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『魔王を倒したガチムチ聖者、召喚された日に戻される 〜リストラ帰りの三十歳、能力そのままで現代を生き直す〜』  作者: あちゅ和尚


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18/27

第18話 地下の待合室

 大正区の倉庫から出た時、空は夕方へ傾きかけていた。


 仮設卓は止めた。


 黒い机に並んだスマホは伏せられ、ノートパソコンも沈黙した。黒い箱は御影の札で幾重にも封じられ、祓戸連盟の搬送車へ運ばれていく。


 DMの新規送信も止まった。


 少なくとも、今の波は切れている。


 それでも敦の胸は軽くならなかった。


《本卓、未上映》


 仮設卓の箱に浮かんだ言葉が、まだ頭から離れない。


 ここは本命ではない。


 黒玻璃堂は、まだ奥に何かを隠している。


 そして、すでに送られたDMを見た人間は、今も動いているかもしれない。


 橘が無線を受けた。


「はい。……分かりました。位置情報は?」


 その声が、ほんの少し硬くなった。


 敦は顔を上げる。


「何かありましたか」


 橘は端末ではなく、紙のメモを見た。


 画面を見ない運用が、もう体に入り始めている。


「高校生と思われるアカウントの件です。本人のスマホが、最後に大阪市内南西部の駅近くで通信しています」


「家族に内緒で行く言うてた子ですか」


「はい。警察が自宅と学校へ確認中ですが、本人は見つかっていません」


 烏丸が白い杖を握った。


「悪い未来が濃くなりました」


「その子が、もう向かってる?」


「はい。暗い場所へ。椅子が並んでいます。でも映画館ではありません」


 御影が搬送車の前で振り返る。


「椅子?」


「待合室です」


 烏丸はそう言った。


「映画館の客席ではない。けれど、座って待つ場所。黒い画面がいくつもある」


 敦は眉を寄せた。


「本卓ですか」


「違います。たぶん、待合室です。本上映へ送る前に、人を座らせておく場所」


 橘が分析班へ確認する。


「高校生の最後の通信地点周辺で、閉鎖済みのネットカフェ、ゲーム施設、地下待合スペース、古い商業施設は?」


 無線の向こうで紙をめくる音がした。


『候補が三つあります。一つは営業中のネットカフェ。二つ目は閉店したゲームセンター。三つ目は、古い地下連絡通路の奥にある元高速バス待合室です。十年以上前に閉鎖。現在は倉庫扱い』


「場所は?」


『川沿いの古い橋の近くです。大正区からも車で近い。敦さんが見たという“水の匂い、古い橋、地下の冷たさ”に一致します』


 敦の背筋に冷たいものが走った。


 仮設卓から伸びていた線。


 水の匂い。


 古い橋。


 地下。


 たくさんの画面。


 それは、本卓ではなく、その手前の待合室かもしれない。


 榊原の声が無線に入った。


『龍宮寺さん』


「はい」


『行く理由はあります。ただし、今回も目的は救出と遮断。本卓を追うのは後です』


「分かってます」


『高校生の本人確認が取れていない以上、現場で見つけても個人情報を深く聞かない。保護して、警察と保護者に渡す。いいですね』


「はい」


 間宮がいたら同じことを言っただろう。


 敦はそう思った。


 助ける。


 だが、抱え込まない。


 事情を全部聞かない。


 自分が個人の不幸を直接背負いすぎない。


 それが、今の戦い方だ。


 真壁が車を回した。


「乗れ」


 御影は封印布の黒い箱を搬送車へ渡し、別の退魔師に短く指示を出す。


 それから、自分は敦たちの車へ戻ってきた。


「箱は支部へ送ります。私は同行します」


「大丈夫ですか」


 敦が聞くと、御影はいつものように答えた。


「大丈夫ではありません。でも、待合室なら私が必要です」


「ですよね」


 橘が後部座席に資料を置く。


「現場へ向かいます。私物端末は引き続き遮断袋。無線のみ。現場到着後、まず音を確認。次に画面を伏せる。人がいた場合は、目を閉じさせて外へ」


 烏丸が白い杖を膝に置いた。


「座らせないでください」


「すでに座っていたら?」


 敦が聞く。


「立たせる前に、足元を見てください。椅子と人が糸で結ばれている未来があります」


「椅子が罠」


「はい。椅子そのものというより、座った状態が罠です」


「ほんま、現代の何でも使いますね」


 橘が静かに言う。


「人は疲れると座ります。待てと言われれば座る。画面があれば見る。通知が鳴れば確認する」


「全部、普通の行動ですね」


「はい。だから厄介です」


 車が走り出す。


 窓の外を、倉庫街のフェンスと古い建物が流れていく。


 敦は拳を握って、すぐに開いた。


 燃やすためではない。


 間違えないために。


 高校生。


 家族に内緒で行くと返信した子。


 黒玻璃堂は、その子に何を見せたのか。


 奇跡か。


 治癒か。


 証明か。


 本物を見せてやるとでも言ったのか。


 相手は、人の弱いところを拾う。


 なら、その子にも、何か弱いところがある。


 けれど、それを敦が今知る必要はない。


 必要なのは、連れて帰ることだ。


 車は、川沿いの古い橋を渡った。


 橋の欄干には錆が浮いている。水面は濁り、夕方の光を鈍く返していた。


 烏丸が顔をしかめる。


「近いです。水の匂いが同じ」


 橋を渡った先に、古い商業ビルがあった。


 一階はシャッター街。


 上の階は空きテナント。


 地下へ降りる階段には、黄色く変色した案内板が残っている。


《地下連絡通路》


《バス待合室》


 その文字の下に、白い紙が貼られていた。


《関係者待機所》


 敦は、その紙を見て眉を寄せた。


「また新しい紙」


 橘が管理会社へ確認する。


 警察官が首を横に振った。


「管理会社は貼っていないそうです。地下は現在、通常使用していません」


 御影が札を取り出す。


「下から音がします」


 敦も聞こえた。


 かたかた。


 かたかた。


 だが、映写機の音とは少し違う。


 小さな通知音が、いくつも重なっている。


 その重なりが、映写機の音に似ているのだ。


 烏丸が言う。


「階段の途中で一度止まってください。踊り場のポスターは見ない」


「ポスターまで?」


「全部ではありません。黒く濡れている一枚だけです」


 御影が低く補足した。


「ポスターは、待つ人が何気なく見るものです。写真ほど強くはありませんが、顔と文字があり、視線を集める。そこに黒い膜を張られると、簡単な入口になります」


「予告編みたいなもんですか」


「はい。本上映へ目を向けさせるための、予告です」


「ほんま、使うもんが嫌らしいな」


 真壁が先頭に立つ。


 橘は後ろから警察官へ指示を出した。


「一般の方は下がってください。現場の撮影は禁止。端末は伏せて」


 敦は階段へ足を踏み入れた。


 空気が変わる。


 上の夕方の湿気とは違う。


 地下の冷たさ。


 古いコンクリート。


 水の染みた匂い。


 そして、電気が通っていないはずなのに、奥から薄い光が漏れている。


 踊り場に、古いポスターが貼られていた。


 バス会社の広告。


 旅行キャンペーン。


 映画の告知。


 色褪せた紙。


 その中の一枚だけが、黒く濡れていた。


 敦は見ない。


 視界の端で、黒い紙面が揺れる。


 そこに、誰かの顔が浮かびかけていた。


 御影が札を貼る。


「見ないで」


「見てません」


 敦は白い力を薄く流し、ポスター表面の黒い膜だけを焼いた。


 紙は燃やさない。


 文字も残す。


 そこに浮かびかけていた顔だけが、泡のように消えた。


 地下へ降りる。


 古い待合室は、思ったより広かった。


 天井は低い。


 壁は黄ばんでいる。


 ベンチが左右に並び、奥には閉じた売店のシャッター。


 その上に、古い時刻表の電光掲示板が残っていた。


 本来なら消えているはずの掲示板に、白い文字が流れている。


《まもなく上映バスが到着します》


 敦は思わず顔をしかめた。


「バスと上映、混ぜるなや」


 御影が低く言う。


「場所の記憶を利用しています。ここは待つ場所だった。待つ者を、観客に変えている」


 待合室の中央に、一人の少年が座っていた。


 制服姿。


 高校生くらい。


 膝の上にスマホを置き、両手で握っている。


 画面は黒い。


 だが、少年はそれを見つめたまま動かない。


 周囲のベンチにも、誰もいないはずなのに、人の気配だけがあった。


 見えない観客。


 まだ来ていない観客。


 空席が、妙に埋まっているように感じる。


 橘が小さく言った。


「対象者の可能性が高い」


「名前は呼ばない方がいいですか」


 敦が聞くと、御影が頷いた。


「はい。今は名前が座席番号になります」


「ほんま嫌な仕様ですね」


 烏丸が杖を握る。


「中央の通路は駄目です。左側から近づく未来が少し良い。ただし、少年のスマホを見ないで」


「椅子との糸は?」


 敦は視線を少年の足元へ落とした。


 ベンチの脚。


 床。


 少年の靴。


 そこに、黒い糸が絡んでいる。


 椅子と足。


 足と床。


 そして、スマホから胸元へ。


 少年は座っているのではない。


 座らされている。


「あります。足元とスマホ」


 御影が札を構える。


「私が足元を浮かせます。龍宮寺さんはスマホ側を。焼きすぎると、本人の意識が弾かれます」


「はい」


 敦は一歩ずつ左側から近づいた。


 少年の唇が動いている。


「本物なら……」


 小さな声。


「本物なら、見せて」


 敦は止まりかけた。


 橘の声が後ろから飛ぶ。


「龍宮寺さん」


「分かってます」


「その声は、あなたに向けたものではありません」


「分かってます」


 でも、刺さる。


 本物なら。


 その言葉は、敦の胸に刺さる。


 本物なら助けろ。


 本物なら見せろ。


 本物なら証明しろ。


 それは、これから何度も言われる言葉かもしれない。


 敦は息を吸った。


 吐く。


 今は、証明する時ではない。


 救う時だ。


 御影が床へ札を滑らせた。


 青い線がベンチの脚に絡む。


「足元、浮かせます」


 黒い糸が少しだけ持ち上がった。


 敦は少年のスマホを見ないように、光の流れだけを見る。


 黒い画面から、胸へ伸びる糸。


 スマホそのものを焼かない。


 画面の情報も消さない。


 ただ、少年を客席へ縫いつけている糸だけを焼く。


 白い光が、細く走った。


 糸が焼ける。


 少年の肩がびくりと跳ねた。


「上映が……」


「終わりや」


 敦は低く言った。


「まだ始まってへん」


 少年の指がスマホを握りしめる。


 黒い画面の奥で、何かが動いた。


 小さな客席。


 その中央に、少年とよく似た影が座っている。


 影がこちらを向き、口を開いた。


「見たい」


 少年の声だった。


 敦は奥歯を噛んだ。


「見んでええ」


「見たい」


「見んでええ」


 白い力を強めたくなる。


 だが、強めれば少年の中の記憶まで焼く。


 見たいという気持ちそのものは、彼のものかもしれない。


 そこまで焼けば、救いではなく支配だ。


 敦は白い光を細く保つ。


 御影が青い線を追加した。


「今なら立たせられます」


 真壁が動いた。


 通路から身を伸ばし、少年の肩ではなく、制服の背中を掴む。


「立て」


 少年は動かない。


 椅子が離さない。


 烏丸が叫ぶ。


「椅子の下、右!」


 敦は床を見る。


 ベンチの下に、古いバスの乗車券が落ちていた。


 紙のはずなのに、黒く光っている。


 そこから椅子全体へ糸が伸びている。


「御影さん、券です」


「見えました」


 御影が札を投げる。


 札が乗車券へ貼りつき、青く光る。


「焼いてください。紙は残して」


「はい」


 敦は白い光を、乗車券の端へ走らせた。


 燃えるのは紙ではない。


 そこに染み込んだ黒い油だけ。


 じゅ、と音がして、乗車券の黒さが薄れる。


 同時に、少年の体が前へ倒れた。


 真壁が引き上げる。


 少年がベンチから離れた瞬間、待合室の空気がざわりと動いた。


 空席が怒った。


 そんな感覚だった。


 壁際の電光掲示板が明滅する。


《発車します》


《ご着席ください》


《ご着席ください》


《ご着席ください》


 橘が少年の前に立ち、視界を遮る。


「目を閉じてください。ここから出ます」


 少年はぼんやりとした声で言った。


「でも、まだ……見てない」


「見なくていい」


 敦が言う。


「見ても、助かるわけやない」


 少年の目に、少しだけ焦点が戻った。


「助かる……?」


 敦はそれ以上聞かなかった。


 事情を聞けば、刺さる。


 刺されば、抱える。


 今は、出す。


 それだけだ。


「真壁さん」


「分かってる」


 真壁が少年を半ば抱えるようにして出口へ向かう。


 だが、階段側の電気が急に落ちた。


 待合室の奥、閉じた売店のシャッターが、がたん、と鳴る。


 御影が顔色を変えた。


「奥が開きます」


「何が」


「本上映への通路」


 シャッターの隙間から、青白い光が漏れた。


 中に、階段のようなものが見える。


 下へ続く階段。


 あるはずがない。


 この建物の図面には、売店の奥にそんな階段はない。


 だが、そこにある。


 黒い座席の匂い。


 古い映写機の音。


 本卓へ続く道。


 敦の体が前へ出かけた。


 その時、烏丸が叫ぶ。


「行く未来は最悪です!」


 敦は止まった。


 ぎりぎりで。


 奥の階段から、声がした。


「白い聖者」


 知らない男の声。


 初めて聞く声だった。


 それなのに、こちらの名前を知っているような響き。


「本上映は、まだです」


 御影が青ざめる。


「人の声です」


 敦は奥を睨んだ。


 怪異の真似ではない。


 記録の継ぎ接ぎでもない。


 今、どこかで誰かが話している。


 黒玻璃堂の向こう側にいる人間。


「なら、何ですか」


 敦が低く聞く。


 声は笑った。


「招待状だけ、先に」


 シャッターの隙間から、白い紙が一枚滑り出した。


 真壁が少年を抱えたまま止まりかける。


 橘が鋭く言う。


「触らないで」


 紙は床に落ちた。


 白い紙。


 黒い印。


 丸に縦一本。


 そして、中央に文字。


《本上映招待券》


 御影が札を構える。


「見ないでください」


「見てしもた」


 敦は短く言った。


 だが、文字そのものより、その紙から伸びる黒い糸の方が強い。


 糸は敦へ来ていない。


 少年へも来ていない。


 空席へ伸びている。


 まだいない観客へ。


 敦は白い力を出しかけた。


 御影が止める。


「全部焼かないで。招待券は証拠です」


「分かってます」


「でも、今、かなり怪しい顔です」


「怪しいです」


 敦は息を吐いた。


 細く。


 薄く。


 招待券から空席へ伸びる黒い糸だけを焼く。


 紙は残す。


 印も残す。


 文字も残す。


 じゅ、と音がして、糸が切れた。


 奥の階段から、男の声がまた聞こえた。


「いいですね」


 敦の背筋が冷えた。


 褒められた。


 今の動きを、見られていた。


 測られていた。


「焼く場所を、覚えてきた」


 敦は奥を睨む。


「そっちは人間ですか」


 声は答えなかった。


 代わりに、映写機の音が鳴った。


 かたかた。


 かたかた。


 シャッターの隙間の青白い光が、ゆっくり薄れていく。


 御影が叫ぶ。


「閉じます!」


 青い札が三枚、シャッターへ飛ぶ。


 敦は無属性魔法で、シャッターを外側から押さえた。


 力任せに潰さない。


 ただ、開こうとする力を横へ逃がす。


 御影の青い線が、その隙間へ入る。


 シャッターが、がたがたと震えた。


 中から、無数の拍手が聞こえた。


 ぱち。


 ぱち。


 ぱち。


 待合室の空席が、それに合わせて震える。


 敦は耳元の空気をずらした。


 拍手の意味を壊す。


 ただの振動へ。


 御影が低く唱える。


「閉じ」


 シャッターが、音を立てて止まった。


 青白い光が消える。


 階段も見えなくなる。


 売店の奥は、ただの暗い物置に戻っていた。


 敦はすぐに振り返った。


「少年は」


 真壁が階段側で答える。


「出した」


 橘が少年を支え、警察官へ引き渡している。


 少年はまだふらついているが、目は開いている。


 スマホは封筒に入れられ、画面を伏せたまま確保された。


 御影が床の招待券へ札を置く。


「これも封じます」


「本上映招待券、ですか」


 敦の声は低かった。


「はい」


「さっきの声、聞こえましたよね」


 御影は頷いた。


「記録ではありません。怪異でもない」


「人間ですね」


「おそらく」


 烏丸が白い杖を握り直した。


「悪い未来が、少しだけ顔を持ちました」


 敦は売店のシャッターを見た。


 もう何も聞こえない。


 だが、向こう側に誰かがいる。


 怪異を使い、人の欲を使い、助けてほしい声を集め、観客席へ座らせようとしている誰か。


 そいつは、敦の焼き方を見ていた。


 覚えてきた、と言った。


 敦は拳を握り、すぐに開いた。


 怒りはある。


 だが、今は燃やさない。


 少年を出した。


 待合室を閉じた。


 招待券を残した。


 なら、今やるべきことは追うことではない。


 持ち帰って、調べることだ。


 橘が戻ってきた。


「対象者、保護。意識あり。病院確認と保護者連絡に回します」


「事情は?」


「聞いていません。今は必要ありません」


「よかったです」


 敦は本気でそう言った。


 橘は少しだけ敦を見る。


「あなたも、聞きませんでしたね」


「聞いたら、抱えそうなんで」


「はい」


 橘は静かに頷いた。


「それでいいです」


 待合室の電光掲示板は消えていた。


《ご着席ください》


 その文字はもうない。


 椅子は、ただの古いベンチに戻っている。


 それでも、敦には分かっていた。


 これは終わりではない。


 仮設卓。


 待合室。


 招待券。


 そして、まだ始まっていない本上映。


 黒玻璃堂は、少しずつ舞台を整えている。


 敦たちも、少しずつ近づいている。


 地下から地上へ戻る階段で、烏丸が小さく言った。


「良い未来が一つ増えました」


「どれですか」


「あなたが奥の階段へ行かなかった未来です」


 敦は苦笑した。


「それ、かなり頑張りましたよ」


「知っています」


 橘が後ろから言った。


「記録します」


「それも記録するんですか」


「重要です」


 地上へ出ると、夕方の光が目に刺さった。


 川の匂いがする。


 橋の上を、普通の車が走っている。


 誰も、地下の待合室で何が起きたか知らない。


 それでいい。


 知らなくていいこともある。


 敦は、封印布に包まれていく招待券を見た。


 白い紙。


 黒い印。


 本上映招待券。


 次は、向こうが本当に客を呼び始める。


 なら、その前に見つけなければならない。


 映す側を。


 人を観客にする手を。


 敦は、沈みかけた夕陽の下で、静かに息を吐いた。


「次は、招待する側ですね」


 

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