白衣と拳を身に付けた望が立っていた。
「よう! サレネ。お前も、物界に寄生してやがったのかよ!」
静かに言葉を発した神治は、立ち上がって望に近付いた。
「アルモレヌス様……。サレネ、覚醒いたしました」
望は、片膝をつくと神治に深々と頭を下げる。
「神治……。コイツは……」
「ルシベス! 頭が高いぞ! 貴様如きの分際で、アルモレヌス様を呼び捨てにするとは、言語道断!」
望は即座に立ち上がると、春騎に対し、ファイティングポーズをとった。
「まあ、落ち着け。サレネ」
「しかし!」
なだめようとする神治に、闘志を剥き出しにして望が食いつく。
「ここは物界。しかも、俺達はただのクラスメート。違うか?」
「しかし、それは記憶を封印していたからであって……」
「俺達はもう、超常種じゃあねぇ。だからよ、ややこしい上下関係は無しにしよーや」
「は! わかりました」
「だからよ。敬語も無しだ。じゃねぇと、おかしいだろ!? 今日まで、なあなあで話してた輪中がよ、明日になったら、俺に敬語で話してたら」
「そうですね。いえ、そうよね」
「わかってくれたら、それでいい。これからもよろしく頼むぜ! 春騎! 望!」
「おう! 任せとけ!」
「うん。よろしくね」
神治の差し出した右手に、それぞれの右手を重ねる春騎と望であった。
「なあ神治? いつから、輪中がサレネだって気付いたんだよ!?」
「あの二回目の超常主の説明の途中かな?」
「マジで?」
「だから、嘘ついてどうするよ!?」
「いや、これは口癖で……」
「そこぉ!! ルシベス! アルモレヌス様に対して、頭が高いわ!!」
「ハハハ。先が思いやられるぜ……」
「ひぃぃぃぃ!! 許して。許して! サレネ様ぁ!!」




